カラオケ

夢美瑠瑠

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掌編小説・『カラオケ』



オーケストラを後ろに従えて、独唱をするときは、

いつも緊張する。

自分がまるで、炎の中から再生するフェニックスになったかのように、

高揚した、晴れがましい気分になる。


私は音楽国家・ヘンゼルバッハの、ミュジカ・プリマドンナ、

すなわち主席歌唱女優で、名前は<法樹・魔沙美>。

ほうじゅ・まさみ、なので、愛称は「ホージューマ」で、

ちょっと仏教的だが、東洋人というのでそういう感じが皆には

ちょうどしっくりくるのかもしれない。

音楽国家というのは、天才作曲家の、大富豪でもあった、

故・アマデウス・ベルディ・ムソルグスキー氏が、自らの理想に基づいて、

電脳空間に建設した仮想現実国家なのだ。領土や、国民というのは

特定されていないが、政府も、国家予算も、憲法も、通商や産業、教育機関、

その他通常の国家を構成するシステムは全て網羅具備されている。

国家の歳入は全て音楽ビジネスで賄い、税金はない。

音楽に関わる職業に従事する、全てのミュージシャンの、一種のギルドでもある。

音楽のレベルにおいては、最高の大学、歌手、会社等が全てヘンゼルバッハに所属していて、

そういう活動のフェイズがセオリー的に電脳空間に存在していて、

事実としては国家というより音楽ビジネスを総合的にマネジメントする利益団体、

そういった方が正しいかもしれないのだが、

敢えて「国家」という呼称を用いることにはビジネスライクな意味でも、

計り知れないインパクトとメリットを持つのだ。ヘンゼルバッハには、

店舗を持たない銀行のように、具体的な「ハコ」は殆ど存在しない。

それがコンテポラリーで、そうして非常に組織体としての身軽さになっているのだ。

が、国家を自称するからには単なる会社ではなくて、

現代の音楽界の最高の才能を集めたオーケストラやシンガー、

作曲家、アレンジャー、そうしたもので独自のレーベルを作って、

「ヘンゼルバッハ交響楽団」と名付けて、定期的に新しい、

最高の楽曲を創造して世に問い、そうしたユニークな音楽を集めて

コンサートを開く。コンサートツアーも組む。

そのオーケストラの座付きの首席歌唱女優、それが私こと、

法樹 魔沙美、ホージューマなのです・・・

ヘンゼルバッハ国の国王は現代最高のコンダクターの一人、

マンシーニ・ニシモトというロマンスグレーの美貌の紳士で、実は彼は私の夫です。

音楽博士でもある彼は音楽の「聴いて楽しむ」というフェイズのみならず、

モーツアルト効果やリラクセーション、ヘミシンク音楽、

528kHzでESPを開発する音源、そうした「音」一般のあらゆる側面について、

前衛的で、最先端科学の知見を応用した研究も行っています。

「音楽には無限の、そして夢幻の可能性がある」というのが国王の口癖で、

それが国是にもなっているのです。

他にもA.I<エー・アイ>を使って、「完璧なメロディ」、「完璧なアレンジ」そうしたものを作り出すシミュレーションも行われています。

やがてヘンゼルバッハは「21世紀最大の実験国家となる」そういう評価を下す人もいます。


・・・今日も私はベンゼルバッハ国の栄誉を背負って、最高の歌唱をするべく、

舞台に立ちます。オーケストラも楽曲の作成者たちも現代社会の最高の粋、才能をあつめています。

古今東西、未曽有の極上の音楽が、極上の演奏者によって厳かに始まり、

アンカーウーマン?の私が掉尾を飾るように絶唱して、観客たちを魅了陶酔させます。


「♪…滴るような緑が輝く森に今、天上の調べが黄金の鷹のように降臨して…♪」


何億枚もCDの売れた「神曲」という楽団の十八番が、世界の津々浦々に浸透していく・・・


世界中の熱狂が、歌い手の私にも、手に取るように伝わってくる・・・

ああ、私ほど幸福な歌姫はいない・・・私はついには涙さえ浮かべながら絶唱するのです・・・


しかし一つ残念な点があります。

実はこのオーケストラは、国家成立事情の都合上、

世界各国のヘンゼルバッハ国民の演奏者たちの、

リアルタイムの映像と音のつぎはぎになっていて、

つまり、いわゆる「カラオケ」なのです。

そうならざるを得ない・・・


蛇足ですが、本当はそうであることを告白して、

付け加えておきます・・・



<了>

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