商売の鉄則その五・奴隷に深入りしないこと
前回までのあらすじ。
「えぇーっ!!師匠旅やめちゃうんですかーっ!?」
奴隷商人コルナタは襲ってきた山賊を返り討ちにして恫喝し、迷惑料として女頭領フィアナを奴隷としてせしめたが彼女はやたら積極的。おまけに色仕掛けまでしてくるものだから童貞少年のコルナタの股間事情はもう大変!そんな中立ち寄った全体的にやる気のない村で、なんだか様子のおかしいフィアナから「ここへ住もう」と告げられたコルナタの決断やいかに!!!
「ごめんなさい、フィアナさん。僕はまだ止まるわけにはいかないんです」
結論は、否だった。
「…それは、何も為していないから?商人として旅へ出て、あなたは何かを成し遂げたいの?」
フィアナは提案を否定されたから、と言うよりは純粋に心配しているような口調で言った。
「いいえでもあり、はいでもあります。僕には師匠に宣言した目標がある」
「それはそんなに大事なこと?何かを成し遂げられる人はそんなにいないわ。そうでない人の方が多いに決まってる。…私のように、誰もが地獄を壊す英雄になれるとは限らない」
「それです」
「え?」
「あなたは、嘘を吐いてる。吐き続けて、今も続けている」
「………」
「僕は、あなたの自由を買ったつもりです。決して迷惑料としてあなたをせしめたわけじゃない」
「…困ったわね。それなら改めて迷惑料を払わなきゃ」
強制的に弟子となったマオを一旦家に帰し、自分も馬車に戻ったコルナタは夜になってからフィアナを連れ出しました。
川のほとりに作られた四阿で松明に灯された火に照らされながら、男は女奴隷と向き合う。
「フィアナさん。あなたは、地獄と称する過酷な環境で生きていた。しかし自らその状況を打開し仲間と共に全てを覆してみせた。
「そして新たに作り上げた環境であなたが望んでいたのは男をこき使って今まで酷い目に遭ったぶんわがままに生きること、ではない。
「だって、あなたは一番に自分の命を差し出した。
「自分が助かりたいなら弁舌を尽くして、それこそ男を売れば良かった。あなたは賢い人です。僕の前であの人を殺して勝手に手打ちにするくらいのことはしたでしょう。
「なのにあなたは僕を利用して現状を打破しようとしたあの人の策に乗った。自分を乗せた。
「フィアナさん。あなたは、
「奴隷で、いたかったんですね」
「…乗ってくれたのは、あなたもでしょう?」
美貌の女奴隷は、普段より酷く縮んで見えた。
まるでそのもの深窓の少女のように小さな背中だった。
いや、かつてはそうだったのだ。山賊に拐われ性奴隷とされるまではただの少女として生きていた。
自由を奪われた彼女に待っていたのは地獄。
そして。
「暴力を振るわれたのも犯されたのも本当よ。でも、他の子ほどではなかった。頭領は私に本気で惚れていたみたい。
「たくさん贈り物をもらったわ。私だけいい場所で寝起きしていたし、部下が私に近付こうものなら貸してやるどころかその場で指を切り落とした。
「もちろん食事も頭領と同じもの。最後には私から好きなものを聞き出しては作らせていた。
「おかしいでしょう?地獄どころかちょっと我慢していれば不自由なく暮らせていたのよ、私。
「でも嫌だった。
「嫌だったの。たまに癇癪を起こして殴られたり、首を絞められたり、そのまま犯されたり。
「我慢しているうちに、何も考えなくていいよう自分を閉じることができるようになった。あいつを刺した時も何も考えてない人形みたいな状態だった。意外だったわ。私は何も考えてなかったら恨みのまま人を刺すような女だったんだって。
「でも、仕方ないじゃない?私の故郷は私を含む多くのものを奪われた。金品や食料、犯すため、売るための女子供も。
「私には大事にしてくれる家族がいた。許婚もいた。ずっと好きだった人。殺されたけどね。
「幼馴染の女の子は死ぬまでおもちゃにされて、私を慕ってた子供たちはどこかへ売られた。
「殺したくなるに決まってるわ。だからこれ自体は必然だったのよ。
「でもね。当然のことだけど、小さな刃物でお腹を適当に刺しただけじゃ人間って死なないの。
「とどめを刺したのは、給仕をさせられていたイダたち。私がいいものを食べているのを見ながら机に料理を並べていた。
「怒って私を殺そうとした頭領の後ろから、飾ってあった壺で頭を思い切り殴ったわ。他の人も手に手に色々なものを持って集まって、頭領が動かなくなるまで殴り続けた。
「その後は話した通りよ。一番最初に反抗した私を旗印に女奴隷が立ち上がり男を奴隷にした。
「変な話よね。イダは自分たちが虐げられていた横で大事にされていた私を恨むどころか哀れんでくれたんだから。
「…でも。でもね。
「面倒だったのよ。
「新頭領になるのも、祭り上げられるのも御免だったの。
「だって、私には何も残っていないのよ?家族も許婚も友達も、私を優遇していた頭領も!
