ミエナイ鎖に繋がれて・・・

「さっき車で言っていた話・・・・・・どういう事・・・」


家に着いてすぐに、無言の深弥お嬢様に部屋へと引っ張られた。

俺が辞めたいと伝えた瞬間に、さっきまで見せていた眩しいくらいの笑顔は消え、終始、無表情だった・・・。


「・・・お嬢様・・・神之超様にも言いましたが、俺が傍に居る事で悲しませたり、思いがけない行動に出てしまうなら・・・俺は深弥お嬢様のお傍にも居られません・・・。」

「それなら大丈夫だよ!繋さんがあの子にハッキリと言ったんだから、もう何も・・・」

「言い切れるんですか?・・・これから先、もうあんな事にはならないと・・・。」

「・・・・・・。」


俺の問いかけに無言になる深弥お嬢様。

構わず、話を続ける・・・。


「・・・元々、執事という仕事は俺には向いていなかったんだと思います・・・。確かに楽しいと思えたのは本当の事です。・・・けど、だからこの先も続けて行こうと思うのは別です・・・あんな事が起きてしまったのなら尚更・・・。」


深弥お嬢様に仕えているのだって、迫られて咄嗟に承諾したのに変わりない・・・。

俺の意思でやりたいと思った事じゃ無い。

流されやすく、丸め込まれやすい俺が悪いんだ・・・。


「だから、お願いします。・・・今日限りで、辞めさせてください・・・。」


深々と深弥お嬢様に頭を下げる・・・。

俺の足と、真っ白で可愛らしい靴下を履いた、深弥お嬢様の足だけが目に映る。

怒るだろうか?

泣くだろうか?

最悪、殴られるんじゃないだろうか?

深弥お嬢様がどんな反応をしようと、俺はそれを受け入れる。

それが俺の・・・執事としての最後の仕事にする・・・。


「・・・・・・分かった・・・。」

「・・・えっ?」


覚悟を決めた俺に、今まで無言だった深弥お嬢様が一言呟いた。

想像していたどの反応とも違う深弥お嬢様の反応に、俺は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして顔を上げた。


「良いよ・・・繋さんは、今日限りで私の執事・・・更上神家での役目を終える事を許すよ・・・。」

「深弥お嬢様・・・。」


どこか悲しそうな笑みを浮かべた深弥お嬢様が、俺にそう言った。

こんなに簡単に許してくれるなんて思ってもいなかった・・・。


「本当に、良いんですか・・・?」

「うん!繋さんが決めた事だもんね!・・・本当は引き止めたいけど、繋さんの人生を左右できるのは私じゃないし・・・」

「・・・ありがとうございます。」


先程の少女と奥様のやり取りを見て、心境が変わったのだろうか・・・。

それとも、俺が知らなかっただけで、ちゃんと話せば分かってくれていたのだろうか・・・。

・・・どちらにせよ、二の舞にならなくて良かった・・・。


「でも、一つだけお願い・・・聞いてくれる?」

「お願い?・・・何ですか?」


膝を突き、深弥お嬢様の言う「お願い」とやらを聞く。


「これから先も・・・繋さんの事を好きでいても良い?」


何度目か分からない・・・けれど、今までで一番心に響いた告白・・・。

俺は笑顔で、お仕えするお嬢様に答えた。


「はい、深弥お嬢様が俺よりも良い人を見つけられるまで・・・。」

「・・・も~!最後のは要らなかったな~!!」

「す、すみません!!」

「・・・あっはは!冗談だよ!」


二人して笑いあった。

・・・そして、一頻り笑い終えた後、深弥お嬢様が俺への感謝に乾杯がしたいと言い出した。


「ちょっと待っててね!飲み物持ってくるね!」

「いや、それくらい最後まで俺が・・・」

「良いから良いから!繋さんは待ってて!」

「・・・はい、分かりました。」


深弥お嬢様は部屋から出て行った・・・。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


戻ってこられた深弥お嬢様は、手にしていた二人分の飲み物をテーブルに置いた。

今まで俺の隣に座ってきた深弥お嬢様も、今日で最後だからか、俺の真正面に座っている。

そんなちょっとした事が、深弥お嬢様の気遣いに思えて嬉しかった。


「それじゃあ繋さん・・・今日まで本当にありがとう。私、繋さんに出会えて良かったよ!」

「・・・俺も、今日まで楽しかったです。ありがとうございました。」


手にしたグラスで乾杯して、飲み物を口に含んだ。

高級な物なのだろうか?

