雨がやんだら




「花をね」

 雪のちらつく窓の外を見ながら、ウィンターレインはティーカップを傾ける。

「花を置いていたんだ。定期的に」

「オリヴィエさんを封じた場所に?」

「うん。……私の執着の果て、か。確かにそうだ。とんだ道化だよ、私は。何が『人殺し』だ」

 そんな自嘲しなくても、と言うとウィンターレインは笑った。ニコラスは体に鉛の塊をくくりつけられたような疲労感で笑う気にもなれなかった。

「……ニコラス君、疲れているところ悪いが、あとでこの家の周囲に結界を張り直すのを手伝ってくれ。オリヴィエに魔力を根こそぎ持っていかれた。私はもう魔術は使えない」

「もちろんです。任せてください、ハニー」

 いつもの癖でそう口走り、ふと言葉を止める。

「……」

「……私は君のハニーにはなれないよ」

「そう……ですね。はい。あんなの見せつけられちゃったら、さすがに僕でも分かりますよ。貴方達の間には入れない。ていうか、あの人相手に横恋慕する勇気ないです」

「そのわりに身を呈して私を救おうとしたね」

「それはほら、愛ですよ愛。届かなくても消えるものじゃないでしょ?」

 言って、ニコラスもハーブティーに口をつける。

 それから大切なことを思い出した。どうしても今日言わなければいけなかったことを忘れてしまうところだった。

「……ウィンターレインさん」

「ん?」

「僕引っ越すんです」

「何だって?」

「春からもう一学年、飛び級が決まって。もっとレベルの高い学校に転校するんです。それにいじめの一件で居心地悪いでしょって親が勝手に決めちゃったんですよ。……だから、もう毎日ここに来ることはできないんです」

「……そうか」

「でも、長期休みなら大丈夫です」

 笑ってみせる。

 泣きそうなのを隠すために。

「だから、その……また来ても、良いですか?」

 ウィンターレインはなんとも言わずに席を立ち奥へ引っ込んでしまった。

 不安な気持ちで待っていると、彼は硝子のケースを持って戻ってきた。

「それ……」

「うん、『ウィンターレイン』の花だ。これで茶を入れ直す」

「何で……」

「忘れたのかね? この花は大切な人の人生の節目に贈るものだよ」

 ぐ、と喉の奥が鳴る。そのまま涙が溢れて止まらなくなる。ウィンターレインは笑ってニコラスの頭へ手のひらを乗せた。

「……こう言っても良いのかな」

 彼の目が細まる。本当に愛おしいものを見るような眼差しで、ニコラスを見る。



「行ってらっしゃい、ニコラス君。また帰っておいで」



 ずるい人だ、と心底思った。

 はっきり振ったと思えばこれだ。仕様がない。本当に。

 ニコラスは涙を拭って鼻をすすって、『ウィンターレイン』のハーブティーを急かした。

 寂しくて名残惜しくて、それでもただひたすらに優しい。

 冬の雨によく似た、そんな気持ちが胸を満たしていた。




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ウィンター・レイン 九良川文蔵 @bunzou

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