第38話【五月七日~都祭真理~】

 休み時間。上原香織が、私の机の前に立ちはだかる。女子にしては長身のうえに、姿勢がいいからやたらと威圧感がある。針金と紙粘土で作ったお人形みたいなやせっぽちのくせに。

「加水くんが」

気になる名前が、その薄い紫色の唇から出る。

「ヘンタイが?どうかしたの?」

「あなたの水着写真を省吾に提供していたわ」

「そう。教えてくれてありがとう」

「いいえ。どういたしまして」

上原香織がくるりと振り向いて立ち去っていく。

 私も立ち上がって、二つ後ろの席の坊主頭に声をかける。

「あのさ。ちょっと貸してもらっていい?」

「え?ああ、いいよ」

野球部から金属バットを借りて後ろの扉から教室を出る。加水と内藤の教室はお隣。前の扉から入ると、加水が後ろの扉に向かってダッシュを始めたところだった。私も駆け出す。

 廊下に出る。

「うおおっ!どいてくれ!」

加水が絶叫して、生徒をどかしながら逃走する。私は無言で走る。私の前を塞ぐ生徒はいない。だれもが慌てて道を開ける。距離がみるみる縮まる。加水に引き離されるほど衰えちゃいない。

 ターゲット軸線上。射程内。さっき借りた金属バットを振りかぶる。ファイア!

「うおぁっ!」

加水が横に飛びのいて、すんでのところでかわす。加水はそのまま廊下に転がり、勢いがつきすぎている私はターゲットを追い抜いてしまう。背後からの攻撃をかわすとはっ!新しいタイプのやつか、こいつ!

「ちいっ」

柱を蹴って、三角飛びの要領で飛ぶ。装填完了。起き上がろうとする加水に、弾道金属バットと化した私が上空から攻撃を見舞う。

「わぁ!都祭さん、だめぇーっ!」

そこに、一歩遅れて追いついてきたPAC3迎撃内藤ミサイル省吾が発射された。私は空中で撃墜されて、そのまま二人で廊下に転がる。

「女の子になにすんのよ!」

「「女の子がなにすんだ!」」

内藤と加水から総ツッコミ。

「男女平等でしょ!」

「まつり……、男女関係なく金属バットで人を殴っちゃいけないんだよ」

いつの間にか、なつまでやってきていた。男のくせに理屈ばっかり……。スカートから埃を払い落としながら立ち上がる。

 バットは、いつのまにか内藤が持っていた。

「武装解除」

むぅ……このやろう。

「加水からもらった写真、出しなさい」

内藤に向かって、手のひらを突き出す。私の水着写真返しなさい。

「……ほら」

内藤がポケットから写真を出して素直に渡す。回収。

「これじゃねーわよっ!」

受け取った加水の女装写真で、そのまま内藤の顔を張る。

ばごんっ!きゃーっ!

 目の前に星が散り、廊下に転がされる。

「いたたたたっ!な、なに?!」

振り返ると上原香織が拳を振り抜いたフォームで睥睨していた。

「省吾をいじめる悪い人」

上原香織が長い脚を持ち上げる。

 わぁっ!

 踏み潰しに来た。横に転がってよける。それをガスガスと上原香織の足が追いかけてくる。容赦ない。

「あなたを倒さねば、省吾が死ぬ」

死なないわよ。殺さないわよ。どこのララァよ!あんた!

