商売の鉄則・例外 同業にケンカは売るな。ただし勝ち目があれば別。

旅の奴隷商人コルナタが持つ魔法の馬車は不思議なことに中が明らかに外見より広い。おかげで繊細な扱いの要求される奴隷の管理も楽だしコルナタ自身もとても助かっていた。


個室があるのだ。


七つの部屋の内、奴隷の部屋が四つ、コルナタの部屋が一つ。あと二つは食糧庫兼台所と物置。


風呂や厠?個室についてます。マジで。ありえねぇよな。世界観壊れる。


奴隷の部屋には売れ残りと依存症と弟子が陣取っているし残り一つもまあ厄介な女が入るのだが、今のところコルナタの部屋の平和は保たれている。侵入者はあるが奴隷や弟子の反乱とかはないし。


まあ、一応言いつけているのもある。


例えば、「出入り口以外の扉に触れるな」とか。


あるのだ。何かよくわからない扉が。


コルナタの部屋には扉が三つある。


一つは馬車内へ繋がる出入り口。これはないと困る。


一つはその真逆の壁についている扉。これは何かと思えば、なんと御者台へ出られる。食事などはここから届けられたり。


そして最後の一つ。この馬車をもらう時師匠からあれこれ説明を受けた中で、最重要と言われた注意だった。


「この扉には触れちゃダメ。魔法が解けるから」


「わかりました。命懸けで守ります」


「…あー、いや。命がマズい状況まで行ったら開けて」


コルナタは師にとっても従順なのでこれだけは奴隷たちにそれはもう厳しく言いつけてある。


帳簿を眺めているコルナタに構ってもらおうとフィアナが手を伸ばした時にはなんと尻穴を犯された。


「待っ、て!しばらく使ってないのいきなりされたらっ、ぁ゙…っ!」


狭い風呂へ連れ込まれ「中」をしつこく水で清められ(美少女奴隷はトイレなんてしないが、一応ね?)、その後は翌朝までぶっ通しでいじめ続けるコルナタ怒りのド変態わからせおしおきを気に入ったフィアナはその後ちょくちょく自分で「掃除」をするようになったとか。


そんな話はさておき、現在コルナタ一行は西へ針路を取った。理由は簡単。今まで田舎の奴隷売買が薄いところを狙っていたのを変えて、大きな街へ向かうことにしたのだ。あと、『山領』のテリトリーに近付いてきたから。


大きな他国への入国は避けることにした。


ここまで旅路ではあまり苦労していないものの、以前なら絶対に強行したであろう「師に誓い掲げた信条」をコルナタは無理に押し通そうとはしなかった。世の中が実はそんなに上手くいかないことを知ったオトナな判断。人間関係での苦労もまた得難い財産である。


目指すは西。中央と南を結ぶ大街道の街。


都会に憧れる弟子に急かされながら、しかし頼れる馬の泰然とした足運びに任せ、コルナタは次の運命を辿りに行く。


………が、今回は少し北へ目を向ける。


イーデガルド国。中央から北にかけて伸びる縦長巨大国家。


王様はデルニシテ・イーデガルド。クソほど強くて単独で国をひっくり返した稀代の怪物。あだ名はまだ武王だった時代。


その時彼は、ちょっとだけ機嫌が良かった。






「マリー。例の件は?」


「順調です。もうすぐ話がまとまりますよ」


「そっか。みんな驚くだろうなぁ」


「ええ。驚かせて差し上げましょう」


デルニシテは視察からの帰り道、偶然にも三人目の奴隷マリーアルテと会い和やかな夕暮れ時を過ごしていた。


近隣を平定しちょっかいを出してくる輩を黙らせた後は少し内政に凝っている。


いや凝っているもなにも王様なのだから精通していないと困るのでは?


