第三話 ネゴシエーション? リサベルさんと愉快なごろつき達(4)

「受け身は取ってくれよ!」


 ニホンでトラックを止めた程のあの力がまた出るっていうなら、今度も相手の事を気に掛けなきゃいけない!


 それもすぐにだ!


 俺は力が高まり切る前に、右手のそれを解き放った。


「ぐおわっ!!」


 全力じゃないのに、それでもその二のがっしりした体が衝撃で吹っ飛んだ。


 駄目だ、錐揉きりもみ状態になって落ちてるから受け身は取れない!


「おいその一、彼をキャッチしてやれ!」


 その二が地面に激突するであろう地点の近くには、上手い具合にその一が居た。


「そ、その一って俺の事か!?」


「どうでも良いから走れ! 早くっ!!」


 俺が無我夢中で叫ぶと、向こうも焦ったように急ぎ出した。


「お、おうよ!」


 よし。その素直さ、嫌いじゃないぞその一。


 その一は果敢に駆け出して、その二の体をしっかりと受け止めてみせてくれた。


 受け止めた拍子に『どわぁっ』とか言って倒れ込みはしたけど、それでもその二の体に掛かる衝撃は幾らか軽減された筈だ。


 リサベルさんが目を丸くして叫ぶ。


「嘘だろぉっ! その光、寄りに依って最後に大当たりを引いたってのか、アクアレーナ!?」


 リサベルさんは俺とアクアレーナを交互に見遣っている様子だった。


 確かに今、『最後に』って言ったな……。


「……姉御、間違い無い。その男はチート持ちだ!」


 思わぬ所から声がしたと思ったら、未だ倒れたままのその二が喋っているようだった。


 その二の言葉も受けて、アクアレーナが力強く頷き返す。


「私、希望を繋いだのです。これが何よりの証拠ですわ」


 そう言ってゆっくりと自分の左手の甲を、リサベルさん達に向ける。


「その痣の形、男の方と同じ……。しかも、模様だとっ!?」


 改めて俺達の手の痣を見たらしいリサベルさんは、何かに気付いて、そして明らかに戸惑ってるみたいだった。


「姉御、今度こそ俺が出ますぜ! あの野郎、チート持ちだってんならやっぱり剣を使ってやる!」


 その一がそう進言してくる。


 おいおいちょっと待て。幾らなんでも、そんなガチな武器使われちゃ俺だって堪らないぞ。


「いや、やめておけ。命の危険が有るとなればあの男……今度は手加減無しで、殺す気であの力を使ってくるかもしれんぞ」


 その一をいさめたのはその二だった。


 俺が力を抑えたって気付いたのか、あいつ。


 でも正直助かったって思う。


 剣が怖いってのもあるけど、それ以上にまだ慣れてない自分の痣の力の方が怖いからだ。


 下手をすれば俺があの時の逆上したヤンキーみたいになってしまう。……それは、きっとダサい。


 とにかくこの力を無暗に使うのはなんか良い気がしない。


 ――だったらここは、知恵を使った交渉をするか。


「おい、リサベルさん」


「なんだよニホン人、ちょっとチート持ちだからって調子に乗るんじゃねーよ!」


 なんだよチート持ちって。チーズ餅なら俺のニホンの酒飲み屋での定番メニューだけどさ。


「どうやらキミの仕事にとって、何か不確定な要素が出てしまったらしいね。だったらここは一度帰って、キミの上司に相談した方が良いんじゃないかな」


「ああん!? なんでお前にそんな事言われなきゃいけないんだよ。ていうかそもそもお前がその不確定要素だろーが!」


 荒っぽく怒ってるけど、残念ながらな見た目と基本的に良く通る綺麗な声質をしている所為で、そんなに凄みは出ていない。


「いけないね、取引先の人間に対してそんな刺々しい言い方をしてはさ」


「えっ」


 リサベルさんは俺の静かに威圧する言い方にきょとんとしていた。


 きっと俺の口調の変化の仕方が予想外だったんだろう。


 これでも俺はニホンに居た時から他の上司達の理不尽との戦いや、正しく違う会社の人との交渉事の中で、その手の会話術トークスキルだって磨いてきてるんだよ。


