第2話 職業とスキル

 スクリーン。半透明で氷のような薄い青。


 神の恩寵を受けた後で、自分にしか見えないスクリーンが表示されると聞いていたがコレのことらしかった。重みもなく、操作は出来るが宙を触っているような妙な感覚。たまに街の人間がやっていたのはこれだったのかとも知る。


 だがしかし、今そんなことはさておき、確認しておきたいことがあった。それは勿論、



 職業【死神】

 制約:一日一人の命を奪わなくてはならない。



 死神? そんなの噂でも聞いたことないぞ。

 それにこの制約ってなんだ?


 俺は端にあった『詳細』と書かれたボタンを押す。するとこんな画面に、



 職業【死神】:膨大な力を持つが1日1人殺さなければ、寿命値が10年減る。



 そして、その下には赤い文字でこう書かれていた。



『この値が0になると貴方は消滅します。残り:63年分』



 はっ?


 ちょっと待て。どういうことだ。

 消滅? 俺が? なんで?


 転移の時とは違う眩暈(めまい)が急に襲った。


 消滅って······死ぬってことだよな?


 突如、突きつけられた不条理な現実に、動悸を耳元で感じながら俺は呆然とした。


 ――が、その時、


 カランカランと、鐘の音が鳴り響いた。

 この部屋の外から儀式終了確認の合図だった。


 基本五分足らずで終わるこの儀式。そのためその時間を過ぎると鐘が鳴るのだ。それを思い出した俺は自失から返った。俺は、とりあえずこの部屋を出なければ、と思った。後ろが控え、また、時間を掛けると神官の者が入ってくるからだ。


 ······こんな職業、人に見せられるわけがない。


 そう思った俺は急いで、とりあえず、この画面を······。とその方法を探した。すると、目の前の画面には、さらに重なるようにこんなスクリーンが表示されていた。


『スクリーンを閉じる時は“消す“ことを念じるだけで消える。出す時は“出す“と念じれば出現』


 まるで、こうなることを予期していたような表示だった。ともあれ、時間がないだろうと思った俺はそれを実行。画面は煙のように消えた。





 天上の間から出た所で、俺は声を掛けられた。


「少し時間は掛かったが、無事済んだようだな」


 十字架を首から下げた彼は、近くの小さな丸い台にあった、手のひらサイズの、同じ大きさをした二つの砂時計を側(そば)めた。片方は既に砂が落ち切っている。


「はい、なんとか」


 髪の無い頭に白黒のローブを纏うこの者――この者は神官『ハーウェイル』。天上の間、管理人の一人。やや出張った目をした初老で、怖く見えるが優しいと言われる彼。さほど筋肉があると思えぬ彼だが、しかし、ここを守る神官なだけあって敵はいないらしい。一度ここを荒らそうとした異教徒等が居たそうだが、その者等は髪の毛一本、傷一つとして付けられなかったそうだ。


「どうした。少々、顔色が悪いが」


 俺は、彼に対してではなく、まだ戻らぬ気分のほうを隠していたつもりだったが、やはり、見抜かれるほどの平常ではない状態だったらしい。


 ······どうする? 打ち明けるべきか? いや、彼は神に仕える身。俺の職業も“神“が付いているとはいえ逆に当たるような存在だ。打ち明けられるわけがない。


 そしてとりあえず、俺は彼の疑念を払おうと【職業】について尋ねることに。


「ハーウェイルさんは、職業が【神官】なんですよね?」

「あぁ、そうだ」


 すると、彼が宙で手を振ると突然、先の部屋で俺が見ていたのと同じスクリーンが映し出された。俺は心臓が飛び出そうな想いに駆られた。それは、もしかしたら自分の職業(がめん)が見えるのかもしれないと思ったからだった。――が、


「スクリーンは相手を指定しないと見えないようになっている。指定可能相手も、神から職を与えられた者のみだ」


 まるで俺の心配を解くように彼はそう言った。心臓はまだ警鐘を鳴らしていた。しかし、画面を見ながら事務的に述べる彼の様子を見ていると本当の事に思え、少しだけ落ち着いた。


 そして、俺が安堵の息を吐いた時、彼は自分の画面を見せた。

 俺が見たのとは違う、ステータス画面だった。



 名前:ハーウェイル

 Lv:792

 職業:【神官】

 ランク:SSS

 信頼:97%

 番号:5



「この画面は身分証明証にも使える。もし使う機会があれば使うといい。そしてこのレベルだが、職を与えられたばかりはまだLv1のままだ。ちなみにレベルは、魔物など敵を倒したり、経験を積むことで上がっていく」


 なるほど。


 と、ここで、俺はあることに気付く。


 ······はっ? 792!?


 そのレベルに驚愕した。

 さっき彼は『最初は1』と言ったからだ。


 数値でしかないが、それでも俺はこの者が只者ではないことを改めて思い知った。だが、彼はそんなことは何ともないとでも言うように話を続ける。


「そしてレベルがある程度上がると、ようやくスキルが使えるようになる。そうだな······例えば――」


 彼は、俺の顔の前に手をかざした。すると、


「あれ······?」


 先の重かった気分が不思議と平常ぐらいにまで和らいだ。もしかしたら顔色も直ってるんじゃないか、と思えるほどに。


 そう俺が驚いていると、


「職業によって、こういうことも出来るようになる。またこれは初期からだが――」


 今度は、彼は俺から少しだけ距離を取る。そして右手を横へ伸ばした。すると、


「えっ?」


 彼の手に白い光の粒子が集まると共に、一本の白い槍が現れた。とても素朴だが、聖なるものというのが、空気を触れて伝わった。


「こうして、自分の職業に適したものが発現できるようになる。私は槍だが、大工なら金槌。狩人なら弓矢といったところだろう。······あぁ、今は発現しようと思わなくていい。職を教えるのも隠すのも自由だからな」


 と、発現を悩んでいた俺に、左手を出して彼はそう言うと砂時計の方をチラと見る。もう一つの砂も落ち切りそうだった。どうやらそれが俺に充てられた説明の時間らしかった。


「私が伝えておく説明は以上だ。あとはスクリーンから見れるチュートリアルでもゆっくり読んでみるといい」


 とりあえずの事はわかった気がした。だが、とはいえ、神官のスキルを受けて落ち着いたにもかかわらず、俺の頭はまだ事態についていけてなかった。そのため、


「他に、聞いておきたいことがあるか?」


 いまだ、外へ出ていこうとせぬ俺に彼はそう言った。


 聞きたいことは山程あったが、ここまで世界が百八十度変わると思ってなかった俺は、聞いたところで、やはりこれ以上整理がつかないと思ったため、


「大丈夫です」


 と、今は答えた。彼からは「また儀式以外の日にでも来るといい」と事務的な終わりの言葉が返ってきた。


 そして砂時計が落ちる。


「全ては神の思し召しだ。その能力(ちから)をどう使おうと、此処(ここ)を消そうとせぬ限り異教徒にはならない。好きにするといい」

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