第14話 抜け殻
私がいまの事務所に契約した当時、事務所の看板として注目を集めていたのはモデル出身のminamiさん。
「あらっ? 新人さん?」
minamiさんに初めて会ったのは、事務所の入っているビルの1階にあるカフェで、マネージャーさんと初めての打ち合わせをしているところだった。
「ええ。モデルのRenaよ。Rena、こっちは———」
「minamiさんですよね? もちろん知ってます!」
「あははは。元気な子ね。minamiよ。よろしくね」
minamiさんはモデルだけではなく、CMやドラマにも出演する、事務所のホープだった。minamiさんのマネージメントにはかなりの額も投資されていたようで、その額からも事務所の期待がわかった。そして、それが裏目に出てしまった……。
『Rena? 予定変更よ。迎えに行くからすぐに出られる準備をしておいて』
事務所と契約して数日が経ったある日。今後の新人研修ということで、現役モデルさんの付き人を経験する予定が急遽変更になり、大慌てでマネージャーさんが迎えにきた。
「おはようございます。予定変更って今日はどこに行くんですか?」
何もわからず不安がっていた私にマネージャーのキムさんは「事務所」とだけ答えてくれた。
事務所に着いた私はすぐに異変に気付いた。
事務所にはマスコミが詰めかけてきており、広報の人が対応に追われていた。
「木村さん、いったい何が———」
「うん、社長から直接説明するからもう少し待って」
カツカツとパンプスのヒールの音を響かせながらキムさんは急ぎ足で社長室まで私を連れてきた。
「失礼します」
キムさんに続き事務所に社長室に入ると、そこには数人の若手モデルが集まっていた。
「ああ、突然悪いわね。私からは手短に話すわ」
その場の雰囲気からも良くない話だということはわかった。
「minamiの不倫が週刊誌にすっぱ抜かれたわ。相手は
すでに疲れた表情の社長からはいつもの見下すような態度はなかった。
「これ以上事態を悪化させないために、あなたたちには仕事を続けるために男と別れるか、仕事を辞めるかを決断してもらうわ」
それまでの事務所の方針は『恋をしている女性は美しい』という観点から恋愛にはおおらかだった。しかし、今回はそれが裏目に出てしまったのだろう。
私自身も契約時にじゅんくんと付き合っていることを伝えてあった。
「以上よ。あとはそれぞれの担当マネージャーに任せるから」
社長室から出た私をキムさんはカフェへと誘ってくれた。
「さて、Rena。あなたはまだ契約したばかりだから簡単に引き返すこともできるわよ。たしかあなた、彼氏にゾッコンだったわよね?」
「ゾ、ゾッコンって、そ、そんな!」
事実を言い当てられてしまい慌てた私にキムさんは柔らかい笑顔を見せてくれた。
「だ・か・ら・ね。どうするかはあなたが決めなさい。何か目標があってこの世界に飛び込んできてるのであれば、私も全力でサポートする。まあ、参考までに。いまね、あなたに専属モデルの打診がきてるわ。それも踏まえてよく考えてみて」
入ったばかりのこの世界。
じゅんくんが背中を押してくれた私の新しい世界。
まだ何もしてないのに逃げ出す? 私はそれで「仕方ない」って思える? じゅんくんの夢を奪った私が簡単に夢をあきらめていいの?
じゅんくんと少し距離を取るだけでいい。ちゃんと話せばわかってもらえる。
そう、思ってたんだよ。
「そう。仕事を続けるのね。それなら、ちゃんと別れてきなさい」
ちゃんと?
社長の意図がわからないまま連れて行かれた会議室。そこには若手の舞台俳優と数人のスタッフが待ち構えていた。
「じゃあ、打ち合わせをしようか」
なんてくだらない。
そこまでしなければ信用してもらえないのか。
まあ、手塩にかけたモデルがやらかしたのだから仕方ないのかな?
「彼が新しい彼氏役をやるから、はっきりと彼と決別してきなさい」
紹介されたのはひとつ年上の舞台俳優。
「りょう」という名前だけを教えられ後は話を合わせろと言われた。
そして、じゅんくんがバイトをしているカフェへ行き、私はじゅんくんと決別をした。
もう2度と顔を合わせられないくらいの決別を。
そこまでして手に入れたモデルの地位。後に引き返すことはできずに、私の支えとなっていたのはじゅんくんとの約束と、話を聞いてくれるアキさんだった。
「アキさん、あのね———」
敵ばかりだったスタジオで唯一の味方。
「うん。どうしたの?」
アキさんには全て話した。モデルになったきっかけも、モデルを続けてる経緯も、私の目標も。
だからTGCの出演が決まったときは大喜びしてくれた。
「よかったねRenaちゃん! ホントによかった……」
「もう! まだ本番はこれからなんだから泣かないでよ!」
まさか泣くほど喜んでくれるとは思ってなかったから、つられて私まで一緒に泣いちゃった。
そしてTGCを終えた私にはテレビCMやドラマ出演のオファーまで舞い込んできた。
社長は大喜び。
でも、私は……。
じゅんくんとの約束を果たした私には、もう何も残ってなかった。
キミは光の中で輝き続ける yuzuhiro @yuzuhiro
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