 異世界にまだ不慣れだろうと、俺はやるとなったらどんな手法を取っても相手とコミュニケーションを測ってみせる。


「今のこの状況。俺の気持ち一つで変化するものが大きいとは思わないか? そして、その場合に起きた事の責任を負うのは誰になる?」


 俺はそう言って右手の痣を見せる。


 まだ淡い光は消えてない。


「……」


 リサベルさんはしばし黙って俺の話を聞いてから、やがて――


「ニホン人、ちょっと待ってくれるか?」


 ――と、静かな口調で聞いてきた。


「良いよ、リサベルさん」


 俺がそう答えると、彼女は何かを考える為に中空へと視線を向けた。


 リサベルさんはシンキングタイム中はずっと気張って見せる事を忘れてて。


 それどころか人差し指を口元に当てる等、年頃の可愛らしい女の子の仕草をしてしまっててさ。


「姉御が一生懸命考えてる姿はいつ見てもさまになってるなぁ」


「ああ。あの表情、守りたくなる」


 その一とその二がなんかいたけど、俺にはもうそんな二人が微笑ましくなってきてた。


「……うーん。よし、今日の所は引き上げておいてやるぞニホン人!」


 それがリサベルさんの下した決定だった。


 いざこざがあっても引くと決めたらすんなり引く……良いね、流石だ。


「それが賢明だと思う。リサベルさんは賢い人だね」


 俺は彼女の適切な判断を素直に褒めた。


 相手の顔を立ててやるってのも、また一つのコミュニケーションだからね。


「ふふん、どうだ恐れ入ったか!」


 鼻を膨らましてふんぞり返る彼女だったが、胸は無くまな板なのが目立っている。


 しかし彼女を慕う二人のごろつきは、きっとそういう所とは別のものに魅力を感じているんだろう。


「行くぞお前達、帰って親方様に報告だ」

「合点でさ!」

「承知」


 号令っぽい感じで一体感を示しながら、リサベルさん達は立ち去っていく。


 その肩で風を切る歩き方な後ろ姿に、俺は思わず「ふっ」と笑みを漏らしてしまった。


 まあ敵さんではあるんだけどさ、ああいう風につるめる同僚が居るというのは良い事だなぁって思ってさ。


 ――と、呑気してる場合じゃあ無いね。


 俺は後ろのアクアレーナへと振り返った。


 彼女は目をさせながら、俺の事を見続けてる。


「レン様は、とても凄いお人です……!」


「えっと、これの力の事?」


 俺はそう言って右手の痣を見せたけど、彼女は『そうではありません』と答えた。


「その痣の事は、私にとって大切ではあるのですけれど……。でも違うんです。レン様はレン様という一人の男性として凄いお人で、それは痣の力とは関係の無い所での事なのですわ」


 アクアレーナは痣の有る左手を胸に当てながら、感慨深げに話していた。


「キミの手にも同じ痣が有るけれど……」


 俺の問いには彼女は少し困ったような表情になる。


「これにはレン様の御力のようなものは有りません。でも、それでも私にとってはレン様の痣と同じ位大切な痣なんです」


 遠慮がちだけどはっきりとそう言い切ったアクアレーナに、俺はなんかいじらしさを感じてしまって。


 なんだろ、こっちまで気恥かしくなってくる――。


「と、とにかく屋敷へ急ごうか、あはは」

「そ、そうですね、レン様っ!」


 彼女が問題を抱えていたとしたって、放っておけない気持ちが有るのは間違い無い。


 それに、それだけじゃない。


 このリサベルさん達との一悶着を通して新たに分かった。


 俺はアクアレーナの事だけじゃなくて、多分この世界の事だって、少しずつ好きになっていけるかもしれない。


 ――第三話 完――

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異世界転移した先で、キミとウエディングベルを鳴らそう――MAKEOVER―― 神代零児 @reizi735

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