第4話「最弱不死と破壊の魔神(4)」

『なんと……貴様、異世界人じゃったのか。なるほど、道理で結界が働かぬはずじゃ。アレはこの世界の住人が踏み込まぬようにはされておるが、異世界人の事まで考えてはおらんかったじゃろうからな』


 ドラゴンが納得したとばかりに頷く。


 あれから数時間。俺はドラゴンに、色々な事を話した。


 元の世界でのこと。


 突然この世界に来た時のこと。


 旅の道中の苦労話だったりと、何でも話した。


 特に面白い話ではなかったと思うが、それでもドラゴンはずっと、時に真剣に、時に笑いながら話を聞いていた。


 まるで誰かと会話すること自体が楽しくて仕方がないといった感じだ。


 まあ、こんな何もない場所に三千年も閉じ込められていたのだから、会話に飢えるのも納得できる。


 それこそ、エリ草なんてレアアイテムを使用しても惜しくないと思うほどに。


 やがてドラゴンが小さな声で、


『いいのう……。外は、そんなにも面白いのか……』


 と呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。


 …………。


「なぁ、お前がここから出る方法って何かないのか? 一応、命を助けてもらったわけだし。何かあるなら手を貸すぞ?」


 俺の問いかけに、ドラゴンがゆっくりと首を振る。


『……わっちとて、出来ることならこんな場所は去りたい。じゃが、それは不可能じゃ。今でこそ封印されたせいで力はかなり弱まったが、これでもわっちは神々の中でも最強と謳われておってのう。そんなわっちを封印するだけあって、この森に施された結界は強力じゃ。貴様の手を借りたところで、無力というものよ……』


 そう言って、諦めたようにドラゴンは項垂れた。


 駄目か……。


 もし俺が物語の主人公だったら、チート能力とかを使って、このドラゴンを助けてやることが出来たのかもしれない。


 けれども俺は、主人公どころかギフトスキルすら無い一般人。


 このドラゴンの言う通り、無力もいいところだ。


 せめて……。


「せめて俺に、何か一つでもギフトスキルがあれば、突破口くらいは考えられるのに……」


 その言葉に、それまで項垂れていたドラゴンの瞳がカッと見開かれた。


 まるで、何かを思いついたかのように。


『……待て。そうじゃ! その手があった! いや、じゃがしかし……』


 ドラゴンが嬉し気にしていたかと思うと、今度はうんうんと何かを悩み始めた。


 どれくらいの時間が経っただろう。


 それまで沈黙していたドラゴンが、おもむろに口を開いた。


『……おい。貴様。さっきわっちに手を貸すと言ったな。その言葉に嘘偽りは無いか?』


「え? お、おう。俺に出来ることならだけど」


 改まって聞かれるとなんか怖い。


 俺の答えに頷いたドラゴンが、やがて意を決したように言った。



『ならば、その……。わっちを、じゃな……。貴様のモノにするつもりは無いかや?』



 …………。


「……えっと。なんで俺はいきなりドラゴンからプロポーズされたんだ?」


『ぷ、プロポ……⁉ あ、阿呆か貴様! 誰が! いつ! 何時何分何秒にそんなことを言った⁉ わっちが言いたかったのはじゃな、わっちを貴様のギフトスキルにしないかという事じゃ。変な勘違いするでない!』


 ドラゴンがやたらと早口にまくしたてる。


 ああ、そういう事か。このドラゴンを俺のギフトスキルに……。


「って、え⁉ そ、そんな事できるのか⁉」


『本来であれば不可能じゃ。なにしろギフトスキルは一つの魂に一つ授けるのが魂の器の限界じゃからな。じゃが、ギフトスキルを持っていない貴様であれば、弱体化した今のわっちをねじ込めるやも知れん。そうなれば、あの忌まわしい結界も誤魔化せる』


 なるほど。つまりこのドラゴンを結界の効果が及ばない俺のギフトスキルにすることで、結界の外に密輸させようって事か。


 たしかにそれが可能なら、俺もドラゴンも一緒にここから出られる。


『じゃがな、人間。これは危険な賭けでもある。なにしろ前例が無い故、何が起こっても不思議ではない。下手をすれば、器である貴様の魂もわっちも共に消滅するやもしれん。それに、上手くいったところで絶対に出られるという保証もない。……故に、人間。貴様には断る権利がある』


 …………。


「そうか。それで、俺はどうしたらお前をギフトスキルにできるんだ?」


『……貴様、わっちの話を聞いておらんかったのか? 魂が消滅すれば、不死の貴様といえど無事では済まぬのじゃぞ? それなのに即答するとか、貴様は馬鹿なのか?』


 ドラゴンが呆れたようにそう言ってくる。


 馬鹿はお前だ。


 助けてほしいって叫びを必死に堪(た)えて自分の声が震えていることに、このドラゴンは、まったく気が付いていないのだから。


「言っただろ? 俺に出来る事があるなら手伝うって。生憎と俺は、一度でも差し伸べた手を振りほどけるような出来た人間じゃないんだよ。それに、一人旅もいい加減に飽きてきたとこだ。一緒に行こう、ヴェルヴィア」


 そう笑って差し伸ばした俺の手を、ドラゴンはしばらく無言のまま見つめていた。


 やがて……。


『人間。まだ貴様の名を聞いておらなんだな』


 唐突に、ドラゴンがそんなことを聞いてきた。


 そういえば、まだ名前を言ってなかったっけ。


「リューンだ」


『リューンか……。優しき響きの名じゃな』


 そう言って、ドラゴンが俺の差し出した手に自分の額を当てる。


『我が神名。ヴェルヴィア=ノヴァ=エンドロールの名において誓おう。我が命運。我が力。我が存在の一片に至るまで。この者と共に在ると。これより我が牙は貴様の力。これより我が翼は貴様の翼。これよりわっちは、この者のギフトスキルであると‼』


 ドラゴンがまるで唄うように言霊を紡ぐと共に、俺達の足元に赤く光る魔法陣が現れる。


 そしてその光が俺達を包み込んだかと思うと、次第にその光は、俺の体に吸い込まれていった。


 こうして俺は、話好きで不器用で、寂しがりな破壊の魔神という、なんとも妙なギフトスキルを手に入れたのであった。

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