でも大丈夫。脇を固める便利な叔父を始めとした政務官はみんな優秀。おかげでデルニシテは覇業に打ち込めた。


偶然任せた仕事で思わぬ才覚を発揮したマリーアルテをそのまま財政の責任者に起用したのも良かった。城内にはマリーに仕える清楚で優秀な女性官僚が増えて華が備わったのでデルニシテはとても喜び何を考えているかわからない顔とスケベな目で日々女性を視姦している。


さて、普段ならこの辺でもう二人ほど女を誘って風呂でゆっくり疲れを癒し寝室でまた疲れるのだが、今日はそうはいかない。まだ仕事がある。


並んで歩いてくる二人の姿を認めた番兵が家紋が彫られた大扉を開く。


扉をくぐった先の玉座の間には、すっかり重臣が揃っていた。


玉座から見て左に軍事。右に政治。一緒に来たマリーが列の中で王から二番目に近い位置へ立つことでそれぞれ五人が並び立つ形になる。


最後によっこいしょ、と言いながらデルニシテが玉座に着き、会議は始まった。


「今回みんなを集めたのは他でもない。次の戦争についてだ」


常にマイペースに生きている割にデルニシテは冗長を嫌う。いつだって必要な言葉すら適当に切り捨てて急に本題へ入るのだ。


臣下も慣れたものでそう驚きはしない。…軍事の末席で一人信じられない、ついにこの時が来てしまったのか…と言いたげな顔をした奴もいるが、こいつはいつも驚いている。


一番に声を上げたのは軍事の三席だ。


「そのお言葉を待っておりました。西であれ東であれ、私が駆ければ我が王の武威が届かぬ場所などございません」


気障ったらしく編み上げた後ろ髪を前に持ってきて垂らした気障ったらしい男が一歩進み出て王へ向き直り、慇懃に膝をついた。


デルニシテが侵略した各地から若き実力者を集めそれぞれ一軍を預けた軍将、その名も「四天王」。各々勝手に名乗ったり勝手に呼ばれたりしている。


男の名はリダンタール。人呼んで、「鋼壁のリダンタール」。


「ふん!鈍足でどすどす歩くのでは話になるまい。オレの先駆けが全てを決める」


鼻につく、と言わんばかりに不快感を顔に出した四席が悪態を吐いた。


ごく短くまとめられた髪に褐色の肌。くすみなき蒼石を首から提げる勇ましい少年騎兵のような顔をした女の名はアズラス。人呼んで、「蒼鱗のアズラス」。


冷ややかな視線をぶつけ合う男女を見て年嵩の一席が嘆息する。いつものことではあるが、若き日の自分を見ているようで複雑なのだ。


「リダン。アズ。逸るのは構わないが王前だ。ベルナルを見習え」


四天王、その全員の上に立つイーデガルド国軍元帥、「戦騎」ドゥリアス・カーライルは四天王の末席へ振った。


振られた女はひとしきりあわあわと慌てた後、眼鏡をくいっ、と直して、


「わ、わたしもがんばります!」


と精一杯虚勢を張った。リダンとアズは毎度衝突し、毎度この小動物的な同僚に気勢を削がれている。


ベルナル。男性名をあえて名乗る小柄な女は軍人と言うより碩学に近い出で立ちで、事実前線が専門というわけではない。それでも「国崩のベルナル」として四天王に名を連ねるだけの貢献をしている誰もが認めた才媛であった。


