第9話 あるべき場所
ウウ~~、ウウ~~、と甲高いサイレンを鳴らし、回転灯を光らせながら、パトカーはそろそろライトの必要になってきた街をスピードを上げて走っていた。
目指すのは商業地区にある、とある飲食店なのだが。
パトカーの後部座席で、またカメラを向けた芙蓉が紅倉に訊いた。
「藤山君の霊をキャッチしたんですね? 彼は、生きているんでしょうか?」
「おそらく。あの感触は生き霊の物だったと思うけれど……、バックにいる奴が邪魔をされてすごく怒っていたから、とにかく急がなくちゃ」
パトカーは道を空けるようにアナウンスしながら赤信号の十字路も突っ切り急行しているのだが、目的地は意外に離れていた。
まだ掛かりそうなのを見て芙蓉は質問を続けた。
「さっきは最後にわたしたちにもちらっと藤山君の姿が見えたように思ったんですけれど、あの時、実際に藤山君の生き霊がやってきたんですね?」
「生き霊本体というより、意識がこっちに向いた、っていう感じね。こっちから思いっきり霊波の出力を上げていたから、それでああして実体化して見えたわけね」
「よく思惑通り気を引くことが出来ましたね? さすがです」
「フフーン。恐山のイタコはマリリン・モンローの霊も呼び出すのよ? 負けてらんないじゃなーい?」
紅倉はふざけた軽口をたたいたが、眼差しは道の先へと焦っていた。
「きっと生きていますよね?」
「そうであってほしいわね」
パトカーは駐車場に入り、慌ただしく降りた四人は建物に向かったが……
「どっちです?」
と、玉木巡査は戸惑った。駐車場は半分ほど埋まって、お客たちがサイレンを鳴らして飛び込んできたパトカーに何事かと不安な顔を向けていた。
広い駐車場を備えた建物はファミリーレストランほどの大きさで、左右に別々の店の入り口があった。一方がラーメン店で、こちらはなかなか繁盛しているようだったが、もう一方は、自動ドアの前に裏返した看板が立てかけられ、どうやら現在は営業していないようだ。
「こっち」
紅倉は閉まっている方の入り口を指差した。
「鍵がかかっていそうですよ?」
「裏口がある」
慌てて後を追ってきたワゴンのカメラスタッフも殺到して、一行は横手奥の裏口へ向かった。
ちょうど空き工場の壊れた裏口と同じ、シンプルなステンレスのドアだった。こちらのドアは破れもなく、鍵がかかっていたが。
「あの、何かあったんですか?」
ラーメン店のエプロンをつけた男性が野次馬たちをかき分けて不安そうな顔で訊いてきた。玉木巡査が訊いた。
「こちら、いつから閉まってるんです?」
「ええと……、半年ほど前からです。ここ、以前は全体で焼肉店だったんですが、それが潰れて、全体じゃ広すぎるんで、うちが半分だけ借りてひと月前にオープンしたんですが…………」
オープン一ヶ月でせっかく順調なところに何かケチが付けられるのかと、幹部らしき男性は太い眉をひそめて答えた。
「こっちはそれからずっとこの状態?」
「ええ、多分。中は完全に半分で間仕切りして、うちはこっちはノータッチです。いい場所なんで、不動産屋がテナント募集しているはずなんですが…………」
「調べて連絡するか……」
どれくらい時間が掛かるか玉木巡査はイライラしながらどこか連絡先は張り出されてないかと捜したが、
「ちょっと」
と紅倉が前に出て、ドアノブを握ると、ガチャン、と回した。
「あれ? 開きました? 鍵はかかっていたと思うんですが……」
先に試した玉木巡査は驚いた顔で言ったが、
「どうぞ。トイレを捜してください」
と紅倉に促され、「はい!」と飛び込んだ。
入った所は厨房で、作業台を避けて先へ行くと、カウンター越しに店舗が見渡せ、脇から客室へ出ると、入り口横にトイレへの通路があった。
壁のスイッチに気づいて押したが、灯りはつかなかった。
