第25話 授賞式
勲が書籍化のオファーを受け、どうにか規定のページ数まで書き上げ、書籍として売り出されてから一月ほどが過ぎた。
暦の上では12月中旬となっており、37歳の誕生日を迎えてしまった勲は、ようやく見つけたカゲロウ町のスーパーマーケットの品出しのアルバイトを見つけて、あぁ、俺ってやっぱりワープアから抜け出せねーんだなと晩酌を飲んで愚痴りながら、そこで三ヶ月近く働いている。
ジョブカフェなどのハローワーク主催の転職セミナーには登録してまめに相談に乗ってもらったり仕事を探すのを手伝ってもらっているのだが、40歳近くで職歴がアルバイトしかない為、20社近くに書類を送っても選考の段階で落ち、面接だけの所を探して行っても棒にも触れないのである。
仕事が終わったある日の事だーー
「おい、あと少しでクリスマスだな」
駅前の安い居酒屋で千春と共に飲んでいると、千春はふとそう言って、物悲しそうな表情を浮かべて日本酒をちびりと飲む。
「あぁ、そうだな……彼女がいればなあ、いいんだがなぁ」
「あいつ、元気でやってっかなあ……」
「……あいつって、昴か?」
「あぁ。あれから全く音沙汰がないんだよ……」
「……」
勲は昴と別れてから全く出会いはなく、ただ毎日を働き小説を書くという、怠惰ではないが惰性の日々を送っているのである。
彼女がいれば変わるのかもしれないのだが、37過ぎて身分はフリーターの人間と付き合いたいという物好きは何処にもおらず、職場にいる女性は大半がパートのおばさんか学生であり、付き合おうものならば禁断とも言える関係になってしまうのである。
「これ飲んだら風俗でも行くか?」
「いや行かねーよ、お前行って来いよ、ボーナス出たんだろ?」
「まぁな……」
千春は『おぼろ化工』で入社して一年足らずというのに新製品の立ち上げに参加して優秀な成績を収め、ボーナスを少し多めにもらえてデリヘルに行って白人とやったと自慢気に勲に話していた。
「でもお前、派遣でさ、ここら辺の工場の求人とかあったろ? そこに行かないのか? 今よか、金はずっといいだろうが……」
「うーん、それはしてるんだがな、年齢ではねられるんだわ。やっぱり35歳限界説ってのは本当なんだよなぁ……」
「そっかぁ……これ飲んだら帰るか」
「あぁ、そうするか……」
テレビからは、勲達が20歳の頃に流行った4人組バンドの曲が流れ、よくバイト先の仲間とカラオケで下手糞な歌を歌っていた時の事を思い出し、あぁ、青春ってのはあっけない線香花火のようなんだなと勲はただ毎日をあてもなく過ごして37歳に達してしまった自分の年齢を呪い、深いため息をついた。
📖📖📖📖
深夜11時過ぎ、勲は酒の匂いをぷんぷんと撒き散らし、寝ている琢磨達を起こさないように忍び足で自分の部屋へと戻る。
シャワーは明日の朝でいいか、どうせ明日仕事休みだし、と勲は思い、着ているニットとチノパンを脱いで明日の上に無造作に置き、裏ボアのスウェットに着替えてベッドの上に寝転ぶ。
(あーあ、全然売れねーや……諦めて、まともな職に就こうかなあ、でも多分どこも雇ってはくれないだろうけれど……細々と派遣社員でもやってた方が良かったんだろうかなあ……夢を追い続けた作家崩れのフリーターがこのザマだ……)
勲の出版した本は全く売れず、バイト先でも自分よりも年下の大卒の管理者に注意されており、親が死んだら生活保護でも受けるか、一体どうやったら生活保護を貰えるのかとスマホを見やると、影山からLINEメッセージが入っている。
(どうせ、首宣告かなんかだろうな、全く売れないし……)
いよいよダメなんだなと勲は半ば絶望し、LINEを開く。
『文超大賞に通ったので、今後の詳細を話したいので、来週末の◯日に本社に来てください』
「あーあ、大賞に通ったってか……え?」
勲は影山からのLINEを、一瞬何を言っているのか分からず、LINEを二度見して、これなんかの嘘だよなと思い、大賞のホームページを開く。
『最終選考結果 大賞 桔梗勲 浦房マジリ 朱雀夜叉丸 特別賞……』
(本当だ……でも嘘なんじゃないかなあ?)
千春からもLINEが入っており、勲は今度はなんだよとメッセージを開く。
『大賞に俺たち通っちまったぞ!』
(やっぱ嘘じゃなかったんだ!)
