第10話 リバース
事件を語るにふさわしい場所ということで、一行はまた空き工場に舞い戻ってきた。もうすっかり夜になっていて、電気の止められている建物内では、撮影用のライトがもはや幽霊に遠慮もなく煌煌と炊かれている。
本当なら事件の当事者として香川にもいてもらいたいところだが、彼はまだ病院で、藤山啓吾は意識を取り戻し、まだ本調子ではないものの反応は正常で、六日間飲食していなかった栄養失調以外、特に問題はなさそうだという。会談の様子は分からないが、香川は駆けつけた藤山の母親に全て話し、謝罪したそうだ。
香川の代わりに、署からスパイの要請も受けて、玉木巡査が興味津々で見学している。巡査は微笑みを浮かべた顔に目をキラキラさせて、すっかり紅倉の信奉者になっているようだ。
「紅倉先生。今回の事件は高校二年生のH君が、最初は無理矢理付き合わされたこの肝試しの現場で心臓が止まって死んだと思われて、怯えたクラスメートたちに置き去りにされたものの、翌日普通に学校に登校してきて、しかしその放課後、行方不明となり、置き去りにしたクラスメートたちのところへ恐ろしい怨霊として登場した……、と、なんだかどう捉えていいのか分からない、不可思議な展開をしましたね?」
いつも通り三津木が質問者となって紅倉の解説がスタートした。
「そうですね。肝試しの時、ここに倒れていたH君は、本当に心臓が止まった仮死状態だったのか? それとも、単に気を失っていただけなのか?、というのがまず問題ですね。
恐らくは、やはり一時的に心臓が止まっていたと思います。ですから本当に危険な状態だったんですね。
では、何故H君の心臓は止まってしまったのか? 恐ろしい幽霊を見たから?
わたしの視たところ、ここに亡霊がいた形跡はありませんでした。つまり、地縛霊はいなかった、ということです。この廃屋のトイレに倒産した会社の自殺した社長の幽霊が出る、というのは若者たちが面白おかしくでっち上げた作り話で、事実、会社は別のもっと条件のいい所に引っ越ししただけで、社長さんも健在です。
では、H君が心停止になったのは、いもしない幽霊に勝手に驚いた、極端な臆病故だったのか?
……ここに亡霊のいた形跡はありませんでしたが、何らかの心霊現象の起こった磁場の乱れはありました。それは行方不明になったH君の亡霊が復讐に現れた形跡だったのかもしれませんが……
H君が本当にトイレで幽霊を見て恐怖のあまり心停止に陥ったのだとしたら、しかし元々ここには幽霊はいなかったわけで、だとしたら、幽霊を連れて来てしまったのは、他でもない、H君本人だったのです。
ではH君に取り憑いていた霊が何故、この場で幽霊となって現れたのかと言うと、現れるのにふさわしい条件に合ったからです。
倒産した会社の自殺した社長の幽霊は作り話でしたが、取り憑いていた霊にとっては真実となったのです。
H君が心停止に陥り、彼を悪ふざけで死に至らしめたクラスメートたちが精神を著しく病んでしまうほどの恐ろしい幽霊の姿とはどのような物であったのか?……
H君が連れて来てしまった亡霊について話しましょう。
H君がその亡霊を拾ってしまったのは、広い敷地の浄水施設のとなりに広がる雑木林でなんですが、実はここ、子どもたちの間では夏の時期カブトムシがたくさん捕れる穴場なんですね。H君も小学二年生の時に亡くなってしまったお父さんに連れられて捕りに来た思い出があって、辛いことがあると一人で訪れていたんですね。
H君というのは、いなくなった翌日にクラスが騒ぎになったときも、『昨日、いたよなあ?』と担任の先生まであやふやに思うほど、大人しく、存在感の薄い子でした。そんな男の子だから周りから感情の薄い人間だと思われていたでしょうが、そんなことはありません。ただ、ちょっと容姿に自信がなくて、家が貧しいことにコンプレックスのある、ごく普通の少年です。自分が無視に近いイジメ状態にあることにも落ち込んで、悩んでいました……まあ、本人が内気すぎるのも問題ですけどね。
そんな悩み多いH君だから、自殺した飲食店店長の亡霊にシンパシーを抱かれて、取り憑かれてしまったんですね。亡霊というのは自分のことを理解してくれそうな相手に引かれていくものですからね。
……この店長さん、言ってはなんですが、あまり店長という仕事には向いていなかったようですね。
