6話 弾けるスネアは序章の合図 ③
おかしい。
龍真は和兎が作った朝食をもそもそと口にしながら、おぼろげだった疑念をはっきりと自覚した。
合わせの練習を始めてから、和兎の様子がおかしい。
最初は、料理を少し焦がしてしまったり、水を出しっぱなしで放置したり、うっかりとしたことが多かった。しかし、近ごろの和兎の行動はもう、ぼんやりじゃ説明できなくなっている。砂糖と塩を間違えるだなんて、アニメの世界だけだと思っていた。
あの居眠りだってそうだ。
メンバーは寝不足のせいだと思っているが、たぶん、それは違う。なんとなく、そんな感じがする。
「あっ……」
ガシャン!!
台所のシンクに、重い何かが落ちる音がした。
「んー? なんかあったか?」
龍真が首を伸ばしてそう聞くと、和兎は振り返り、誤魔化すように笑いながら、
「い、いや。洗っている鍋を落としただけですよ」
といって、また、台所の方に向き直る。
こんなのはもう、日常茶飯事だ。
(みんなに相談してみようかな……。真正面に聞いても、和兎は答えてくれなさそうだし)
龍真は普段よりも数段しょっぱい味噌汁を一口飲んで、そう結論付けた。
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「おかしい」
「は? 突然どうしたよ」
ギターを弾く手をピタリと止めて、龍真は目の前の貴虎にはっきりとそう伝えた。
「和兎が、最近、おかしい!」
「あー。お前もそう思う?」
防音室には、龍真と貴虎しかいない。和兎たちの学校が終わる少し前、ちょっとだけ早めに防音室を借りて、楽器を触る。それが、暇な二人の習慣になっていた。
貴虎は少しだけ言葉を選ぶようにうーんと唸った後、言葉を続けた。
「八鶴はなんだか生徒会の仕事が原因とか考えてそうだけど、和兎ってそんな要領悪いやつだったけか? 居候としてどんな感じよ?」
そう問われて、龍真は首をかしげてじっくり考えてみる。
「あーー。いや? 家でそんな仕事をしてるのは見たことない。それに、俺に隠して仕事する意味が分からん」
「いや、案外お前信用無いのかもしんないぜ?」
冗談めかして、ニヤニヤとしながら龍真にそう告げる。龍真はいやいやと首をふった。
「傷つくからやめてくれ。意外と俺も気にしてんだから」
「先日助けていただいた竜ですが……。恩返ししにまいりました」
「あー……。……確かに、貰ってばっかだ。今のうちに返しとかねぇと」
「居候も大変だな」
「うっせ」
二人の会話は自然と違う方向へとそれていく。けれど、和兎に対してどうにか踏み込もうという気概は、一致したようだった。
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「どうして、貴虎さんは僕の家の方向に向かっているんですか?」
学校からの帰路の道中。何食わぬ顔で当たり前のように同じ方向に向かっている貴虎に、和兎は痺れを切らしてそうたずねた。
「フツーに飯を食いに来た。金ないし」
人がほとんどいない和兎の家の方面は、貴虎にとっては珍しく映ったのだろう。きょろきょろとあたりを見渡しながら貴虎はそう尋ねた。
「夕飯を。って、そんなんだったら早く言ってくださいよ。二人前のおかずしか買ってないんですけど……」
「だいじょーぶ。俺少食だから」
いつもの変わらないおどけた様子に、和兎は思わずため息を吐いた。
「そういう問題じゃなくて……」
「まぁまぁ。別に足りないって言ってキレたりしねぇからさ。一週間だけ。な?」
このとーり。と言わんばかり手を合わせて頭を下げられる。本気で断ろうとはしていないが、少し気になったことがあって、和兎は口を開いた。
「その……。お金がない理由だけ聞かせてもらってもいいですか?」
「おん。来週おれ一回東京帰るんだよ」
別にためらうそぶりもなく、そのままあっさりと理由を告げられる。
しかし、和兎にとってそれはかなり心に引っ掛かる理由だった。なぜなら、そう促したのは和兎本人であり、それが理由で金欠だと言われると、促した当人としては、申し訳なくなってくる。
和兎は言葉に詰まった。
「えっと……。それは……」
「別に。お前に言われたのはあるけど、決めたのは俺だし。まぁ、飯を食わせろって言ったのは、ちょっと謀ったところはあるけど」
肩をすくめた貴虎に、そう笑いかけられる。気にすんな。言外に示されたその言葉に、和兎は素直に甘えることにした。
「まぁ。そういうことでしたら……」
「というわけで明日から、三人分頼むぜー!」
そう言って貴虎は、誰もいない一本道を飛び出した。
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「じゃあ、お風呂入ってきますね。龍真さん。布団、よろしくお願いします」
「ういー。まかせー」
そういって、和兎が洗面所から消えた瞬間、ばっと龍真と貴虎は立ち上がった。
貴虎は、金欠を理由にただ飯を食らうというほかに、もう一つ、悪だくみをしていた。
それは、和兎の秘密を龍真と共に暴くこと。
二人は結託していた。
「で、どうだった龍真」
「色々と探してみたけど、あの押入れ以外に怪しそうなところは全部探して、そんで全部なんもなかった。古書が腐るほどあっただけだ」
龍真が少し退屈そうにそう貴虎に告げる。
人様の家を漁っておいていうのもなんだが、和兎の家は和兎の物じゃない物ばかりだ。古書もそのうちの一つ。和兎が持っている小説とは明らかに違う位置に保管されているのだが、量がおかしいくらいに多い。
和兎や龍真が立ち入らない家の一部のほとんどが、その古書で埋まっていた。
……そもそも、和兎の挙動がおかしいからと言って家を漁る理由にはならない。なのになぜ、二人が家を漁っているのかというと、龍真が、夜に何かを取りに和兎が起きたことを一瞬だけ目撃したからだ。
和兎の挙動がおかしくなった時期と被っているから、まずは望みが濃いそこから漁ろうと、龍真が提案した。単純に和兎の家が気になっているという本音もあるが。
「で、なんで押入れは調べなかったんだ?」
貴虎が不思議そうに龍真に問う。
「いや、さすがにそこにはねぇだろ。フツー」
「確かに、隠しものなりなんなりをありきたりな場所に隠すのはねぇわな……。ま、ダメ元で探してみたらどうだ?」
いやいや。とあり得ないという感じで二人は押入れを開けた。
普段、和兎と龍真。二人が使っている布団と、ホコリが被った箱が二つ。
「……怪しくね?」
「いや……。いや、まさかね? まさか。俺がアホみたいじゃねぇか」
一つ目は、大量の白紙の原稿用紙と、万年筆。そして辞書。そして二つ目は……。
「お前やっぱバカだろ」
「やっぱてなんだよ!! やっぱって!」
一冊の手帳と、コードが丁寧にまとめられているノートパソコンがあった。
その音が消えるまで 真白 @natumerin
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