「ってか、ヘンタイ加水!夏実!見てないで止めてよ!」

「俺が止めに入ると……」

「ぼくが止めに入ると……」

「「口からメガ粒子砲が……」」

そうだった。

 結局、写真は回収した。上原香織が内藤から回収してくれた。水着を貸せとか言われた。上原香織がプールに行くところとか想像できないけどね。

 それにしても、ヘンタイ加水が許せん。


【五月七日~内藤省吾~】


 部室に荷物を置いて、メモ帳代わりのノートとシャーペンを持って零細部活代表会議に行く。今日、解決案が出なかったら終わりだ。これ以上の延長はない。

「待って」

後ろから香織が呼び止める。

「なに?」

「私も行くわ」

「男子がいるよ」

「私も行くわ」

「じゃ、一緒に行こう。男子にはあまり近づかないでね」

「妬ける?」

「……それもあるよ」

「うれしいわ」

照れる。癒されて、戦う気持が萎えるから今はそういうのはやめて欲しい。二人並んで階段をあがる。


◆◆◆◆


 教室から、なにやら不穏な音が聞こえる。

「なんだぁ?」

扉を開ける。

 音が爆発した。

「ないとぉーっ!」

絶叫するギターで空気を切り裂きながら小暮くんが、ぼくになにかを渡す。

 手の中に納まったそれはマイク。

 長野くんのマイナーコードを刻むベースが、ぼくに命じる。

 松本くんのクロックワークのパーカッションが、ぼくを呼ぶ。

 アジれ。

 アジれと、ぼくを呼ぶ。

 小暮くんと瞬間目を合わせる。言葉で変えられない負け空気はぶっ壊しておいたぜ。と片頬を歪ませる。

 いくぞ。リズムが高まる。

 教室に集まったまとまりのない零細部活の連中をひとにらみし、肩幅に両足を開く。

 息を吸い込む。

「俺たちはゴミムシかぁー!」

叫ぶ。こだまの様に部屋に集まった連中が叫び返す。

「ふざけんなぁーっ!」

「俺たちは、ゴミムシじゃねぇーっ!」

きた。ガンガン行くぞ。

「いい返事だおまえらっ!明日で終わりにゃしねぇぞ!」

返事は、「終わるかよーっ」だ。

「いいかっ!みんなで同じことをするなんてなぁ!そいつぁただのコピー野郎だ!一人、二人のホンモノがホンモノをやってるぼくらがホンモノだ!でかい部活をぶっとばしてでも生き延びるぞ!」

両手を開き、香織にむかってマイクを突き出す。

「生徒会になにを見せてやるか言ってやってくれ!」

だまってマイクを受け取った香織が口を開く。

「ウンコ山盛りファッキン生徒会にビヂグソ食らわせて、ケツからゲロぶちまけさせてやるわ」

「うぉおおーっ!」

なんだ、この盛り上がり。意味が分からん。アジったのはぼくだけど。


◆◆◆◆


 重音部が先に作っていた意味不明の盛り上がり。

 それでも、効果は絶大だった。昨日までのやる気のなさがウソのように、活発に生き残りのアイデアが出まくった。否定のアイデアは出ない。すべて詰めきれないだけだ。

 少なくともやる気だけは、突然に満ち溢れた。

 しかし、決定打が出ない。これだけアイデアを出し合っても、解決案が出てこない。

 陽が傾いてきても、話し合いは終わらない。いかん。このままでは、下校時間がやってきて教師に教室を追い出される。タイムアウトが近づく……。

「やっぱり!革命ではないか?」

ソ連研の原田翔、不穏なことを言うな。

「第一陣が生徒会室正面から陽動。しかるのち、本隊が窓の外からなだれ込み、生徒会室を占拠。同時に工作部隊が放送室電源をカット。映画研究会部室の旧放送室を正放送室としてレジスタンス放送を行う!これでどうだ!」

別の誰かが叫ぶ。

「それだ!」

それだ、じゃねーよ。ロックで気分を盛り上げすぎて、破壊衝動が高まりすぎている。

 実行可能なまともなアイデアが出ない。

「まて。旧ソ連建国じゃないんだから……」

せっかく、やる気になってくれたところで、申し訳ないが、ほんの少しの冷静さを求める。

「……ちがう、本当にそれだよ」

 加水くんの隣に座っていた夏実ちゃんが手を挙げて、発言を求める。

 力によるクーデターからは程遠い夏実ちゃんが手を挙げたことで、室内が少し静まる。

「ソ連だよ。ぼくらがソ連になるんだ」

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