鶏肉おいしく焼けたかな

 色々あったからクリスマス気分を満喫しようと思い、スーパーで鳥モモ肉を買ってきた。今晩はこれを塩麹焼きにする。


 12月27日、日曜日。日差しが眩しい。明日からは下り坂になるようだが。


 そもそも七面鳥でなくなぜ鶏肉を食べる風習になったのか。おそらくカーネルおじさんの影響が大きい。情報源が新聞とテレビとラジオしかない頃、あのおじさんがクリスマス前にフライドチキンを両手に握りしめ、テレビカメラの前をうろちょろし続けたせいだと思う。クリスマスに鶏を食べる日本人を見て、おじさん、草葉の陰でゲラゲラ笑っているに違いない。


 明日の月曜からは父も一週間のショートステイ。特に注意することはなくなる。


 つまり、もう書くことがない。長く続いたこの日記を閉じる日が来たのだ。思ったよりもサボらなかったので、なんだか膨大な量になってしまった。


 2020年の2月、自分の精神が限界を迎えそうだったので、弱音を吐き出す場所が必要だったことを思いだす。けど誰かにそんなことを話していたら嫌な思いを共有するだけだ。だったらどうせ誰も読まないのだから日記でも書くかという軽い気持ちで始めた。

 日々の嫌なことを受け止めて無理やり消化するのではなく、一度言語化し客観的に眺めることにより「やべえどうしよう」というパニックは消え、どうすればスムーズに物事を進めることができるのか判断できるようになっていた。毎日のようにショックなことが起きていたから、たぶん脳がショックに慣れたのだろう。


 毎日書くつもりは全くなかったが、誤算が生じた。どうせ誰も読まないと思っていたこの日記を多くの人が読んでくれたのだ。こうなるとサボりづらい。意地で書いた。何も起きない日でも書いた。何も起きずにいてほしかったが残念ながらそうはいかなかった日もあった。


 結果として、介護日記としては何ら役に立たない内容で埋められた。例えば病院の応接室で冷たい現実を告げられた時は、それをそのまま書き記した。文字にして読み直すことでもう一度経験し、次の行動を熟考することができるからだ。だが間違いなく当事者以外には必要のない情報だった。自分の為だけに書いたことを告白しておく。


 おっと、鶏肉を塩麹につけて30分経ったので取り出して、焼く。焼けろ。料理は火具合! 鶏肉の場合は皮を下にして弱火で7分、返して6分、また返して蓋して1分、火を止めて8分後に蓋を外すのだ!


 振り返れば本当に多難な一年だったと思う。だけどそれでも母とは裏表のないつきあいをすることができた。なんとなれば楽しかった気すらする。全てがいい思い出になっている。


 自分で言うのも変なのだが、この日記でいつか書いた言葉でとても気に入っているものがある。ベッドの上で横たわる母の大便を鼻歌交じりに掃除している時、泣いている母にかけた言葉だった。細かいところは違うと思うが、今一度書いておきたい。


 ー ー ー ー ー ー ー


「泣かないでいいんだよ。子供の頃にやってもらっていたんだから。ただ立場が変わっただけ。おれにとっては何の苦でもない」

「けどそれは親の義務だから」

「義務だけでやってるわけでないのは、おれもお母さんと同じなんだよ」


 ー ー ー ー ー ー ー


 この言葉をかけてから、母は大便をしても泣かないようになった。決して自慢できるような毎日ではなかったが、それでも胸を張って言える。自分の言葉で母を立ち直らせたことが、少なくとも一度はあったと。


 たぶんどんなドラマでも再現不可能、というかしない場面もある。大便掃除をしている横でテレビを観ながら食事する父。あれはもはや職人芸とも呼べる代物だった。一応その都度「食事の時間ずらしてもいいか。うんこ掃除するので」と伺いは立てていたのだが、彼はそれを一度も許さなかった。

 5日間連続でその食事シチュエーションになってしまったこともある。最終日にはカレーライスを出しながら


「もしかしてこれが普通なのかもしれない。食べたら出るのだから確かに普通だ。我がリビングではそのサイクルが最短距離で完成するのだ。普通だ」


 と勘違いしかけた。どう考えてもおかしい。普通という言葉を都合よく拡大解釈してはいけない。一般社会で通用しない人間になってしまう。


 最後に、読んでくれた皆さんにもう一度心からお礼を申し上げる。何度でも何度でも申し上げる。皆さんの応援がなかったらこの日記を続けることなど到底あり得なかった。

 そしてこれを続けられたからこそ、毎日自分の考えを俯瞰して眺めることが出来た。こうでもないああでもないと何度も考え直し、結果として母のことを第一優先で選択し続けることが出来たのだから、巡り巡って母が家で安らかに逝けたのは皆さんのおかげでもあるのだ。


 けど一番よくやったのは兄と自分だと思うのよ、うん(全てをぶち壊す手のひら返し)。


 鶏肉が焼けた。時間が経ったから、たぶん焼けた。切るまで食べ物か素材かはわからないが、それは食事の時に確認すればいい。一足遅いクリスマスだ。

 では食事の前に、最近一番好きな歌の歌詞を切り取って掲載する。やっていいのかどうか知らんけど!



 ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪


 いろんな恋をして いろんなさよならがあって

 みんな今 ここにいる


 クリスマス ほら、今年もまたここに

 メリークリスマス


 君にあげるよ 僕のチェリーパイ

 僕は何もいらない 君がいれば


 いろんなことを知って いろんなことがあって

 みんな今 ここにいる

 ここにいるよ


 クリスマス

 今ここにはいない大事な人に

 メリークリスマス


 クリスマス

 みんなの願いが叶う日まで

 メリークリスマス


 ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪



 長いあいだつきあってくれて、本当に皆さんどうもありがとう。

 またどこかで。

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介護者ラストスタンド 桑原賢五郎丸 @coffee_oic

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