魔法使いと鈴
澪華 弥琴
第1話
澄み切った青空と白い雲。街の少しはずれにある大きな屋敷の屋根に季節外れのひまわり色が風に揺れていた。
揺れるひまわり色と同時に鳴っているきれいな鈴の音は、彼女のトレードマークだ。
この屋敷の者……といえばそうなのだが実際のところは違う。この屋敷に彼女が来たのはつい先日のことで、住んでいると言うよりは押しかけたあげく家主に《住まわせてもらっている》に近い。
それでも人とのかかわりをあまり好まない彼女にとってそれはとても奇跡に近い。一緒にいてもいいと思える相手を見つけたのだから。
そんな風に言えば大袈裟に聞こえるかもしれないが、それぐらい彼女は人とのかかわりを避けていた。
もちろん善も悪も等しいぐらいに嫌いと言えば簡単だ。だけどどちらかといえば《興味がない》に近い感情なのだろう。
そんな彼女が《一人にしたくない》と思える相手がこの屋敷の家主だった。だからと言ってそれは恋愛感情ではない。ただ本能が《一人にしたくない》と訴えていただけ。
曖昧な記憶の中で覚えている眩しく儚い白と厳しくも優しい黒の面影を持っている家主を見ていたかった。そしてどこかで《名前を呼ばれたい》と願っているだけ。
ただ、それだけの感情が彼女をここに留めていた。
「おい」
屋根にいる彼女に低い声が下から聞こえた。その声を持つ人物を見るために少しフチ際に移動してから下を覗き見る。そこには和装のはちみつ色の髪を持った男性が立っていた。
嬉しそうにへにゃりと笑みを浮かべて返事を返し、手を振って見せれば怪訝な表情を浮かべられた。
それでも悪戯に笑えるのは冷たい言い方の中に優しさがあることを彼女は知っているからかもしれない。
それがたとえ相手からすれば面白くはないことでも。
「降りてこい」
「んーなんで? 今日はそんなに寒くもないし気持ちいいよ? 日向ぼっこ」
「……違うとこでやれ」
「今日、街に出たでしょう? 見えたんだぁ!」
この数日で家主の小言をスルーすることなんて容易くなった。小姑のように頭ごなしに怒られるのも嫌いではないが自由気ままな彼女はいつも綺麗に話を逸らす。
無意識にと言っても過言ではないが、興味のあることがコロコロ変わる彼女に家主はこの数日間呆気に取られながらも決まってため息をつく。とても大きなあきれるような、疲れてしまったというようなそんなため息を。
そのため息を聞いて首をかしげた彼女は屋根のフチ際立ってみせる。
いつもの事にはなっているが、家主はまだ慣れなかった。否、慣れるわけがないのだ。
大きな屋敷の屋根に女性が立っているのだから。
普通に考えたらただの自殺志願者だ。けれど彼女は高いところが好きで木の上や、屋根には良く登る。そして決まってそこから飛び降りる。
……そう、飛び降りるのだ。
「だから、あぶな……」
どうゆう心境で、どうゆう気持ちで飛び降りるかはわからない。ただ彼女はその“行為”を楽しそうにやって見せる。
最初は家主も驚いた。いや、今でも確実に驚いている。自虐的にも取れるその行為に慣れてはいけないと、本能が告げているような気がするからだ。
けれど彼女の周りがまるで時間が止まったかのようにゆっくりと、綺麗に円を描きながら降りてくる姿は何度見ても息を飲む。
本当に、綺麗なのだ。蛹から羽化した蝶が羽ばたくように。
ニッコリと笑った彼女はいつもの様に屋根を蹴り自身を宙に投げ出した。
それから、空で舞うように体を捻らせる。
けれど今日はいつもと違った。突然悪戯にすさまじい風が吹いたのだ。
視界がぐらつき目を瞑った彼女が次に見たのは、はちみつ色の髪と伸ばされた手……そして、きれいな青い空だった。
「カノン!」
名前を中々呼んでくれない家主が、名前を呼んでくれたと同時に体に凄まじい痛みが走り……彼女は意識を手放す。
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