第6話 登録とマリアンヌ

 一対一で話す部屋はどんなものかと思ったが、とても狭く、部屋の中央に椅子と、手を渡せるだけの透明な衝立(ついたて)があるだけだった。


 扉を閉めると、まるで世界が隔離されたように静かになる。

 俺は衝立の向こうにいる人間と1対1になった。


「どうぞ、おかけになって」


 部屋を入ってから俺は驚きを隠せなかった。だが、その澄んだ彼女の声に従って椅子へと座る。まるで懺悔にでも来たような気分だと思っていると、彼女が宙で手を動かし始めた。何をしているのかと一瞬は疑問に思ったが、それは、俺には見えぬあの透明な薄い青を操作しているものだろうとすぐ分かった。


 予想は当たっていた。


 そうして、それが俺にも見えるようになると、彼女はその画面を俺に見せた。


 名前:マリアンヌ

 Lv:538

 職業:【聖女】

 ランク:S

 信頼:99%

 番号:2


 俺はその行動を最初疑問に思ったが、神官の彼が『身分証明証』と言っていたのを思い出す。


「私はルグニス協会の登録担当『マリアンヌ』です。よろしくお願いします」


 そうして、俺と同じほどの齢にも見える若く綺麗な、祭服に身を包んだ彼女はそっと微笑む。


 俺はつい目を瞬(しばた)かせた。


 さっき【聖女】と書いてあったがこれもスキルなのだろうか。と、ふと思った。けど違うのは分かっている。ただそれほどに板についた、安らぎを与えそうな微笑だった。


「信頼が99%なのは許してくださいね。信頼が100なんて人は、残念ながらこの世には居ませんから」


 やや聖女らしかぬ発言な気もするが、俺にはなんかそのほうが信用出来そうな気がした。――というより、彼女もあくまで【聖女】の職業を使ってるだけか。と、改めて思う。


「登録は簡単に終わりますから。では、私と同じ画面を出して頂けますか?」


 俺は彼女に従い、その画面を開く。――と、さっきまで無かったアイコンが2つ現れていた。人影を模したアイコンとここの建物のような三角屋根の家のアイコン。すると、


「開けましたか?」


 変わらずの慈悲に満ちた微笑。彼女は、俺が操作に不慣れな様子を感じ取ったのだろう。


「ボタンが2つあると思いますが、今回は建物のアイコンを押してくださいね。人型のほうは他人にその画面を見せる時に使う奴ですから」

「それは、先のあなたと同じ?」

「はい。主に身分証明をする時に使うボタンです。他はそうですね······依頼内容を共有するか口座のやり取りをするのかがほとんどになります」


 へぇ、と感心する俺は、ともあれ職業はバレなさそうなのか? と思いつつ建物のアイコンを押した。すると、名前を入れる欄と自分の顔が鏡に映ったように現れた。突如出た自分の顔に驚いたのは内緒だ。


「登録画面、出たみたいですね」


 変わらずの安らぎを感じさせる顔で小さく微笑む彼女。しかし、不思議とやはり嫌悪感はなかった。そのため、先の驚きを見られていたのではないかと少し気恥ずかしかった。


「名前は指で宙をなぞれば書けますからね。その後は顔の記録です。画面に向かって五秒静止すれば一時記録でその後『OK』を押せば記録完了です。その顔は依頼のやり取りをする際や規約違反の問題が起こった時に使われますから、自分の納得行くまでやり直してくださいね」


 と、微笑の彼女。


 見られたままキメ顔するわけか······。と、ふと思うが、俺はそれよりも自分のスクリーンに映る顔のほうが気になった。


 黒い髪に白く見える肌。ここ最近の日を浴びてないのが祟ったのかと思えるほどの白さだった。目の下は昨日の寝不足でクマ。情けなくも【職】を手に出来るという期待と不安で。


 もう少し整えてきたほうが良かったか?


 そう思うがもう遅い。ここまで来てわざわざそんなことで一度引き上げると思うと恥ずかしい。


 すると、


「安心してください。基本的には個人の写真は広まらないようセキュリティが掛かっていますから。もし人の顔を不必要に他人に見せようとすれば画面は勝手に閉じますので。······それに、少しお金は掛かりますが、後でいつでも撮り直し申請は出来ますから」


 なるほど。さすがルグニス協会。

 そこまで配慮をしているのか。


 ただ、最後の一言は些(いささ)か効いたが。

 彼女もこの様相はひどいと思っているのだろう。


 まぁさておき、そういうことならいい。


 病的な顔ではあるものの、俺は渾身のキメ顔をしておいた。


「はい。これで登録完了です。あとは入ってすぐの広間で依頼を受けられます。そこの受付で御名前を伝えればあなたの可能な依頼を提示してくれるので、その中から御希望のものをどうぞ」

「ありがとうございます」


 どうやら終わったらしい。


 恐らく彼女等にはこの職業を知られても大丈夫そうだが、それでも、この職業が知られなくてどこかホッとしている。


「私は写真撮り直しの係もやってますので、またその時はよろしくお願いしますね」


 そうすると彼女は退出を促し、俺が立ち上がると彼女も立ち上がった。透明な衝立越しに椅子の横で、彼女は客の退出を見送っていた。


 退出間際、彼女と目が合う。


 ただそれだけで、彼女は微笑みを返した。

 相変わらずの様になった微笑だった。


 そして、


「神の御加護があらんことを」


 祭服に十字架を下げた彼女は恭しく、そう言ってはお辞儀をした。



 名前:イルフェース

 Lv:1

 職業:【死神】

 ランク:E

 信頼:50%

 番号:3472556140

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