第23話 淫夢

 8月のうだるような暑さが過ぎ、暦の上では秋なのだが真夏とさほど変わらない9月の残暑を越え、ようやく秋のぼやけた涼しさが見え始めた10月下旬のある満月の夜の事だーー


「ううん」


 自分は、確か寝る前はいつもグレーのスウェットを着ているんだが、体には服を着ている感覚は無く、何故今は裸なんだろうかなと勲は疑問を感じ、体の上に被さっている掛け布団らしき物体をどかしてむくりと体を起こす。


「!?」


 勲の隣には、生まれた姿のままの昴が横になっており、淫靡な目つきで勲を見ている。


「お前、確か失踪したんじゃ……!?」


「ううん、いっちゃんに会いたくなって、この街に舞い戻ってきたの。ねぇ、しようよ!」


 昴は仮にも妊娠してるのにも関わらず、最後に勲と行動を共にした時のまま、海に浮かぶ小さな島国か、ジャングルにいる未開の部族のように性行為に対しては貪欲なスタンスであり、勲はそれに少し安心したのだが、すぐに我に帰り口を開く。


「馬鹿言ってんじゃないよ、子供はどうなったんだよ!?」


「堕しちゃった、だって育てられないんだもん」


「そうか……」


(本来ならば喜んではいけないんだろうが、責任が問われないから、なんかちょっと安心したわ……)


 勲は嫌な記憶を思い出して落ち込んでいる昴の頭を優しく撫でると、子猫のように体を勲の体に擦り付けてきて、守ってやりたいなこいつという、父性のような気持ちに襲われる。


「ねぇ、しようよ……」


 昴は勲の乳首を指で撫でており、自分の中で1番敏感なポイントを責められている勲は、性的な欲求を抑え切れずに昴の体を思い切り抱きしめる。


「大好き……ねぇ、私といつまでも一緒にいて……」


 勲は行為に及び、熱い衝動のような、生きて蠢いている何かを吐き出すかのような感覚が下半身に向かっているのを感じ、昴の身体の中にそれを出すことに決めた。


 📖📖📖📖


 スマホのバイブで、勲は現実の世界へと呼び戻される。


 「っつ……!」


 夢の中で性的な絶頂を迎えていた勲は、パンツに何か濡れているのを感じ、指を入れると湿って滑っているのが分かり、20年以上ぶりに夢精をしたんだなと、まだ俺若いんだなという自信と、拓磨達にばれないように急いでパンツを変えなきゃなという焦りで勲は胸が一杯になり、まだ若くてしょっちゅう夢精をしていた10代の頃を思い出す。


(俺、服着てるし。あれは、夢だったんだなぁ……現実だったらゾッとするぜ。昴に中出しとかして無いしなぁ、今まで。てか、スマホのバイブは誰なんだろう……?)


 勲は、まだ寝ていたい欲求があるのだが、夢精をしていたことを知って完全に目が冴えてしまい、むくりと体を起こしてテーブルの上に置かれているスマホを手に取る。


『お疲れ様です 仕事のことで話があるので、◯日に本社に来てください』


(仕事……? 原稿を落としたりはしてないはずなんだが……?)


 影山からのメッセージに了承しました、と返信し、別のアカウントからもメッセージが入っており、それを開くと英美里からである。


『元気〜? 仕事決まった〜?』


(なんだかんだで俺を心配してくれてるんだなぁ……)


 勲は英美里に元気で働いているよ、と返信を送ろうとしたが、よく考えたら◯日は日曜日で美容院は休みの日だったな、久しぶりに会うかと思い、スマホを操作する。


『◯日に仕事で都内に行くんだが、会わないか?暇だったら』


 英美里は客が全然入っておらず余程暇なのか、すぐに既読になり、OK、とアニメキャラのスタンプで返信があり、もう37歳に差し掛かるのに、年甲斐もなくアニメにハマってるのってどうなんだろうなと勲はため息をつく。


 カーテンの隙間から日の光が差し込んできており、時計を見やると秒針は午前7時半を指している。


(今日はバイト休みだし、図書館にでもいって調べ物でもするか……その前に、パンツ替えなきゃな)


 勲は夢精をして体力を消耗したのか、かるくよろめきながら立ち上がり服を脱ぎ捨てて、パーカーとジーンズというラフな格好に着替えた。


 📖📖📖📖


 都内はビル群が立ち並び、その中で一番高いビルに、週間文超の本社ビルがある。


(久しぶりにスーツ着たが、ズボンがパンパンだぜ……こりゃ、駅前の体育館に通うとするかなあ……)


 勲は、本社に呼ばれるとあって、私服では流石にまずいと思い、20代の頃に購入した紺のストライプのスーツを着ているのだが、体型が太ってきたせいかお腹の中周りのせいでズボンがはち切れそうである。


 駅前には、数年前にできた、ヒカリ町が経営している総合体育館があり、その中にはスポーツジムがあり、一回350円でできるため、そこに行くかなと勲は迷いながらビルに入り、エレベーターに乗り本社への階層のボタンを押す。


