第2話 始まりの記憶

彼らに出会ったのは、強い雨の日のことだった。

店を閉めようと片づけの準備をしていると、一人の少年と一人の少女が入ってきた。


「あの…この結晶、えっと…何かに使えませんか…?」

私は彼の言う結晶よりも少年少女のほうが気になった。

傘をさしてこなかったのか二人とも濡れていた。

「ちょっと待っていてくれ。すぐにタオルを持ってくるから」

私はそう言って急いでタオルを取りに行った。


「ほら。これできちんと拭くんだ。風邪をひいてしまったら大変だからね。すぐ温かい飲み物を持ってくるからソファに座って待っていてくれ」

「いえ…そこまでしてくださらなくても…」

「いやいや。風邪をひいてしまったら大変だからね」

私はそう言って暖かい飲み物を彼らに提供した。

ふう。ようやくゆっくり彼らの話が聞ける。


「それで…えーっと何の要件だったかな…?」

「えっと…その…この結晶を何かに使ってもらえませんか…?」

「これは…。どれほど磨いた宝石よりも輝いている…結晶…といったね?何の結晶なんだい?」

「…記憶……」

私は少女の言葉が一瞬理解できなかった。


「記憶の結晶というのはどういう…」

「ごめんなさい。それはまだ教えられないです。とにかく、この結晶をこのお店で何かの役に立たないかなと思って…」

普通の人ならば、彼らのお願いを断る人のほうが多いだろう。

だが、私は彼らのお願いを断らなかった。

何故断らなかったのかは…自分でもわからないが、あの二人を放っておけなくなったのだと思う。



その後も二人は何度も私の店を訪れた。

彼らの持ってきた結晶は、とても美しく他のお客さんにも好評だった。


私はしばらくして、気になっていたことを彼らに聞いてみることにした。



「こんにちは」

「いらっしゃい。あれ、今日はあの子はいないのかい?」

「今、少し体調が悪くて、家で休んでます」

「そう…」



「君に聞きたいことがあるんだ。聞いてもいいかな?」

「いいですよ。何が知りたいですか?」

「えっと…まず、この結晶をどこで手に入れてるのか…から聞きたいな」

「うーんそうですね…なんて説明したらいいのか…前に、その結晶は人の記憶だって言いましたよね?」

「あぁ初めて来たときにあの子が言ってたね」

「まぁなんていうか…そのままの意味なんですけど、その結晶は人の記憶そのものっていうか…」

「記憶…そのもの…?」


「きいは…人の記憶を消し去ることができるんです」


私はその言葉に耳を疑った。

記憶を消す…いや、消し去る…。そんなことができる人がいるとは考えたこともなかった。


「その結晶は、きいが記憶を消すときに出てくるものなんです。まぁ厳密に言えば出てくるっていうよりかはきいは記憶を消してその消した記憶を結晶として取り出す…みたいな感じです」

「あの子…そんなことができるのかい?」

「怖い…ですか…?」

「いや、怖くはないよ。ただもう一つ気になることがあるんだけど…その、なんいうか…」

「どういう経緯で人の記憶を消しているのかが気になりますか?」

「あぁ…」


「別に勝手に消してるわけじゃないですよ。記憶喪失屋っていうのをやっているんです。まぁお金はもらってないですけどね」

「つまり記憶を消してほしいっていう依頼を受けてあの子が消してるということ?」

「えぇ…まぁそんな感じです」


始めて気になっていたことを聞いたときは、彼らの苦しみを何も知らなかった。

彼はいつも笑顔でいたので抱えているものなんて私は知る由もなかった。

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記憶喪失屋 ぺんなす @feka

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