なお、小柄な身体に備わった大きな胸はデルニシテの趣味でもある。


「…それで?次はどこを狙う、デルニシテ」


王に対する礼も敬意も感じられない、むしろ挑戦的な口調で話の流れを戻したその女は、四天王で唯一別格の存在であった。ドゥリアスでさえ御しきれぬ、もう一人の絶対強者。


「焔妃」、アルハレンナ。


かつて焔の戦乙女と呼ばれた女は反逆者デルニシテ討伐に際して彼に一騎討ちを挑み、敗北した。


しかしその身を以てデルニシテを足止めし、王を救い撤退していく軍勢を規格外の暴威から守り抜いた英雄でもある。


でもあるが、現在は武王デルニシテの四人目の女奴隷だ。故に四天王筆頭にして軍事の二席に据えられている。


子を産んで女の幸せを噛み締めた後最前線へ舞い戻った彼女は未だ最強の軍将だ。ベッドの上では最弱だが。


「南へ。少し大胆に行こう」


王の発言にリダンが相槌を打つ。


「南と言うとマテア王国でしょうか?先だって滅ぼしたペドラスの反抗勢力を併合して軍事力ならかつてのサヴィラに匹敵するとか」


「冗談を言うな。サヴィラの方が強い」


「もうないですがね」


「オレとオジキがいる!」


ぐるる…と唸り声が聞こえんばかりの睨み合いを、しかし気にかけるものは少ない。ベルナルはあわあわしているくらいのものだ。


呆れた風に短く嘆息して口を挟んだのは政治側の一席だった。


「仮にもデルニシテ王が大胆に、とまでおっしゃるのです。そんな小物ではありますまい」


アポロニア・アルジェント。旧ミザ王国貴族の子弟から軍の文官として出世し反乱の際にはいち早くデルニシテに近付いた狡猾な中年は今や宰相としての地位を確立していた。


その正体は体のいい雑用係みたいなものだが。長年政争を戦ってきた歴戦のお貴族様ではあるがデルニシテにだけは何故か弱いのだ。


デルニシテは忠臣の言に頷いた。


「そうだね。狙うのは、南の港国」


普通なら、正気を疑うような発言だった。


山脈と砂漠という天然の要害で隔たれているのをいいことに東西の二大国を無視して中央を突っ切る?それが能うのは先程リダンの上げたマテアまでだろう。南の端はあまりに遠過ぎる。


そして、その財力はあまりに強過ぎる。世界の全てを商う最大の港町がどれだけの財貨を、即ち金で揃えられる戦力を貯め込んでいるのか想像もつかない。商業の封鎖で受けるダメージも並みではないはずだ。


それでも。


その場に集った重臣のほぼ全てが随喜に打ち震えた。


忘れることなかれ、ここにいるのはほとんどがデルニシテ・イーデガルドの信奉者なのだ。


新たな伝説を予感した。未だ途上の最強が、また一つ歴史に名を刻もうと言うのだ。


それに付き従うことこそが臣下として求めた喜びであった。人という生き物の埒外に生きる暴君の傍に立つことはあまりに難しいがそれでも。


そんな、狂気じみた憧憬と信仰を向ける他の臣下にもアポロニアはほとほと呆れ果てている。


いや。お前ら祖国滅ぼされたやつとかいるじゃん。身内とか一人くらい死んでるだろ。いいのかそれは。殺された養父の杖をへし折って「あなたにぃ、忠誠をぉ、誓おぉぉぉ!!」じゃねぇんだよ聞いてんのか外交担当うちのしたっぱお前のことだよ。


つーか、無茶なこと言って余計な仕事増やしてしゃーないからまた人雇って、って繰り返してたんじゃ間に合わねぇんだよこっちは。


戦争には金がかかるのは当たり前だが人間生きてるだけで金がかかるんだよ。もしかして我が国の国庫は無限だとでも思っていらっしゃる?殺すぞ。


馬鹿みてぇに女増やして馬鹿みてぇに繁殖しやがって。獣の方がもうちょっと節度あるわ。


とか。


呆れてるどころか今にも皆殺しにするぞくらいの勢いではらわた煮え繰り返っているようですが彼の怒りは決して王には届きません。デルニシテとは「わかってて無視する」タイプの男です。


さて、突然挟まれた不自然でやけに人物の情報だけ詰め込まれたこのシーンに果たしてどんな意味があるのか。


実際の侵攻が行われるのは数年後ながら、ついに動き出した戦乱の申し子、デルニシテ。


迎え撃つは未だ一介の商人でしかない若者、コルナタ。


まだまだ先は長く、さらに多くの運命が絡み合う新たな伝説の物語。


この先のコルナタの運命や、如何に。









なんて。


勢いで読まないなんてもったいない。なかだるみを早々に通り過ぎて足早に行きましょう。


ちょうどコルナタ一行も次なる街に到着した頃。さ、早く語ってしまいますよ。

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女奴隷を集めた傭兵のお話 @kurotowa004

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