第2話
ふと、目を開ければ空が泣いていた。
無数に落ちるこれは一体誰の涙だろう?これが何なのか、どうゆう現象なのか少女には理解が出来なかった。
ひまわり色の髪をした少女は1人、木が生い茂る森の奥の洞窟の入口にただ立って空を眺めていた。
何かに怯え、何かから逃げていたような気がする。
けれど少女にはそれが《何か》は思い出せなかった。
怯えていた原因も、逃げていた理由も、自身の名さえ思い出せない。
そんな少女を救ったのは森に住むいくつもの名を持つ《彼女たち》だった。
一般的に《精霊》と呼ばれる《彼女たち》は気まぐれに少女を助け、気まぐれに生かしている。
はじめ、言葉さえ話せなかった少女に言葉を教え、自分たちとの会話も困らない程度に知識を与えたのも《彼女たち》だ。
そうやって静かになくなるはずだった少女の生はこの数日間、生かされている。
「ねぇ、楽しい?」
洞窟の奥から声が響いたと思えば突然、凄まじい音を立て、風が吹き少女の長い髪を舞うように揺らす。
ウザったくまとわりついた髪を払って目を開くと目の前には掌ほど小さい女性が不服そうな顔で腰に手を当て“立っていた”。
「見ていて楽しいの?って、聞いてるの!」
強い口調で少女に問いかける小さき者は少女もよく知った人物で、アスレイと名乗っていた。
少し怒っているような話し方だがこれがアスレイの話し方であり、実際怒っているか?と問われれば多分怒っていないだろう。
……ただ、言い方が強くきついだけ。
少女はそれを理解しているのかそんな話し方をするアスレイに対しへにゃりと笑って見せた。
そしてお決まりのセリフのように続けて言うのだ。
「わかんない」
……と。
それを聞くと大体肩を落とし呆れるのがこの2人のやり取りだった。
決まった会話、決まった流れ、少女たちはこの数日間そんなことを繰り返し、仲を深めていた。
《彼女たち》は自身の名を告げることを安易にしない。
名を告げることで契約になってしまう場合もあるからだ。だからこそ名をいくつも持つ。
自身を守るために。
それも含め、《彼女たち》は気に入った者には名を告げる場合もあるのだが、アスレイは少し違っていた。
アスレイ自身、面倒みがいいのか、少女を放っておけなかったのか、定かではないが、少女に名を教え契約を交わし少女に色んなことを教えた。
もちろんアスレイだけではなく、他の者も少女を気まぐれに生かし、知識を与えているのだが、中でもアスレイが率先しているだけのこと。
そして、寄り添ってあげているだけのこと。
それでもそのおかげで少女は笑ったりもするようになったし、名こそ思い出せないが会話だって来た当初よりも多くなった。
そして無関心だった事も興味を持ち始め、分からないことも問いかけるようになった。
「ねぇ、アスレイ、あれ、何?」
「あれ?」
「空が泣いてる」
「あぁ、雨ね」
「あ、め?」
「人の言葉で言う自然現象ってやつよ。ま、私たちから言ったら水の精霊の気まぐれだけどね」
少女の肩に座りながら偉そうに話すと、全てを理解しているのかは怪しいが少女も真剣にその話を聞く。
この世界の在り方……《彼女たち》と人の在り方を。
人や自然にとって《彼女たち》の存在は必要不可欠だ。
アスレイはそうやって少女にいろんな事を教えた。
「水は人にとっても、自然にとっても必要なの。水がなければ作物は育たずに枯れる。作物が育たなければ人は飢えてしまうわ」
もちろん水だけではない、風も土も全てにおいて生があり、それを《彼女たち》が手助けをしていることを。
そして同時に《彼女たち》の存在を見える者が少ないと言うことも。
少女のようにはっきりと見え、会話をする者はひと握りだ。そして《彼女たち》は口を揃えて見える者たちをこう呼ぶ。
《親しき友人》と。
中には《彼女たち》を悪用するものいるがそれでも貴重な友人を《彼女たち》は大事にしている。
だからこそ少女は《彼女たち》の気まぐれに救われた。
……《親しき友人》だからだ。
それはアスレイに教えて貰って少女も分かっていた。それでも構わないともおもっていた。
けれどアスレイは少女が見えていても見えていなくてもどうにかして助けただろう。
それこそ、気まぐれに。
「アスレイ、何か聞こえる」
「何も聞こえないけど?」
「ううん、聞こえるよ?」
「ちょ……ちょっと!」
アスレイが偉そうに語っている間に音を立てながら泣き続けていた雨が音を小さくしていく。
すると少女の耳に聞いたことのない綺麗な音が聞こえてきた。
とても綺麗な音。
少女はその音がとても気になった。気になって気づいた瞬間にはまだ泣き止まない雨の中、森の中を駆けていく。
遠く、聞こえているその音を追いかけて。
突然走り出した少女に飛ばされたアスレイだったが体制を立て直し、少女を追いかける。
生い茂る木々を抜け、もっともっと奥へと。
――リンッ
段々と大きくなる音に吸い込まれるように走り抜ける。
後を追いかけてきたアスレイが少女の横に着くように“飛ぶ”とはっきりとアスレイにもその音が聞こえた。
――リンッ、リンッ
段々と大きくなるその音を聞いてアスレイが止まる。
「この音って……」
止まってしまったアスレイなど気にもせずに少女は息を切らせながら走った、音の鳴る場所へと。
風を切る音が耳元で変わった音を出した瞬間、綺麗なその音も大きく鳴った。
――チリンっ!
少女は驚き立ち止まり眩しさに目を瞑る。
ただ、感じたのは水のせせらぎと優しい風の音。
少女は恐る恐る目を開いた。
魔法使いと鈴 澪華 弥琴 @miko-rei
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