いつか君にはならない

るきのるき

1話 ヒトミはこの報告書を物語のように記せ、と言った

 ヒトミはこの報告書を物語のように記せ、と言った。おれにはその言葉の意味がわからない。本当にただの物語なら、昔むかし、とあるところに、ではじめてもいいわけだ。だから、ヒトミの言っている意味は、私のいる世界の読み手を想定して書いてみて、ということらしい。

 しかしねえ、たとえばその世界が「窓ガラス」の説明を必要とする世界かどうかは不明なんだよね。透明で部屋の中から外を見ることができる、長い年月としては液体として考えることも可能な、ケイ酸塩を主成分とする硬い物質だ。ケイ素とは、と、そもそもいくらでも説明しなければならないことがあるんだけど、そういうのは、結局ヒトミが判断する、ということになった。つまり、窓ガラスや携帯端末に関する説明は必要としない世界で、おれたちの「愛」については多少の説明が必要とされる世界らしい。

 ヒトミは、おれを含む複数のヒトが小学生のときに、ふらっとやって来て、おれたちの仲間になって、記憶にある限りではずっと女子だった。長い休みの間には男子だったこともあるかもしれないとはいえ、私の世界には男子というものがないから、と、わけがわからないことで説明できたと思っている子だった。

 榛色の瞳と金褐色の、比較的セミロングで縮れた髪、そして平均的な女子よりほんの少し小さいヒトミの体型は昔からで、その地球人っぽい外形からは想像ができない宇宙人だ。ヒトミの世界は静かで、優しくて、冷たく、こんなになるならヒトを好きになるんじゃなかった、なんて言うキャラクターが存在しない世界らしい。一緒に遊びに行かない、と誰かに誘われたら、イツカ、っておれのことなんだけど、イツカが一緒なら、と昔から言う子だった。それはつまりおれに、面倒くさい、と言う権利を放棄させている、ってことなんだろうな。

 おれとおれの友達や仲間については、また長々と話す機会もあるだろう。

 とりあえず覚えておいて欲しいのは、ヒトミは平凡な地球人にしか見えない宇宙人で、長い報告書をときどき、自分の世界に向けて送っている、という設定の子だ、ってことだ。

     *

「なんだよー、イツカ、また男子になってんのかよ」

 連休明けのおれは、連休中の最後の二日のことを知らないカナエにそう言われた。

 女子が男子になると、身長がちょっと伸びて、髪がちょっと短くなって、美少女は美青年に、普通の女子は普通の男子になる。おれの場合は自称美少女だったので、自称美青年になっているはずだ。

 カナエは小学校時代からのおれの友人で、バスケ部の先輩で好きな男子がいた(という設定な)ので、春休みに女子になったんだけど、相変わらず女子にモテモテの美少女、というか美魔女、である。たいがいの男子は女子として扱ってくれていない。

 女子のカナエは、男子のおれよりも少し大きく、全体に立体感があって、目と爪と髪がきれいで、やわらかそうな感じがした。匂いに関しては、別にシャンプーとか変えたりしてないので同じ匂いだ。カナエの中学時代の恋人(女子)は、今は違う高校に行ってる。また、おれが女子のときに、つきあってくれないかな、と告白した男子も別の高校に行っている。要するにこの高校の中ではフリー、過去の恋人については精算が終わっていると判断しても問題はない。

 自分に告白した男子、つまりキヨシは、落ち込んでるから今度の休みに買い物につきあって、とおれが言ったら、喜んで、と答えた。あのねえ、恋人としてつきあうって意味じゃないからね、と念を押したんだが、わかってる、と、あまりわかってないか、わからないふりをしているような答えをした。

     *

 ここでヒトミは、おれの世界の説明をして欲しい、と言った。誰に、と聞いたら、読者に、だそうだ。そういうわけで、聞いてますか読者さん。もしそんなものがいたらだけどね。いるのか。だったら、まず、あなたたちの世界の説明をとりあえず聞かせてくれないかな。ふーん、女子同士の愛が流行ってるのね。でもって、おれが書いてるのと同じような話があるって。嘘つくなよ。もしそうだったら、主人公は赤系統の髪の毛と瞳は使えないよね。この世界のヒトミとキャラかぶっちゃうからね。主人公設定をしてあるおれは黒い髪と濃い色をした瞳を持つ、写真写りが悪そうな、黒猫っぽい感じだ。なお、おれたちの世界で存在する愛は、同性とか異性とかあまり関係がない。自分は少し前までは女子で、その前は男子だった。だからカナエは「また」と言った。

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