(俺は都内に再び戻れるんだろうかな、いや、地元は良いんだが、人生の半分を都内で過ごしているからなぁ、第二の故郷だなこりゃ……)


 地元ではないのだが、青春を過ごした場所には変わりなく、望郷の思いに駆られているとエレベーターは週間文超のオフィスへと止まる。


 勲は何かあるような、得体の知れない不安に襲われ、唾液の出る量がいつもより増えており、トイレはどこだったかと思いながらオフィスの前に立つ。


 鉄の扉には、『週刊文超本社』と書いてあり、とうとうきちまったか、まさか戦力外通告ではあるまいなと勲は不安に駆られながらドアを開ける。


「お疲れ様です」


 資料と書類で山積みになったデスクに座り、ノートパソコンを何時間も操作しており、ろくに家に帰る暇がなく会社に住み着いているような、無精髭とボサボサの髪をした社員達は、勲を見て、おおっという驚いた顔をしている。


(俺なんかしたのかなあ……?)


 数ヶ月前までは、幾ら月刊で連載をしてるとはいえ、大した作品を書く事は無く、半ば影山の温情で雇われているフリーター崩れと変わらなかった勲を哀れみと侮蔑の目で見ていた頃とは違っており、尊敬の目で見ているのである。


「桔梗ちゃん」


 数年前にほんの数秒間の動画で一世を風靡したYOUTUBERのものと同じ、ド派手な豹柄の服を着た影山が勲に気がつき、デスクから顔を上げて上機嫌な顔つきで勲の元へと歩み寄る。


「影山さん、俺なんかしちゃった感じっすか?」


「いやね、勲ちゃんの作品を上層部が高く評価しててね、書籍化したいと。その事で呼んだんだ」


「え!? ガチですか!?」


「ガッチガチだよ〜これから打ち合わせに入ろうね」


「は、はぁ……」


 寝耳に水、鳩が豆鉄砲を食うを地でいく顔をしている勲の肩を影山は掴み、奥にある会議室へと足を進めていく。


 📖📖📖📖


 勲がヒカリ町に戻り、英美里達と会ってその直後に都内にあった自室が燃えた直後に発表した作品である『贖罪』は、かなりの人気作品となり、シリーズ化されており、それを書籍化すると上層部の人間との会議が会議室では交わされていた。


「いやぁ、君の作品は素晴らしいね、独特のアイロニーに満ち溢れててね、官能の描写もさることながら、登場人物もかなり個性派揃いだね」


「は、はぁ……」


 編集長の虻川浩(アブカワ ヒロシ)は、年は勲よりもひとまわり年上であり、昔ラグビーをしていた為か恰幅が良く、もっと早くにこの作品を出してくれ、と言わんばかりに勲をベタ褒めをしている。


 俺この作品にそんなに気合を入れて書いてなかったんだがなと勲は複雑な心境で、面白かったという意見が多く占められているSNSやファンレター、ホームページの掲示板を見ており、影山達の確認を快くとは言い難いのだが了承し、テーブルの上に置かれたコーヒーを口に運ぶ。


「なんかね、この作品はリアリティがあってね、実際に体験した事を書いているように感じるんだがね、本当の事なのかい?」


「いえ、まさか、フィクションっすよ……!」


(いくら時効とは言っても、本当の事がバレたら炎上は間違い無いし、死んでもいえねーよ、墓場まで持っていくに決まってるだろうがよ……! 適当に書いてるのは当たり前だし!)


「それと、大賞の中間選考が出たんだが、君の作品が入っていたよ」


「え!? そうなんですか!?」


「あぁ、これなんだよ」


 虻川はテーブルの上に置かれた今月号をめくり、中間選考結果のページを開き、勲に見せる。


『中間選考結果……桔梗勲』


「うん!?」


 勲は驚いた表情を浮かべ、ページに書かれた選考通過者の欄を思わず二度見する。


『光輪のラプソディー 朱雀夜叉丸』


(このペンネームは、千春が同人誌で使っていたものだ……!)


「どうしたんだい? 知り合いが書いてあったのかい?」


「え、ええ、まぁ……」


「この賞の賞金は100万円で、書籍化はあるからね、一位以外はないけれど。今審査中でね、三ヶ月後に結果出るからね、それまでに出版のことを決めよう。加筆してページ数を満たしてからだ。来月までにとりあえずね、今のに追加して150ページ、出来るかな?」


「え!? いや……や、やります!」


 勲は無理だろこりゃと一瞬躊躇ったが、ここで書かなければ一生、冴えないまま、何も満足にできなかった事を悔やみながら年老いて死んでいく姿が目に浮かび、二回頭を縦に振る。


「うん、では、これから頑張って書いてくれたまえ……!」


 虻川は勲の肩をバンと叩き、元ラグビー部の力を痛いほどに知った勲は思わず顔をしかめて肩を押さえ、その様子を見て影山はククク、と笑った。

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