自殺したのは成績へのプレッシャーと、忙しすぎる労働時間と、上司からの厳しい叱責によるノイローゼからだったんですけれど、それ以前に、お店の売り上げがイマイチよくなかったのも、お店の雰囲気が良くなかったからだと思います。今どきそういうのは口コミであっという間に広がりますからね。
店の雰囲気が良くなかったのは、店員たちの仲が良くなかったからです。仕事のコンビネーションが上手くなく、お互いに非難し合って、いがみ合っている状態でした。そこを上手くまとめられないのが店長さんの向いてないところで、仕事の欠陥を一人でフォローしていたんですね。人一倍頑張り屋なのが長所だったんですが、気が弱くて、人に強く言えない性格は欠点でした。一人で頑張って、一人で悩んで、一人で潰れちゃったんですねえ。
だから、追いつめられて自殺したとき、その思いは本社の上役への恨みと共に、部下である店員たちへの恨みもたっぷりあったんですね。どいつもこいつも俺のことを理解しやがらないで!……と。
だから、当てつけの為に店のトイレで自殺したんです。
それなのに、別の場所に移動させられてしまった。
結果的に店は潰れちゃったんで、恨みの半分は晴れたようなものですが……、気分的には、全然、不完全燃焼だったんでしょうね。せっかく、自分の自殺した姿を見せつけて、思いっきり罪の意識を与えてやろうと思ったのに、って。
そこで店長の霊は、何とも中途半端な思いを抱えて、ふらふらとさまよっていたわけです。
今回、番組的にはイマイチ盛り上げられないで申し訳なかったんですが、トイレでの心霊現象を説明しますと……
三人のクラスメートが見た光景は、
ドアを開けるとH君が便座に座っています。
その後ろから『自分』が現れて……、『自分』というのは見ているそれぞれ本人です。
『自分』は天井からぶら下がったロープの輪をH君の首に掛けて、ロープの根を持って引っ張り上げ、H君を首つり状態にします。そして、
引っ張って余裕の出来たロープで輪を作って、自分の首に掛け、手を放します。すると、
H君の体が重しとなって激しくロープが引っ張られ、自分が首をくくり上げられます。
こうして二つの首吊り死体が出来上がったところで、H君が目を開いて、見ている者を恨みのこもった顔で睨みつける、
といったものです。
一見なんのことかさっぱり分からず、ただ単に怖がらせる為にやっているように見えますが、
確かに置き換えや恨みのこもった願望が混じっているんですが、
これは、逆回転なんです。
一番最初にH君が見たのは、便座に座っているのはH君ではなく、自殺した店長でした。そして店長を吊り上げて、自分も首をくくるのが、H君です。
本来は、ドアを開けたら、そこにぶら下がっている店長さんを発見するんです。
便座に腰掛けているというのは、ロープを解いて、首吊り死体を下ろした状態なんです。
それを逆回しして、既に死んでいる店長を、本来は地域統括マネージャーが、ロープを引いて吊り上げていく……、つまり、自分を殺したのは『おまえだ!』と言いたいわけです。で、
『おまえも俺に詫びて首をくくれ!』
という恨みのこもった願望が、同じロープで自分も首をくくる、という演出に現れているわけです。
それが見る人によって、より嫌みに、リアリティーが増すように、配役を入れ替えているから、余計ややこしくなってしまっているんですね。
本当はね、ここのトイレの天井に人を吊ったロープを掛けられるようなフックはなくて、お店の方のトイレにもそんな物ないんだけど、お店の方は天井の方にダクトがあって、ロープを掛けられたのよ。だから本当は店長の死体は壁に背中をくっつけていて……、すぐに調べれば痕跡もあったでしょうけれど、今はもう、無理でしょうねえ。
で、けっきょくのところ、店長の亡霊は何がしたかったのかと言うと、
最初に肝試しでH君を脅かして心停止に追い込んでしまったのは、
H君に対しては脅してやろうと思ったわけではなく、自分の身の上と、思いを、理解してもらおうと思ったんです……幽霊っていうのは、ほら、自分のことしか見えてないから、一方的に自分の思いをぶつけてくることしか出来ないのよ。
脅そうとしたわけじゃないんだけど、H君は思いっきり驚いてしまって……そりゃそうよね、そんな物見せられりゃあね、……心臓が止まってしまった。
これには店長の霊も驚いた。
後からやって来た三人が、これもびっくり驚いて、H君をそのままに、逃げてしまった。
