第5話「最弱不死と破壊の魔神(5)」
あれは、俺がまだ小さかった頃。
当時からファンタジー系の物語が好きだった俺は、絵本に書かれたドラゴンに乗る英雄の姿に、心をときめかせていた。
いつか俺もこの英雄のように、ドラゴンに乗って空を飛んでみたい。
なんて、叶わぬ夢を抱いたりしたものだ。
喜べ、子供の頃の俺。
ドラゴンに乗るという君の夢は、ようやく叶う。
「ああああああああああああああああああああああああああっ‼ おろ、降ろしてえええええええええええええええ‼」
……まぁ、想像していたのとはかなり違う感じではあるけど。
翌日。
俺達は神々の結界を突破するべく、ドラゴンの背に乗って空を駆けていた。
『なんじゃ喧しいのう。空を飛ぶのは初めてかや? ああ、そう言えば人間は空を飛べんのじゃったな! ぬっはっはっは! なぁに、怖いなら景色でも見て気を紛らわせるがよい。ここは景色だけはわりとよいぞ?』
俺を乗せたドラゴンの能天気な言葉が響く。
たしかに、眼下に広がる深緑の海は、平時であればさぞ心奪われるほどに美しいと感じただろう。
だが、今の俺にそんな景色を楽しむ余裕は微塵もない。
なぜなら……。
「んなもんどうでもいいから速度! 速度を落とせ‼ こっちはお前にしがみついてるの! 一歩間違えたら風圧でふっ飛ばされて死ぬんだよおおおお!!」
そう。ロープなんて上等な物を持ってない俺は、現在馬鹿みたいな速度で飛ぶこのドラゴンの背中に、必死にしがみついているのであった。
きっと今の俺の顔は、恐怖と風圧によって、人様にはとてもお見せできないような顔になっていることだろう。
『ぬっはっはっは! 不死の体になった貴様が死ぬとは、なかなか面白いことを言うのう! どれ、なんならサービスで宙返りでもしてやろうかや?』
「やめろごらあああああ! ぶっころすぞおおおおおおおあああああああああ‼」
『ぬっはっはっはっは‼』
俺の言葉を聞くつもりは一切無いらしく、ドラゴンが高笑いしながらご機嫌な速度で空を駆け抜ける。
俺のギフトスキルになったんじゃなかったのか、コイツ……。
とはいえ、三千年も自分を縛っていたこの場所から、出られるかもしれないのだから、ここまでハイテンションになるのも無理ないか。
と。
『主よ、じきに結界とぶつかる。覚悟をしておくがよい』
それまでハイテンションだったドラゴンの声に緊張の色が混じる。
いよいよか……。
ドラゴンのギフトスキル化が成功したとはいえ、それは作戦の第一歩が成功しただけだ。
本命である神々が施した結界をクリアできなければ、俺達に未来はない。
「ぶつかるぞっ!」
ドラゴンの声に、固く目を閉じる。
なにかしらの衝撃が体に走るかもしれないと身構えたものの、しかし、いくら待っても俺の体に変化が起きることは無かった。
どうなったのだろうかと、恐る恐る俺が目を開くと、そこには……。
『「……おおぉ…………」』
同時に感嘆の声をあげる。
俺とドラゴンの眼下には、それまで飽きるほど見た森林の代わりに、青々とした草原が広がっていた。
もしかして、もしかしてだけど……。
『出られた……。出られたぞ‼ 三千年もわっちを縛り付けていたあの忌々しい封印結界から、とうとう出られたぞ、リューン! 見るがよい、この外の世界を! ふはははは! 今なら主にキスの一つでもしてやりたいくらいじゃ!』
「分かった! 嬉しいのは俺も同じだから、とりあえず先に降ろしてくれ‼」
今にも大はしゃぎしながら空中を駆け回りそうなドラゴンに慌てて釘を刺す。