玉木巡査は携帯している懐中電灯をつけ、男性トイレへ入った。
「警察です。誰かいませんか? 藤山啓吾さん、いませんか?」
小用便器の所には誰も立っていないで、二つ並んだ個室を、まず手前のドアを中へ開けた。懐中電灯に洋式便座が照らし出され、無人だった。
もう一つ奥の個室のノブをひねってドアを開くと、途中で何かにぶつかった。はっとして隙間から頭をねじ込み、差し入れた懐中電灯で照らすと、学生服の男の子が便座に座っていた。ドアが途中で止まったのは投げ出された足にぶつかったのだ。顔を照らすと、紛れもなく、藤山啓吾だった。
「いた! いましたよ!」
玉木巡査は大声を上げ、パッと明るいライトをつけた撮影隊がどやどやとなだれ込んだ。
「生きてますか!?」
三津木に問われ、足を押しのけドアを開き、
「おい、君、藤山君! 大丈夫か? しっかりしろ」
玉木巡査は呼びかけて頬や首筋を触り、はっとした。
「生きてます! 生きてますよ!」
撮影隊にはとても怖くて一人ではいられない香川も同行していたが、その言葉を聞いて心底ほっとして、へなへなと壁に背をつけてへたり込んだ。
しかし、脈はあっても反応はなく、藤山は非常に危険な状態に思われ、玉木巡査は至急救急車を要請した。
慌ただしい中、芙蓉に手を引かれて紅倉がやってきた。
「美貴ちゃん。悪いけど、ちょっと診てやって?」
「はい」
医学生でもなんでもない芙蓉が、開いた上蓋とタンクにもたれてぐったり動かない藤山の傍らへ行き、頭を位置を変えながら触っていった。側頭部を触るとなんとなくだるい嫌な感じがして、先生が期待しているのはこういうことだろう、と、温かい太陽をイメージした霊気を手のひらから送り込んだ。芙蓉は霊的な体力がすごく高く、治癒の能力があるのだそうだ。
うう、
と、かすかに眉を動かして藤山がうめいた。
紅倉がほっとしたように言った。
「これで、なんとか大丈夫なようね」
救急車が到着して救急隊員が藤山の様子を調べていると、サイレンを鳴らしてパトカーがやってきた。玉木巡査の報告を受けて、署から刑事たちが慌ててやってきたのだ。
三津木にどういうことなのかと怖い顔で詰問する刑事に、紅倉は、
「家出をした高校生が、たまたま鍵の開いていた空き店舗を見つけて、ねぐらとして潜り込んだものの、お金がなくてお腹をすかして、クラスメートに助けを求めてきた、と、まあ、そんなところです」
と説明し、うさん臭そうな視線を送る刑事に対して正義感に燃えた玉木巡査が、
「こちらの霊能力者の方が特殊な能力でここを探り出してくださったんです」
と報告したが、紅倉は「いいから、いいから」と手を振って、
「お互いに『事件』にはしない方が都合がいいから。当人たちにとっても、わたしたちにとっても、警察にとっても、ね?」
と軽い調子でいなし、むっとまた怖い目を向ける刑事たちから目をそらして、
「ね?三津木さん。事件になっちゃったら、色々差し障りがあって、ふざけた『心霊オカルト番組』になんて取り上げられなくなっちゃいますもんねー?」
と振った。三津木もすまして、
「ええ。どうもお騒がせして申し訳ありませんでした。わざわざ警察のお手を煩わせるほどの事件なんかじゃあなかったようですので、どうぞそのように処理してください」
と頭を下げた。刑事たちは納得したわけではなかったが、救急隊員から、
「特にけがなどありませんが、衰弱が激しく、もう少し発見が遅かったら危険なところでした」
と報告され、どうも自分たち警察に分が悪いようだと見て、
「そうですか。分かりました。何はともあれ、ご協力感謝します」
と敬礼した。藤山は救急車に運ばれ、香川が付き添って、病院へ運ばれていった。病院には藤山の母親が呼ばれて駆けつけるだろうから、一刻も早く謝ってしまいたいだろう。