初めての味だ。

甘みと苦みを半分にしたような、上手く説明できない不思議な味・・・。

見ると、深弥お嬢様は俺とは違う物を飲んでいる様だった。


「これ、何て言う飲み物ですか?」

「ん?・・・う~ん、何だっけ?忘れちゃった!」


何か分からない物を持ってきたのか・・・。

まぁ、飲めなくは無いから良いけど・・・。

そう思いながらも、最後の一口を飲み干した。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


それから楽しくお喋りをしたり、ゲームで遊んだり、これからの事を話したりして時間が過ぎて行った。

話に区切りがついた所で、俺は立ち上がった。


「・・・・・・それじゃあ、深弥お嬢様・・・、もう行きますね。」

「・・・うん。・・・ねぇ繋さん、たまには遊びに来てくれる?」

「・・・絶対とは言い切れませんが、気が向けば。」


もう会う事は無いだろうと思っているが、曖昧な返事で濁す。

時には優しい嘘を吐く事も必要な時だってある。

最後にもう一度頭を下げて去ろうとした時に気が付いた。


「あっ、この執事服とチョーカーは、俺の部屋で着替えてから置いていきますね・・・。」

「・・・うん。・・・・・・でも」


これでお別れ・・・また前の生活に戻るんだ。

そう思ってドアノブに手を掛けた。

ガチッ・・・。


「・・・・・・あれ?」


ドアが、開かない・・・。

鍵が掛けられているのか?

そう思って鍵を回して再度開けようとするが・・・

ガチッ・・・。

・・・・・・開かない。


「何でだ・・・深弥お嬢様・・・・・・っ!?」


おかしく思い、深弥お嬢様に開けてもらおうと振り向いた瞬間・・・。

ドサッ。

俺は床に座り込んでいた。

自分の意思ではない・・・・・・今、足に力が・・・。


「何・・・だ・・・これ・・・」


足だけじゃない、体に力が入らない・・・いや、力が抜けていく・・・。

困惑する俺に、深弥お嬢様が言った・・・。


「でも、その必要は無いみたいだよ、繋さん❤」

「・・・深弥・・・お嬢様・・・一体何・・・を・・・」


何かしたんだ・・・深弥お嬢様が、俺に何か・・・。

でも、何をされた?

何も怪しい事は・・・・・・まさか。


「・・・飲み物・・・に・・・何を・・・入れたんです・・・か」


あれだ・・・。

絶対あれに何か入れたんだ・・・。

何を・・・・・・ダメだ、そんな事考えるより、早くここから出ないと・・・。

俺の意思とは裏腹に、体は言う事をきかない・・・。

そんな俺に、深弥お嬢様が近づいてくる・・・。


「さっきも言ったけど、名前は忘れちゃった!・・・けど、確か・・・体が痺れちゃうみたいな事は書いてたかな!あはは!」


何でだ・・・何でこんな事を・・・。

さっきまで俺に乾杯までしてくれて・・・俺に出会えて良かったとまで言ってくれて・・・・・・なのに・・・。


「・・・何で・・・ですか・・・!深弥・・・お嬢様・・・!!」

「繋さん、よく聞いてね❤」


俺の前にしゃがみ込んだ深弥お嬢様・・・。

力の入らない俺は逃げる事も、顔を反らす事もできない・・・。


「私には繋さんしかありえないの。他の人って何?そんな事言っちゃダメだよ?執事を辞める?ダメに決まってるでしょ。繋さんが居るから悲しいんじゃないでしょ?繋さんが居ないとオカシクなるの。だから私から離れないでもうそんな事言わないで何処にも行かないでお願いお願いお願いだから。」


まるで呪文の様に次から次へと言葉を続ける深弥お嬢様・・・。

そのまま俺の上に跨って来る・・・。


「もうこの部屋からは出られないよ❤外からしか開けられない様に、さっきメイドに頼んだの❤」

「・・・そん・・・な・・・!?」

「家のメイドは神之超のメイドと違って口も堅いから、こういう時には助かるなぁ❤それに仮にこの部屋から出られても、ボディーガードには見つけ次第部屋に連れて来てって頼んだし・・・安心だね❤」


あの少女だけじゃなかった・・・。

ここにも・・・こんなにも近くに・・・狂っている少女が・・・・・・。

いつから何て、今考えてももう遅い・・・詰んでいるんだから・・・。


「更上神深弥は、無逃繋さんと、一生を幸せに過ごす事を誓います❤・・・勿論、綱さんもだよね❤アハハハハ❤」


細く白い手が、俺の首に添えられた・・・。


「このチョーカーも、これから一生・・・大事に着けていてね❤・・・私だけの繋さん❤」


・・・あぁ・・・わかった・・・

・・・・・・このチョーカーは鎖だ・・・・・・

・・・・・・・・・俺を何処へも逃がさない為の・・・・・・・・・


――――――――――――――――ミエナイ鎖――――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お嬢様のワガママ。~・ミエナイ鎖に繋がれて・~ toto-トゥトゥ- @toto-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