この喜びようだと、また無茶な飛行をしかねないからな。
というか、ファーストキスがドラゴンとかご遠慮願いたい。
しばらくして、俺達は草原へと降り立った。
ドラゴンの姿を誰かに見られたらパニックが起きるかもしれないと警戒(けいかい)したが、運がいいことに、周囲には誰もいないようだ。
さて、無事に地面に降り立ったのはいいけれど……。
「う~ん……。やっぱりドラゴンの姿だと目立つよなぁ……」
俺は目の前に佇むドラゴンを見上げながら言う。
頭がちょっとアレとはいえ、黒々とした翼を広げるその姿は、どう見ても邪竜にしか見えない。
このままアガレリアに連れて行けば、確実に街の冒険者達に討伐されるだろう。
どうしたものかと俺が頭を悩ませていると、
『ふっふっふ、心配するでない! 実は昨日の夜、封印結界から出られるかもという期待で中々寝付けんでな。色々と外に出た後の事を考えておったのじゃ。わっちの姿への対処も、既に考えておる!』
遠足が楽しみ過ぎて眠れない子供かと俺が思った瞬間、ドラゴンの体から、目も眩むような眩い閃光が放たれた。
せめて一言言ってからにしろと思ったが、コイツの事だ、きっと早く見せびらかしたくてウズウズしていたのだろう。
やがて光が収まり目を開けると、ドラゴンが立っていた場所に、一人の可憐(かれん)な美少女が立っていた。
天を焼かんとする劫火の如く煌めく長い焔色の髪。
自らの不敵さを隠そうともしない深紅の瞳。
身に纏う漆黒と紅が交じり合う巫女服にも似た装束が、少女の白くきめ細やかな肌をより一層引き立たせている。
それの姿は魔性すら感じさせるほどに艶やかで、見目麗しく整った……。
「ふむ、女神としての姿というのも久々じゃな。じゃが、これならば驚かれることもなかろう。どうじゃ?この美の女神と見間違われる完璧なプロポーション! なんなら、この至高の柔肌に触ってもいいんじゃぞ?」
「どこが完璧なプロポーションだよ。ちんちくりんじゃねーか」
そこにいたのは、見た目12~13歳くらいの、ロリっ娘だった。
「は? 貴様、何を言って……? なんじゃこりゃああああああああああああああああああ⁉」
俺の言葉に自分の体を見たドラゴンは、どこぞのジーパンな刑事みたいな咆哮をあげた。
「何じゃこの体⁉ まさか、わっちの力があまりにも弱り切っておったからじゃとでもいうのか⁉ 本来のわっちは、もっとこうバインでボインな我儘ボディーじゃというのに!」
どうやら何か変身に不具合があったらしく、元ドラゴン、ヴェルヴィアは頭を抱えていた。
バインでボインな我儘ボディーという単語には興味をそそられるが、ともあれ、どう見ても人間にしか見えないあの姿なら、連れて歩いても支障はないだろう。
と、俺が絶望に顔を歪めるヴェルヴィアを見てそう思っていた時だった。
「グルルルル……」
「っ⁉」
低い唸り声に目を向けると、いつの間にか俺達の周りを、大型犬よりも一回りは大きい狼のような魔物達が取り囲んでいた。
「お、おいヴェルヴィア。いつまで頭抱えてんだ! 囲まれてるぞ!」
「……む? なんじゃ、ステッペンウルフか。わっちが獣人族をパク……。もとい。獣人族よりも獣らしい種族を生み出そうとして失敗してできた魔物の一種じゃな。大方、わっちの魔力に反応して襲いに来たといったところか」
それまで頭を抱えていたヴェルヴィアが、顔を上げて事もなげに言う。
……パクったって言いかけなかったか? コイツ。
って、今はそれどころじゃない!