「ああ、刑事さん、刑事さん」
紅倉は強面の刑事を手招いて、
「自殺したここの元店長さん。本社の担当幹部をもう一度調べ直した方がいいですよ?」
と、ニヤニヤした顔で忠告した。
「自殺した元店長?」
刑事は、やはり怪しいなと紅倉を睨んだ。
「確かに半年前にここの店長が自殺しているが……、まさかそれが自殺じゃなく他殺だなんて言うんじゃないだろうな?」
「遺体の発見されたのはどこです?」
「この先、少し離れた林の中だが?」
「店長さんが首を吊ったのはそこじゃありませんよ? このトイレの、その個室です」
「なにっ!?」
紅倉に指差されたトイレの奥を振り返り、次いで怖い目で紅倉を振り返った。紅倉は平気な顔で自慢たらしく説明した。
「自殺は自殺で間違いないのでね、特にどうってことでもないのかもしれないけれど。
最初に自殺している店長を発見したのは、チェーン店の本社の、この地域の担当マネージャー。この店、場所がいい割には売り上げが期待したほど芳しくなくて、そこでその地域統括マネージャーはかなり厳しく、まだ若い店長さんを叱責していたのね。奮起を期待してのことだったかもしれないけど、それまでもプレッシャーと長時間勤務でギリギリの精神状態だった店長さんは、思いあまって終業後の店のトイレで首を吊って自殺してしまった。
胸騒ぎがしたのか、各店舗の見回りの帰りにたまたま近くを通ったマネージャーがもう一度訪問すると、電気がついていて、まだ頑張ってるなと激励しに入ったところで、トイレで死んでいる店長さんを見つけた。
慌てた彼が上役に連絡して指示を仰いだところ、自殺はともかく、店の中では拙い、ということで、応援を差し向けた上で、どこか別の、それらしい場所で死んだように偽装しろ、と指示された。
やってきた地元の幹部と共に、林に遺体を運び、そこの木で首を吊ったように偽装した。首吊り死体は首吊り死体だから、警察の鑑識にも特に怪しまれることもなく、店舗及び本社の捜査でも、自殺の原因が厳しすぎる指導にあったことを認めて、遺族とは慰謝料を支払うことで同意もしたので、事件は普通の自殺として決着した。
ま、自殺には違いないし、遺体を他へ移動させたのは店とグループ全体のイメージを守る為だったんだけど、けっきょくほどなく店は閉店になっちゃったし、ま、結果はなんにも変わらないっちゃあ変わらないんだけどね」
紅倉は両手を広げて肩をすくめ、どうします?と刑事の顔を覗いた。
「終わっちゃったことですけどねえー。ただの自殺として処理しちゃった警察の面目にもかかわりますしねえー。……放っておきます?」
強面刑事は、ムスッと、嫌な顔をした。
「あんたの言ってることが本当なら、もちろん、きっちり事情聴取し直すさ」
「さすが日本の刑事さんは真面目ねえ」
にっこり笑う紅倉から、
「うるせえよ」
と照れたように顔を逸らし、
「行くぞ」
と同僚と共に出て行った。
刑事を見送って三津木は、
「先生。飛ばし過ぎです。けっきょく警察の事件になっちゃうじゃないですか?」
とクレームを付けた。藤山少年が生きて発見されたので、いつものおちゃらけた軽さが戻っている。
「どうかしらねえ? 事件直後ならともかく、今となっては物的証拠なんて何も残ってないでしょうし、必死になってしらを切るんじゃないかしらねえ? 慰謝料も遺族の要求通りに払ってるし、今さら事件にするのは難しいんじゃないかなあ?」
「じゃあなんでわざわざ刑事を焚き付けたんです?」
「だって、それがまあ、今回の騒動の黒幕の望んでいたことなんだもん。これで納得して大人しく成仏すればいいんだけど」
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