第26話 ハッピーエンド

 大賞の受賞式が終わってから数週間が過ぎ、勲達は普段の暮らしに戻っていった。


 千春は副業は会社規定では禁止なのかとおもっていたのだが、禁止ではないと言うことが分かり、ホッとした表情と、激務による悲壮感のあふれる表情を入り混じりながら、正社員というのも考えものだなと勲は千春に会うたびに思う。


 昴は都内でNPO法人の助けを借りながら生活保護を受けて暮らしており、書籍になった場合でも生活保護代から差し引かれてしまうんだなとため息をついて言っている。


 勲は、影山から賞をとっても仕事を辞めるなと釘を刺されて言われ、バイトを辞めて今よりも収入が見込める派遣社員の職を見つけ、その結果は明日にわかるのである。


 都内に遊びに出かけ、昴の住んでいるアパートに遊びにいった時のことだーー


「ねぇ、妊婦プレイってのはどう?」


 昴は臨月に差し掛かったお腹をさすり、笑いながら勲に尋ねる。


「馬鹿野郎、そんなことしてんじゃねーよ、それよか、結果はいつ頃わかるんだよ?」


でも、たまにAVやエロ画像で見る妊婦プレイに興味はあるんだが、倫理的な問題なんだよなと勲は昴の折角の誘いをぶっきらぼうに断る。


「今日か明日みたい」


「そっか……」


 勲は不安な表情をしている昴を見て、複雑な表情を浮かべている。


(やっぱ、バイト辞めるべきではなかったのかなぁ、でも、派遣会社で時給は1200円貰えるし、うまくいけばの話なんだが……)


「ねぇ、いっちゃん」


「ん?」


「いっちゃんの子じゃなかったらどうするの?」


「いやまだそれは分からねーだろ? 千春の子かもしれないし……」


俺の子供だったらどうやって育てていけばいいんだろうな、千春の子供だったらいいな、なにせあいつは大手メーカーの正社員だし、勝ち組だしなと勲は思っている。


「まぁ、そうなんだけどさ……」


「……なぁ」


「?」


「そのよ、俺三ヶ月前にお前の夢見たんだ。子供を堕したって言ってて、エッチして夢精してたんだ。その……子供を堕ろさなくて良かったなって思ってて」


「そっか……」


 昴は勲の身体に頭を擦り付ける。


「ずっと、会いたかったんだよ……でもさ、わたしこぶ付きじゃん、会っても迷惑かなって思って……その……堕した方が良かったのかもしれないけどさぁ、子供作るの私にとって最後のチャンスだったしさぁ……」


 勲は昴の顔からぽたぽたとこぼれ落ちる涙を拭い、仮に誰の子だろうが絶対に見捨てるわけにはいかないとそっと抱きしめる。


「昴……」


「いっちゃん……」


 ガタン、という何かが部屋の中に入った音が聞こえ、彼等は慌てて体を離す。


「何かきたのかしら?」


 昴は物音が郵便物なのかなと立ち上がり、玄関の方へと足を進める。


 勲はなんか俺卑しいのかなと、昴の残り香を嗅ぎながら、何だろうなと思い、昴が持ってきた封筒を見ている。


「いっちゃん、これ……」


 昴は◯◯産婦人科と書いてある一枚の封筒を見せる。


「……とうとうきちまったか、開けてみよう」


 彼等は胸の高鳴りを抑えながら、封筒の中身を開ける。


 📖📖📖📖


 「ねぇ、ここら辺に小説家が住んでるんですって」


「そうなのねぇ」


「名前は知らないけれど、その界隈では有名みたいよ」


「ふーん」


 都内にある公団住宅のそばを、子連れの夫婦達は井戸端会議に花を咲かせながら通り過ぎていく。


 都営バスが公団住宅前に止まり、仕事帰りのサラリーマン達がぞろぞろと降りていき、その中に中年なのだが精悍な顔つきの男が出てくる。


 サラリーマン達は公団住宅に住んでいるのか、公団住宅に帰路を取り、その男も疲れ切った体を引きずるようにして彼等に続いていく。


 『106号室 桔梗』と表札に掲げられている、一階にある部屋の扉を開けると、3歳ぐらいの金髪の女の子がパパと言って男の方へと駆け寄ってくる。


「ただいま」


 男は女の子の顔を見てホッとして、子供の手を掴み、革靴を脱ぎ捨て、部屋に入る。


「お帰り! ねぇ、ご飯と私どっち!?」


 女の子と同じ、髪を金髪にして迷彩柄のエプロンをつけた身重の女性が男の元へと歩み寄る。


「……お前、妊婦プレイして、桃香が変な事に目覚めたらどうするんだよ?」


「保健体育的な!?」


「……兎も角、お風呂に入るわ俺」


「パパー一緒に入ろうね!」


 女の子はおもむろに服を脱ぎ始め、あぁ、やっぱりこいつは昴の血を引いてるんだなと男はため息をつく。


 📖📖📖📖


 昴のお腹の中にいる子供は勲の子供であり、ちょうどその頃に勲が派遣会社に就職が決まり、働きながら養おうと決めたのが3年前。


 生まれた子供は昴そっくりの可愛らしい女の子であった。


 勲は真面目な勤務ぶりから、派遣先からよく頑張ってるねと褒められ、派遣先の製菓メーカーに正社員として採用が決まり、都内にある本社で勤める事になったのが2年前であり、公団住宅に入居が決まりそこで暮らしているのである。


 千春とも交友は続いており、一年前に結婚したという報告を受けた。


 週間文超出版は順調に決まり、テレビでもとりだたされ、重版が決定されてそれなりの収入が貰え、昔の作品もぼつぽつと売れ始め、兼業作家として勲は活動をしている。


 昴は文超大賞を通った自分の自叙伝とも言える作品が書籍となり、主婦業の傍ら活動を始め、主婦向けの恋愛小説を出してそれなりにヒットを飛ばし、また子宝を授かり、三ヶ月後に出産を控えている。


 食事を終え、テレビを見てだらだらと過ごし、寝る時間となり、勲達は川の字になって寝ている。


「ううん、あなた……」


 昴はもぞもぞと勲の方へと体を押し付ける。


「何だよ?」


「大好き……」


 勲は隣に寝ている桃香を起こさないように、そっと愛おしげに、昴を抱きしめる。


『勲』


聞き覚えのある声が聞こえ、勲は辺りを見回すと、自分の枕元に裕也が、あの日のまま、青春を共に謳歌した中学生の時と同じ姿で立っている。


「お前……!」


「賽の河原は終わったんだ、俺、これから生まれ変わる旅に出るから、どこかで会えたらまたな……! 裕太と英美里に宜しくな……!」


「裕也……!」


勲は体を起こし、裕也の元へと進もうとするのだが、昴達は裕也が見えておらず、明後日の方向を見ている勲を不思議な表情を浮かべて見ている。


裕也は後ろを振り向き、手を振り、体が透けていき、勲の前から消えていく。


(俺、お前の分まで生きるからな……!)


綺麗な満月の光がカーテンから差し込み、勲達を照らしている。





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