「ちょっ、言ってる場合か! 早く逃げるぞ!」
「逃げる……? 馬鹿を言うでない、主よ。あの程度の魔物、わっちの敵ではない」
そう言って不敵に笑いながら、ヴェルヴィアがステッペンウルフ達の前に立つ。
そうだった。
見た目はロリっ子になったが、コイツは正真正銘のドラゴン。
ファンタジー世界最強の存在であるコイツが、その辺の魔物なんかに負けるはずがない!
「ヴェルヴィア、頼めるか?」
「ぬはははは! 良かろう! 主には己が如何に強大な力を手にしたのかを分からせるよい機会じゃ。神々すらも恐れた我が力、しかとその目に焼き付けるがよい‼」
高らかにそう叫ぶと、ヴェルヴィアはステッペンウルフの群れに単身で飛びこんだ!
「あっ、ちょ! 痛い! 思ったより噛みつかれるのって痛いんじゃが⁉ ってげぶふぁ! 体当たりとか何してくれとるんじゃ‼ こちとら貴様らの創造神じゃぞ‼ って あだだだ! 痛いから噛むのはちょ……‼ やめ、やめろっちゅーとろうがこんクソボケがぁぁ‼」
「ボロッボロにやられてるうううううううう‼」
「ひっぐっ……、なんなんじゃあいつ達……。馬鹿じゃろ。仮にも創造主であるわっちに向かって攻撃的過ぎるじゃろ……、誰じゃあんなん創った馬鹿者は……‼」
「ハァ……ハァ……。あれ創ったのお前だろ、お前……」
なんとか助け出す事に成功した涙目のヴェルヴィアを引きずって、俺達は大型狼の群れから離れる事に成功した。
少し離れた場所では、大型狼達が勝利の雄叫びをあげている。
しかしまさかヴェルヴィアがこんなにも弱かったとは、正直予想外だった。
俺の体が不死になっていなければ、仲良くゲームオーバーになっていただろう。
「にしても、マジで俺って不死なんだな。お前を助ける途中、引っかかれるわ噛まれるわの連続で一回死んだような感覚があったけど、気が付いたら傷も塞がって元通りとか。さすが異世界、命が異様に軽い。その代わり死ぬほど痛かったけど」
「まあ、そうは言っても無敵ではないんじゃがな。それよりも、許せんのはあの犬共よ。創造主たるわっちに牙を向けるばかりか、主の前で恥をかかせるとは! このままでは、『あれ? 俺のギフトスキル、弱すぎ?』とか思われて、主にどっかに捨てられるやも……。そっ、それだけは。なんとしてもそれだけは阻止せねば……!」
隣で歯形と涎だらけになったヴェルヴィアが何やら一人でブツブツと呟いている。
いや、別に弱かったからって捨てるなんて事しないけど……。
「……こうなれば致し方なし。我が必殺の【原初魔法】にて、存在を破壊してくれる!」
「なぁ、あんま無理すんなって。別にお前が弱くても俺は気にしないから……」
「主が気にせんでも、わっちのプライドが気にするんじゃ! そこで見ておるがよい!」
そう涙目で叫ぶと、ヴェルヴィアは瞳をスッと閉じ、謳うように呪文を詠唱し始めた。
するとその瞬間、ヴェルヴィアの周囲が焔色に輝き始める。
一体何をしようとしているのかは分からないが、俺の第六感が囁く。
ヤバい予感がする、と。
やがてその光は、詠唱を続けるヴェルヴィアの体にゆっくりと収縮し、ヴェルヴィアが閉じていた瞳を開いた。
そこにはドラゴンの姿だった時と同じ、深紅の瞳が爛爛と光り輝いていた。
「我が咆哮よ、世界を焼き払え! 【
ヴェルヴィアが叫ぶと同時に、彼女の口から大型狼の群れに向かって、轟音と共に目も眩むような紅い閃光が放たれる。
次の瞬間。
ヴェルヴィアの放った光線に大型狼達が飲み込まれ、その彼方で大きな爆発が起きると同時に、地震かと思うほどの大きな揺れと衝撃破が俺を襲った。
あまりの衝撃に身を低くしながら、俺はヴェルヴィアが何をしたのかをようやく理解した。
【破壊竜の咆哮】。
それは数多のゲームや漫画で、ドラゴンが必ずと言っていいくらい使用する定番中の定番の技。
いわゆる【ドラゴンブレス】と呼ばれる究極の破壊魔法だと。
やがて爆風が収まり、ステッペンウルフの群れがいた草原に目を向ける。
するとそこには、ヴェルヴィアの魔法の威力が如何に凶悪か分かる光景が広がっていた。
消滅————。
その光景を表すには、そんなありきたりな言葉しか思いつかない。
なにしろヴェルヴィアが放ったドラゴンブレスは、大型狼の群れどころかそこにあった大地すらも、ごっそりと削ってしまっているのだから。
これが並大抵の威力でない事は、魔法を初めて見た異世界人の俺にだって理解できる。
これが破壊の魔神と呼ばれたヴェルヴィアの。
俺の、ギフトスキルの力なのか……!