店長の霊は慌てて、H君に心臓マッサージを施しているうちに……、H君にすっかり憑依してしまった。おかげで肉体は息を吹き返したからラッキーだったけどね。
幽霊が一つの思いに凝り固まっているのは、物を考える脳がないからよ。
H君の肉体に取り憑いた店長の霊は、脳を手に入れて、考えた。
どうやらこの少年も自分と同じように周囲から理解されずに死にたがっている……ここら辺の考えは自分の都合に合わせた邪悪なものね、……だったら、望み通り死なせてやって、ついでに、自分の中途半端にしか晴らせなかった恨みを晴らさせてもらおう、とね。
そうしていかにも邪悪な死霊らしく、H君の生き霊も道連れに、自分を死なせて逃げた三人へ恐ろしい復讐をしてやって、H君の魂と肉体を死へ近づけていった。
邪悪な復讐をしてしまったH君も、もう自分は死ぬしか道はない、と思うようになって……、これも店長の霊に肉体と脳を乗っ取られているからの考えなんだけどね、
店長が本来自殺していた、お店のトイレに入って、死を待った。……店長の霊としてはH君にも首を吊らせたかったんだけれど、それはH君の肉体と理性が抵抗して出来なかったのね。
ああ、鍵のかかったお店に入れたのはね、ポルターガイスト。
ポルターガイスト、騒がしい霊、っていうのは、例えば家の中で気味の悪い音がしたり、誰も触れてないのに勝手に物が動いたり、っていう心霊現象。霊は物理的にそれくらいのことなら出来るのよ。重い物は無理だけど。
裏口のドアの鍵は、これはなかなかハイレベルのブツだけど、店長は生きている時に日常的に開け閉めをして、感覚的に馴染んでいたから、開けることが出来たのね。わたしもその痕跡を利用して念力を発動しちゃいました。
えーと……、
こうしてH君を因縁のトイレで死なせて、いずれ借り手が現れて店舗が調べられるでしょうから、そこで高校生の若者が死んでいたら、これはもう、アウトよね? となりのラーメン屋もろとも、呪われた物件として、完全に廃墟決定よね。
これが、今回の事件の黒幕、自殺した飲食店店長の亡霊が企んだ復讐劇のシナリオです」
後日。
放送へ向けてVTRを鋭意編集中の三津木の下に、香川真之介からお礼の電話があった。その後他の二人も、藤山啓吾が生きていることを知らされ、本人もまだ入院中で会えずになかなか信じなかったが、香川が「こいつが事件の黒幕だってよ」と紅倉に言われて三津木が送ってやった店長の写真を見せると、途端に、店長を知っているわけでもないのに、二人とも納得し、けろっと、元に戻ったそうだ。
藤山の容態だが、点滴と食事で元気を取り戻していき、心配された後遺症もどうやらなさそうだとのことだった。
三津木は、そういえば店長の亡霊はそのままだったな、と思い出した。藤山少年の生命が最優先で、かなりドタバタしていたから捨て置いたとも考えられるが、まさか取り憑かせたまま救急車に送り出したわけはないだろうから、あの場に留め置いたのだろうが……
あの紅倉のことだ、あえて浄霊しなかったのだろう。四人もの若者を呪い殺そうとした悪質な奴なんだから、さっさと地獄送りにすればいいだろうし、紅倉の力なら簡単だっただろうが。
けっきょく、店長の自殺が改めて事件になったという情報はなく、けっきょくそのまま捨て置かれることになるのだろう。だとするなら、
紅倉は本来の場所に戻った店長の霊に、本来の相手に復讐するチャンスを、あえて残してやったのではないだろうか?
店は潰れても会社が潰れたわけではない。既にあの店舗とはなんの関わりもなくなっているだろうが、改めて警察の捜査を受ければ、事件の当事者たちはどうしたって「現場」のことを思い出さずにはいられないだろう。そうして「思い」がつながれば、紅倉がやったように、遠く離れた相手のところに辿り着くことも出来るかも知れない……
どうも紅倉には幽霊側に立った悪趣味なところがある。
紅倉のような能天気な生活をしている趣味人とは違って、社会の荒波に揉まれ、大きな組織の中で仕事をしている三津木には、心ならずも遺体の場所を移動した地域マネージャーの事情も分からないではない。
店長の霊に対しては、せめてトイレでびっくりさせてやるくらいで満足して、さっさと成仏しやがるんだぞ、と思った。
終わり
2014年11月作品
霊能力者紅倉美姫15 死んだはずのH君 岳石祭人 @take-stone
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