文句は食べてからどうぞ

文月八千代

故郷の味、しもつかれ

 

 2月9日。


「に」と「く」で肉の日だと思った人、残念でした。

 毎年変わりますが、2020年の2月9日は「初午(はつうま)」です。

 少しまえまで、「初午」という言葉は知っていたけど、詳細までは知らなかった私。

 でもあるとき急に気になって……その意味を調べてみたのでした。



 ときは和銅4年(711年)の2月11日に遡ります。

 この日は稲荷神社の総本社である伏見稲荷の祭神・ウカノミタマ(お稲荷様)が伊奈利山に降りた日だそう。

 なので全国の稲荷神社で祭が行われ、2月最初の午の日を「初午」と呼ぶようになったとのこと。


 私の実家の片隅にも、赤い鳥居と小さなお社があります。

 これは祖父が生きていたころ商売をしていた名残で、いまでも商工業の神とされているお稲荷様を祀っているから。

 なので初午の日にはお社の前にカラフルな紙の旗を立て、その隅に1年の抱負を書いて無病息災を祈ります。

 家を出ている身なので私は書かないけれど、きっと今年も旗が2月の強風に吹かれ、バタバタと騒がしくなることでしょう。


 そんな初午には一般的に、お稲荷様の使者であるキツネの好物、油揚げを使った「初午いなり」を食べる習慣があるようです。


 しかし私の実家のある栃木県では、とある郷土料理を作り、食べるのです。

 その名も「しもつかれ」。

 独特なビジュアルは度々ネットを騒がせているので、ご存知の人も多いのでは?

 しもつかれの歴史は古く、『宇治拾遺物語』にも登場。

 そして天明の大飢饉のとき、不作を乗り越えようと身の回りにある材料でこれを作り、お稲荷様に供えたというエピソードが現在に繋がっているようです。

 

 今回は、そんなしもつかれの作り方をご紹介していこうと思います。

 



 しもつかれの材料は、シンプルにして奇怪。

 人参、大根、煎り大豆、油揚げ、酒粕、そして塩鮭の頭……以上です!

 

 その姿を見たことのある人は、人参や大根を使っていると想像できるしょう。

 でもパッと見では分からない「鮭の頭と酒粕も入っているよ」という要素を伝えると、大概の人は「引くわ……」と言いたげな顔をしてきます。

 ちなみにこの時期、栃木のスーパーの鮮魚コーナーには、パック詰めされた塩鮭の頭がズラリと並んでいてなかなか奇妙な光景に。

 


 さて、続いては作り方を簡単に記していきましょう。

 

 まず、大豆と塩鮭の頭を圧力鍋で柔らかくしていきます。

 大豆は節分用に売っている煎り大豆を2袋ほど使用。

 塩鮭の頭も2匹分使い、ひたひたより少し多めの水加減で加圧します。

 時間は圧力鍋の種類にもよるけれど、高圧・中火で2~30分くらい。

 ここでよく柔らかくしておくことで、食べたときのイヤな骨感が少なくなるのです。

 

 加圧しているあいだ、人参と大根をすりおろしておきましょう。

 大きさにもよりますが、人参6本、大根2本といったところです。


 使うのは「鬼おろし」という独特のおろし器。

 これはしもつかれ作りには欠かせない道具で、県内のスーパーやホームセンターには年間を通して売られています。

「鬼おろし」は竹や木でできていて、通常のおろし金より粗めにおろすことができるもの。

 わかりやすく説明すると、おろし金→普通の雪、鬼おろし→ぼた雪という感じですね。

 グッと力を入れてすりおろすと、ザッザッという音が小気味よいです。

 


 圧力鍋の蓋が開いたら煮汁を捨て、おろした人参と大根、そしておろし汁を投入。

 さらに、細かく切った油揚げ2枚とちぎった酒粕1袋(200gくらい?)を入れ、約1時間かき混ぜながら煮込めば完成です。

 家庭によっては醤油や塩を入れることもあるけれど、我が家の味付けは塩鮭の頭から出た塩分のみ。

 これは90歳を越えた祖母が作り続けているレシピで、なかなかいい塩梅に仕上がるのです。


 ぐつぐつ煮えた鍋にスプーンを差し込んだ祖母が味見をしてひとこと。

「だいじ(大丈夫)だね」

 尻上がりになっていくアクセントがポイントです。

 その言葉を信じて、私もひとくち。

「うん、だいじだ!」

 できたてのしもつかれを頬張ると豆の香りが鼻に抜け、人参と大根の優しい甘さが口内に広がっていきます。

 祖母との会話とこのひとくちを味わいたくて、しもつかれを作る日には必ず実家に帰る私。

 


 家庭によって味が変わるしもつかれですが、だいたいふたつの食べかたが存在します。

 私は冷蔵庫で冷やしたものを、そのまま食べることが多いです。

 しかし初午にはお赤飯を炊く家庭も多く、ほかほかのお赤飯の上に、冷たいしもつかれをかけて食べる人も。

 まるで「しもつカレー」だけど、温冷のふたつの組み合わせが絶妙で、たまに食べたくなってしまうんですよね……。

 あとはお洒落にクラッカーに乗せてみたり、パンでディップしたり。

 これは今年研究しようと思うのですが、洋風のアレンジもイケると思うんですよね。




 そんなしもつかれの画像を、遠方に住む知人に送ったのは去年のこと。

 知人はスーパーで売っているものは見たことあるけれど、家庭で作ったものは見たことがないようでした。

 以前「見たい」と言っていたのを思い出し、私は「今年のしもつかれです」と書いてメッセージを送信。

 するとすぐ、知人から電話がかかってきたのです。


「しもつかれってさ、やっぱり……ゲ……」

 話を最後まで聞かず、私は言いました。

「その先は言うんじゃねぇ!」

と。

 何度も、何度も。

 


 知人の気持ちはよくわかります。

 実際、小学校だか中学校の給食でしもつかれが出たときには、誰もが同じことを考えたはずです。


 しもつかれのビジュアルは、「美味しそう」でないのは確かです。

 おまけに塩鮭の頭の臭みや酒粕の味も相まって、苦手人口が多いのも事実。

 県民でも、食べられない人が結構いますからね。


 でも、私が言いたいのは「いちどでいいから、勇気を出して食べてほしい」ということ。

 私も初めて食べるときは、かなり勇気がいりました。

 しかしひとくち食べると、人参、大根の甘さと、酒粕の優しい風味、そしてホックリとした大豆の食感。

 そして油揚げと塩鮭の頭から出た油分が、マイルドさをプラスしていて、「思ったよりグロい味じゃない!」と感動したのです。

 


 だから皆さんにも希望があるはず。

 特に粕汁を飲める人なら食べられる可能性がかなり高いです。


 さあ、気になった人は栃木へ!

 いま栃木は、しもつかれシーズン真っ盛りですよ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

文句は食べてからどうぞ 文月八千代 @yumeiro_candy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