「凄い……。凄いぞヴェルヴィア! これだよ! 俺が求めていたチート級の力! この力があれば、この辛く苦しい異世界でも生きていけ……。ヴェルヴィア?」
俺が興奮冷めやらぬまま背後に立っていたヴェルヴィアへと振り返ると……。
「主よ~……。助けてくれ~……」
「……なにしてんの、お前」
そこには、上半身を大岩に突き刺し、情けない声で助けを乞う破壊の魔神の姿。
そう。冒頭のアレだ。
「……え? 何があったの? のじゃロリで壁尻とか、ちょっと二ッチ過ぎない?」
「う~む……。どうやらこの姿でも原初魔法を使うことは出来るみたいじゃが……。体がその衝撃に耐えられんみたいじゃな。まさか反動で吹き飛ばされるとは思わなんだ……」
ええぇ……。
高火力魔法を使えるのはいいが、使えばもれなく吹っ飛んで壁尻になるとか、そんなのどこぞの酒場なら即刻預けられるタイプの仲間じゃねーか。
これが、俺のギフトスキル……?
「……じゃあ、あの魔法を使う時だけドラゴンの姿になればいいんじゃないのか? 使える場面は限られるかもしれないけど」
「無茶を言うでない。あれは女神として残っておった力を限界まで使った究極魔法なんじゃぞ? この姿になるのに力を使い切ったせいで、あと数百年は元の姿に戻れん」
なぜだろう……。
非常に嫌な予感がしてきた。
「な、なら。今後はこの魔法は封印して、他の魔法で戦うしかないな。あの威力の魔法を封印するのは勿体ないけど、それも仕方ない……」
「他の魔法? そんなものわっちは使えんぞ?」
…………は?
「なんで?」
「なんせ女神時代は、大体この魔法で全て破壊できたからのう。他の魔法なんぞ覚えるだけ無駄じゃったから知らん。そもそもこの世界の者達が使う魔法はわっちには難し過ぎる。覚えられたとしても、戦える程のは期待できんじゃろうな」
…………。
「まぁ安心するがよい。ふっ飛ばされはするが撃てるには撃てる。それに見たじゃろう、あの威力! さすが破壊の魔神と呼ばれただけはあると褒めてくれてもいいんじゃぞ? とりあえず、早うこれから引っこ抜いてくれんか? 魔力が切れておるからか思うように体が動かんでな……。おい、聞いておるのか? 主よ」
どうにか抜け出そうとパンツ丸出しで揺れる幼女の尻を眺めながら、俺は確信した。
破壊の魔神というチートみたいな破壊力を持つギフトスキルを獲得したにも関わらず、俺の苦労は、まだまだ続きそうだと……。
スキルま!?〜最弱不死とドラゴンのパンツ〜 ほろよいドラゴン @horoyoidoragon
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