最終話【五月八日~内藤省吾~】

「遅いよ。内藤くん。上原さん」

待ち合わせ場所の体育館前で、夏実ちゃんをみつける。人が多すぎて、時間がかかってしまった。横には都祭さんと加水くんもいる。零細部活全部が集まったこの場所で、三人を見つけるのは大変だ。

「文芸部代表は?」

「さぁ?」

「そのあたりにいるんじゃないかな。まぁ、どこかで遊んでると思うよ」

  脚本は出来た。

 あとは、役者が演じるだけだ。主演を探そう。

「書記長は?」

「ここである!さぁ、これで全員そろったな!行こう!同志諸君!」

原田翔書記長が、ひと束の書類を振り上げ声を張る。体育館前にばらばらにいた連中が、まとまりなく、それでもぞろぞろと原田翔書記長とぼくらについてくる。


 向かう先は、戦場。生徒会室だ。


「なんですって!?」

青森会長の不機嫌な「なんですって」だ。いつもは、これほど癪にさわるセリフもない。しかし、今日に限ってはメシウマだ。

「提出した通りである。この資本主義の雌イヌめ」

同志、原田翔の完璧なドヤ顔はスプートニク打ち上げ時のフルシチョフ並みである。自分で考えたんじゃないくせに……。

「なにをキョロキョロしているの?」

横の香織がいぶかしむ。ぼくの小指をつまむ。

「なんでもないよ」

香織の前には、ちっこい仁美ちゃん(胸はちっこくない)。反対側の隣には都祭さん。後ろには、文芸部の女子。周囲はぐるりと女子連中がガードしている。ありがたいタワリシチだ。


◆◆◆◆


「わからぬようだな。その新規部活申請書を一緒に読み合わせでもするか?」

原田翔書記長のハラショーなドヤ声が告げる。

「我々は『ソビエト零細部活連邦』である。代表は、この原田翔であるが、部長ではない。書記長である。我々には統べるものなど居ない。いるのは、人民の声を取りまとめる書記と書記長だけである。我々の部活は、今まで零細の部活をしていたものたちを組織する評議会……すなわちソビエトを組織して構成している。目的は、いまや存在しなくなったソビエト制度を実地で検証して歴史と現在の社会への理解を深めることである」

実に立派な目的だ。歴史の先生に聞いても、社会の先生に聞いても、確実にいい部活だと言って貰える。それにしても、一人称複数で「我々」と言う高校生を初めて見た。

「そんな時代錯誤な……」

大量の苦虫を咀嚼しているであろう表情で、青森会長が唸る。

「お。学生運動を生徒会は弾圧しちゃうの?」

茶化すのは加水くん。すらりとした体躯を少し前かがみにして茶化す姿まで様になる。女装趣味のくせに、やっぱりかっこいいな。

「そんなことは、言っていないでしょう」

眼鏡越しに睨む。シャープペンが十六ビートを刻む。

 ハラショーの演説は、ワーグナーのリズムだ。

「部員総数は百十五人。この学校最大の部活である。百十五人の部員は、四十二の小ソビエトのどれかに所属し、それぞれの小ソビエトが最高議決単位である最高ソビエトを構成している」

四十二というのは、潰されそうになっていた零細部活の数だ。今までの零細部活はそのまま。対生徒会にだけは、最高ソビエトという窓口を通して書類上は一つの巨大な部活とすると宣言した。

 書記長の演説は続く。腕を振り上げる様は、写真で見たレーニンそっくり。

「五月十日までに義務付けられた新人全員参加のイベントはこれである。ここに全員が来ている」

事実、生徒会室に入りきれなかった零細部活のメンバーが廊下にまで溢れている。全員を把握するのは不可能だ。

 そう。

 発想の転換だった。五人しかいない部活で、香織が吐かない活動は無理だ。だが、百十五人の部活で男子に近づかないのはできるのだ。五人の部活なら、全員が参加している証拠の集合写真を撮らなくてはならない。だが、百十五人の部活なら主催者発表を信じるしかない。百十五人と百十人の差なんてわからない。