勲はガッツポーズを取り、影山に返信を送る。
📖📖📖📖
文超社の大賞の授賞式は、都内の一流ホテルの一室で執り行われ、国内有数のシェアを誇っている出版社である為か、上層部は勿論、関係会社の役員やはては都議員が見物に訪れる。
「おいなんだよお前さん、そんな場違いな格好は」
「仕方ねーだろ、店がクソだからから買えねーんだよ」
勲は初めから時間に融通が効くフリーターであった為、この日のシフトを上司に嫌味を言われながらもなんとか休みに変えて貰い参加したが、中年太りに差し掛かって肝心のスーツが着られなくなり、新調をしようにも仕立てが間に合わず、影山に無理をお願いし、パーカーにジーンズという某文化人の様な格好をしている。
対照的に千春は、ここ数日の激務でかなりやつれてしまい、髪の毛も急激に薄くなり地肌が見え、スーツのサイズがゆったりし過ぎて、一昔前に流行したストリート系のダボついたファッションを老人が無理やり着てるような無様な格好になっている。
(場違いだなこいつら)
(凸凹な連中だ)
周りのひそひそ声が勲の耳に入り、時間のある時にジムで体を動かしておけばよかったなと深く後悔をして、醜く突き出た腹を指で掴む。
まだ授賞式までは時間があり、彼等は椅子に腰掛けて、近場にある業務スーパーで購入した飲料を口に運んで、世間からキョロ充と揶揄されている、好奇心が旺盛の若い学生のように、辺りをキョロキョロと見回している。
「てかよ、一体誰なんだろうな、浦房なんとかって人は……」
千春は他の受賞者である浦房が気になるのか、不審者の如く辺りを見回している。
「馬鹿野郎、お前キョロ見しすぎだ、変な奴って思われてるぞ。どうせ、そこいらの作家志望の若い奴だろ?」
勲は、浦房の事は気になるのだが、どうせ、俺たちとは違って普通の会社員をやってる人かなんかだろうなと、そうたいして期待はしておらず、まだ時間があるので千春を誘って喫煙所へ一服しに行くか迷っているのである。
部屋の電気が徐々に暗くなり、雛壇の上に司会進行者の20代後半らしき肌艶の男性社員がマイクを片手に登る。
(あぁ、とうとう始まっちまったな……)
もう一服しておけばよかったかなと勲は後悔し、司会進行が始まるのを待っている。
「あーマイクテストマイクテスト……」
扉が開き、威勢の良い女性の声が部屋に響き渡る。
「すいません、遅れました!」
その声は昴であり、腹が出ており、まさか、こいつ小説を本当に書いていたんだ、今までどこにいたんだと勲達は驚いた表情で見やる。
📖📖📖📖
「いやまさか、お前が作品を出していたとはな……」
千春は感心した様子で昴を見やる。
「うんだってさ、諦めきれなくてさぁ……」
昴は臨月とまではいかないが、で始めた腹をさすりながらコーヒーを一口飲む。
授賞式が終わった後、彼等は近くの高いコーヒー屋さんに入り、ささやかな祝勝会をしている。
「いったいどんな内容なんだ? その本は……?」
「冴えない小説家とお水の女のラブストーリーよ」
「てかお前じゃん!」
ハハハ、と彼等は笑っているのだが、勲は先程から無言である。
「どうしたのいっちゃん? なんかさっきから、顔色悪いけれどもさ……」
「いや……その、なんだ……」
勲はモゴモゴと喋ってるが、意を決して口を開く。
「お腹の子はいったい誰の子なんだ?」
「……お前、それを聞くか?」
千春は、折角楽しいひと時が邪魔をされたのと、これだけは聞いてはいけないタブーを聞いた勲を睨みつける。
昴は少し黙ったが、思い切ったかのようにして口を開く。
「誰の子かわからない。でもね、お腹の中に命があるのは確かだから、何がなんでも産むわ……!」
「ってお前、今まで生活は一体どうやって……!?」
勲は胸のモヤモヤを昴に尋ねる。
「NPO法人を頼って、生活保護を受けたわ。出産費用も国で持ってくれるし。ただ作家デビューしたからどうなるか分からない、印税が入ったら、切られるかもしれない。でも、何とかなりそうよ、多分……」
「……べよう」
「え?」
「誰の子なのか、調べに行こう! 明日にでも!」
勲の発言に、彼等は驚いた表情を浮かべる。
「いや、それは……」
「何ビビってんだよ!? 昴がこうなったのは誰か分からねーんだが、少なくともよ、何も検査しないで、はい私の子ですってのは可哀想だろ!? 検査費用は俺が出すから受けに行くぞ! アドレス教えろ!」
「う、うん……」
小さな店内で彼等の会話は聞こえており、周りは何事かと見やるが、勲の勢いに押された昴達はこくり、とうなづいた。
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