第24話 待ち合わせ

 文超社を出た勲は、その足で繁華街へと向かい、英美里との待ち合わせの、駅前にある喫煙所で近くにある3台並んでいる自販機で紅茶を買い、タバコに火をつけている。


 あたりは日曜日という事もあってか、風俗店や居酒屋、飲食店が立ち並ぶ場所ということも重なり人は多く、勲は今流行の開襟シャツとコーチジャケット、シャツチェスターに身を包んだ大学生などの20代の人生の青春を謳歌している若者を見て、俺も昔は、活力があっていつかは金持ちになるんだと意気込んでたが、今は冴えない小説家だとため息をつく。


(でもまぁ、出版してくれるっていうし、何とかやってみるか……)


 勲が週間文超に11年間投稿していた作品は、一度も文庫本になっておらず、半ば腐っていたのだが、300ページ程の薄い本でも出してくれるのが勲にとって、確かに俺は努力をしてきて、見てくれてる人はいるんだなと、自信と励みになり少し嬉しいのである。


 スマホを見ると、英美里からLINEが入っており、俺待ち合わせの時間過ぎてなかった筈だったよなと疑問に思いメッセージを見やる。


『ねぇ、今どの辺?』


『待ち合わせの場所にいるぞ。 遅刻とか?』


『いや、今向かってるんだけどねぇ……後ろを見て』


 勲は後ろを振り向くと、英美里がにこやかに微笑んでいる。


「待った?」


「あ、いや、俺さっき来たばっか」


「ねぇ、ご飯食べ終えたらカラオケ行かない?久しぶりに遊びたいわー」


「良いけどさ、いや焼肉ってさあ……?」


「? 良いじゃん!」


 先日、英美里は焼肉を食べたいと言っており、値段がそんなに高くない食べ飲み放題がある、全国チェーン店の焼肉屋に行くのを話し合って決めたのである。


「いや良いんだけどさ」


「行こう!」


 英美里は、中年に差し掛かった女性なのに焼肉を食べて、肥満や中性脂肪や痛風などの生活習慣病になるんじゃ無いかという不安要素は全く感じられない、血色がよく、勲の手を掴み身軽で、某大衆的な食べ放題プランのある焼肉店へと足早に向かっていく。


(俺は無難にファミレスで良かったんだけどなぁ、せっかく痩せてきたんだけどな。明日からまたダイエットのやり直しだなこれは……)


 勲は何度か挫折してきたダイエットを改善しようとはせず、ジムに行くしか無いのかなあ、運動するのは面倒臭いが、将来生活習慣病にはなりたくは無いなと思い、明日からジムに行こうと、そう思っているのはこれで10回目である。


 📖📖📖📖


 焼肉とタバコの匂いが充満する部屋の中、英美里はカルビを頬張っており、よく食べれるなと勲はドン引きした様子で見ている。


「美味し〜」


 英美里は昔、カゲロウ町に唯一できた和洋折衷のバイキングの店で、お店の中にある全ての食べ物を平らげてしばらくの間出入り禁止になった経歴の持ち主なのであり、大ジョッキのビールを3杯も飲んでいる。


「いっちゃんも食べなよ〜さっきから、二人分しか食べてないじゃん!」


「馬鹿いえ、これで十分なんだよ、俺にとっては。てかお前が食べ過ぎなんだよ」


「まだ5人前よ〜」


「生活習慣病は大丈夫なんか?」


「全て正常値だったわ」


「そっか、ともかく俺はこれで良いわ」


「……」


 英美里は、何かを言いたげな表情で、先祖に欧州系の人間がいたのか、やや灰色がかった瞳で勲を見ている。


「何だ? 顔に何かついてるのか?」


「ねぇ、あの子はどうなったの? 産婦人科の前にいた……」


「あぁ、なんかな、妊娠しててさ、失踪したんだよ」


「ふぅーん……」


 勲は昴の事を思い出し、少し憂鬱になったのか表情は暗くなり、タバコに火をつける。


「まぁ、詳しくは聞かないけどさ……その子がまた勲の前に現れたら、今度は離しちゃダメよ……!」


 英美里は真剣な表情で勲を見つめ、その表情に、勲は物怖じした。


 📖📖📖📖


 「食べたわね……」


 英美里はポコンと出たお腹をさすりながら、下品にもニンニク臭がするゲップをし、勲は訝しげな表情を浮かべる。


(こいつ本当に女かよ……女捨ててやがんな。何で俺の周りにいる女って癖のある奴らばっかなんだろうな……)


 勲達は15時近くまで焼肉屋におり、それが終わった後にカラオケ店に出向いて2時間ほど歌い、夕闇の帳が降り始めた頃、そろそろ帰ろうかなと、駅前の喫煙所でタバコを吸っているのである。


 今日は日曜日であり、人の交通が多く、かつて昔自分もバイト先で仲良くなった女の子とかとよく街をぶらついていたんだよなとふとノスタルジックな感情に襲われ、俺にとって都内は第二の故郷なんだなと勲は思い、吸い終えたタバコを備え付けの灰皿に捨てる。


「ねぇ、勲さ……」


「?」


「また暇だったら連絡して良いからね。明日仕事だからそろそろ帰るわ。それとね、あの子、大事にしてあげなね……」


「あぁ……」


 英美里は愛おしげに勲を見つめ、人目があるのにも関わらず、勲にキスをする。


「……ずっと、好きだったんだからね……」


 焼肉のニンニクの味が口の中に入り、勲は気持ちが悪くなる感覚に襲われるが、その事よりも、英美里が本当は自分のことが好きだったのではないかと思い、周りが一体どんな関係なんだと驚いてチラリと見ているのを恥ずかしく思いながら、手を振って駅に向かっていく英美里を、いつまでも見ている。


 10分ほど過ぎたのであろうか、夕方になり少し肌寒くなってきており、着ているシングルの黒のライダースジャケットの襟を立て、英美里に続くように、勲は駅構内へと入っていく。


 ーー勲はどうやって、ヒカリ駅を通る沿線に乗ったのか分からず、唇の余韻を噛みしめ、ふと時計を見やると夜の19時近くとなっており、そろそろ晩ご飯の時間だな、あいつにはあいつの生活があり、俺には俺の生活があるんだなと、車窓の外に見える、都内の方角を、かつて青春を送った街とは仕事以外では来ないと決めた。

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