「私はまだ拐われた子供のままだった。流されるまま、望まれるまま生きる以外のことを私は知らない。だからやめたかったの。
「そこへあなたが現れた。私を、奴隷にしてくれる人が。
「私、あなたの
「私、あなたに縋りたかった。…でも、最初からお見通しだったのね」
松明の火が揺らぐ。
全てを吐露した少女の顔は、女奴隷のそれに戻っていた。
人に媚び、人の意思に依って生きる女は、再び男にその手を伸ばす。
熱を帯びた視線が主人を求め男に縋る。
男は。
「…あなたに」
悲しげな目をしながらも、自らの頬を撫でる手を払わなかった。
「あなたに、僕が必要だと言うなら。もう一度立ち上がるために僕の助けがいるなら」
逆に手を掴み、華奢な身体を引き寄せる。
少女が男と女に望まぬ成熟を強いられた結果生まれてしまった「奴隷」を抱き寄せ、コルナタは囁く。
「僕があなたの主になる。でも、いずれ立ち上がりましょう。僕があなたを立ち上がらせる」
静かな夜だった。
村の誰もが寝付き、川のせせらぎと松明の火が弾ける音が響くだけの世界で。
男が掲げる使命の熱に喘ぎ、与えられる憐憫の慰撫を受け、女奴隷は男のものとなった。
「…ばか。流されやすいくせにすぐ情を移す」
翌日。旅の奴隷商人一行はやる気のない村を出立した。
伴に弟子を加え、改めて方針を定め、ついでに童貞を捨てての晴れやかな出発である。
「御者は任せてください!料理と掃除と洗濯も!どんどんお仕事させてくださいね!」
マオはもうやたらに元気で、なんでもしたがるし覚えがいいから教える側のコルナタの方が先に疲れた。
でも代わりにフィアナは静かになった。相変わらず薄着ではあるが、余計なことはせず求められた手伝いをこなす。
それは家事であったり、ちょっとした買い出しであったり、主人の性欲処理だったり。
「使われる」彼女は、酷く幸せそうな顔をしていた。
そんな顔を見て主人は思うのだ。
フィアナの自由のために切り捨てた、残されたイダたちの自由は。
救えたのではないか。
その後の山賊団と彼が直接会うことはない。
あくまでこれは自分たちが持てなかった反抗への勇気を示したフィアナに頼りきっていたイダたちの自由を犠牲にフィアナ一人の自由を確保したコルナタなりのけじめでもあるが、後悔するのが怖かった。
若さゆえの弱さだ。
それでも一人の奴隷と、一人の弟子と。コルナタはやはり女に縁がある。女を従える縁が。
運命が女を集めた祖父とも、自ら女の運命を引き寄せた伯父とも違う。
コルナタは運命を女に引き摺られる。
従えはするけど迷惑はかけられる。
しかし、コルナタの運命を最も大きく揺さぶるのは女奴隷フィアナではない。
後に生まれる史上初の女皇帝フラジイルに唯一頭を下げさせることとなる天才大商人マオでもない。
近々出会う四人目の女でもない。
彼に最も迷惑をかけその運命を変えるのは、エナ。
師匠から受け継いだ、無気力売れ残り女奴隷だ。
「コルナタの…ばか」
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