 ヤケクソの中で見つけたたった一つの冴えたやりかた。

 それに青森生徒会長は、なすすべがない。俯いて、前髪で表情を隠している。

「生徒会長……」

ぼくは、静かに口を開く。大嫌いな政治をしよう。

「これは、生徒会長にもいい機会ですよ。ぼくらを支持して、これまでどおり部室の使用を認めれば、ぼくらは……」

「最高ソビエトであるな」

原田翔くんは、ソビエトと言える機会をけっして逃さない。わかった。言い直してやるよ。

「最高ソビエトは、次の生徒会長選挙で青森会長を支持できるかもしれませんよ」

つまり百十五票だ。

「だけど、これ以上俺らにちょっかいを出すなら」

加水くんが、真面目な顔になる。イケメンが真面目な顔をすると迫力がある。ダークフレイムとか出しそうだ。

「この原田翔と同志加水規矩之が同志人民のために生徒会長選挙に打って出ることになるな」

そんなことになれば、原田翔書記長が百十五票は確実だ。それ以外の女性票の少なからぬ数を加水くんが集めるだろう。基本的に女子は女子が嫌いだからな。残ったパイを、そのほかの候補と取り合って原田翔書記長を上回るのは不可能とは言えないが分のいい勝負ではない。

 青森生徒会長でも、そのくらいの計算は出来る。

 ここで引かねば、原田翔がソ連書記長であり、同時に生徒会長になる。権力大集中。ソ連がいて、アメリカのいない世界が実現してしまう。ボルシェビキで青森生徒会長は本州最北端どころか、シベリア送りだ。

「わ、わかったわ……。認めます。人数が一番多いから、クラブ活動リストの一番上に載せます」

「部費も面白いことになるわね」

都祭さんは、現実的だ。

「まつり、調子に乗らな……」

そこまで言ったところで、青森会長が止まる。

「……部費の割り当て計算式は、たしか構成部員五人を越える部分が対数曲線で増えていくんだったよね」

そう言い添えたのは夏実ちゃん。

完全勝利だ。

 百十五人分の部費補助が出て、その中身は、再配分できる。

勝利を確信し、ガッツポーズをして後ろを振り返る。芸術筋肉研究会のガッツポーズがワイシャツの袖を破りそうだ。

そしてその後ろには、重音部の赤いトサカが揺れている。マペット愛好会のカエルさんとワニさんが両手を挙げて、ぱくぱくしている。喜びの表現。勝利の報が廊下で待つ連中にも伝わったのだろう。嬉しそうなどよめきが、波のようにおしよせ廊下から聞こえてくる。


◆◆◆◆


 ぼくらは、守りきった。

 変な連中が二人か三人くらいずつだけが寄り集まった、雑多でまとまりのない場所を守りきった。明日も、まとまりなく、放課後も校舎中の部屋をバラバラに使って、バラバラなことをするのだろう。加水くんは、嬉々として女装して、夏実ちゃんは渋々女装して、都祭さんは倒錯して、仁美ちゃんは腐る。芸術筋肉同好会が筋繊維を肥大させ、重音部がギターリフで空気を切り裂き、マペット同好会がワニさんとカエルさんをパクパクさせる。香織はゾンビにショットガンをぶっぱなし、その横でぼくは心に響く感動物語の脚本を書こうと苦心惨憺する。

 いつか脚本が出来上がったら……。

 生徒会室を出て、ばらばらにそれぞれの部室に散っていくタワリシチを見ながら思う。

 いつか脚本が出来上がったら、主演は加水くんしかない。ぼくじゃ様にならない。映画の主演は味があるか、美形かどちらかでなくてはいけない。CG研究会に頼めば、別々に撮影した香織と加水くんのシーンを上手に合成できる。二人が立っているだけで絵になるだろう。ジオラマ部も必要だ。もちろん、音もいる。重音部に頼もう。心に鋭く切り込んでいく本物の音が要る。それに、そうだアクションシーンは筋肉に頼もう。色味の調整は、フォトレタッチ部に頼もう。きっと映画の色を作ってくれる……。

 なんて楽しい妄想だろう。つい顔に笑顔が浮かんでしまう。

「たのしいの?」

隣の香織が顔を覗き込んでくる。

「まぁね」

「そう。よかったわ。部室に行きましょう。バイオのハードモードクリアして欲しいわ」

「無茶言うなって」

「大丈夫。私の省吾だからできるわ」

手のひらに、手のひらを感じる。指の間に指が絡みつく。

 香織の手。香織の無茶なお願い。ぼくと同じ歩幅の香織の歩幅。

 昨日と同じ今日。今日と同じ明日。

 幸せな一日を積み上げていく。そのために、戦わなければいけないことがあっても。平凡な一日には、その価値がある。


(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソビエト零細部活連邦 アル @alu9000

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