綿毛のような

中津唐揚げ

一話完結

「そろそろ来そうね」

母が告げる。

「みんな元気でな」「怖いよう」「そんなこと言ったら母さんが困るでしょ?」

子ども達が思い思いに言う。

暖かい風が、家族めがけて走ってくる。



玄関の鍵を開け家に入ると、1人の女性が居間に座っていた。かろうじて成人はしていそうだが、僕より何個か年下に見える。真っ白な髪の毛と肌。こげ茶色で統一された服装がそれを尚更際立たせる。

「この家の方ですか?」

申し訳なさそうに彼女が聞いてくる。

「そうですよ」

「勝手に入ってごめんなさい」勢いよく頭を下げながら僕に謝る。

「いえいえ、慣れてるから大丈夫ですよ」

状況が掴めず混乱した頭で絞り出した、精一杯の言葉。

実際、僕が不在でも友達が家に上がり込んでいることは昔からちょくちょくあったので慣れているのは本当だが、流石に鍵を閉めたはずなのに知らない人が家にいるのは初めてだ。

彼女はまだ申し訳なさそうな顔をしている。沈黙が気まずい。なにか話題を見つけないと。

「鍵は閉まってたのにどうやって入ったの?」

「2階の窓が空いていたから、つい」

確かに今日は天気がよかったので、換気のために2階の窓を空けて家を出た。

「2階まで登るの大変だったでしょ」

何を聞いているんだろう僕は。

「実はわたしタンポポなんです。だから風に乗れたら後は楽ですよ」

何を言っているんだろう彼女は。

再び沈黙が続いた。

「えっと。あなたはタンポポで、風に乗って2階から入ってきたってことでいいのかな?」

「そんな感じです」彼女は少しだけ笑顔になった。

不思議なことも起こるもんだ。まあ本人がそう言うならそれでいいかと思いながら、彼女を見る。

確かに、真っ白な頭はタンポポの綿毛のようだ。


「ご飯を食べる前は、いただきますと言って手を合わせるのがマナーだよ」

「いただきます。こうで合ってますか?」

両手をパンと音が鳴るくらい勢いよく合わせる。その彼女を見て、昔流行った漫画を思い出した。

「合ってるけど、もっとゆっくりで大丈夫」

たまたま食材を多めに買っていてよかった。男の一人暮らしなので味や見た目に自信はないが。


ご飯を食べながら彼女と話した。

最近のタンポポ界では、たまに人間に擬態出来る能力を持つ綿毛が生まれること。

擬態能力を持てる条件は未だに解明されていないこと。

その場合何故か見た目は年齢相応ではなく大人なこと。

僕の家に入った理由は人間の生活が気になったというだけで、たまたま入りやすかったのが僕の家だったということ。

ずっと気にしているそれはテレビと言う物で、横の写真は昔飼っていた犬の遺影だということ。

僕は年上に囲まれていたので敬語を使われるのが苦手なこと。

「食べ終わったら今度はごちそうさまって言うんだよ」

「こうだよね?ごちそうさま」

今度はゆっくりと手を合わせる。

そのままお皿を片付けた後、横に置いてあった漫画をパラパラとめくりながら彼女が言った。

「わたしからも聞いてもいい?」

「いいよ。何でも聞いて」

「家族の人は家にいないの?」

「家族は出ていったんだよ。だからこの一軒家に住んでいるのは僕だけ」

「そうなんだ」

出会った時のような、申し訳なさそうな顔をしている。聞いてはいけないことだったと思っているのだろう。

「気にしなくていいよ。元々父親と今の母親とは反りが合わなくて、お互いが根比べし続けたら二人は出ていって僕が居座ってしまったってだけだから」

まだ申し訳なさそうな顔をしている。それもそうだ、彼女はタンポポなのだから、彼女の中では最後の瞬間まで家族といるのが当たり前なんだろう。

「他には?」

気を使わせたくないのでこちらから促す。

「えっと。じゃあ、普段はどんな生活をしているの?」

「いろんな友達の職場を転々としながらお金を貯めて、それで気まぐれに旅行している感じかな」

旅行と言うよりは放浪なのだが。

「なにそれ、じゃあ結局あんまり家にいないんじゃん」

少しだけ笑顔になった彼女にホッとした。多分呆れ笑いなのだろうが。

「そうなんだよ。あれだけ根比べしたのに、いざ家で落ち着いて一人暮らし出来るようになったと思ったらこれだから、自分でも不思議なんだ」

つられて僕も笑ってしまった。

そこからもう少し話して、隣の空き部屋で彼女が寝られるように準備をし終える。

「でもよかった」

隣室に向かうため立ち上がった彼女がポツリと言う。

「え?何が?」

「たまたま入った家の人も、わたしと同じでふわふわ流れている人で」

その言葉で僕は何故だか、嬉しいような恥ずかしいような、そんな気持ちになってしまった。


そのまま居座ることになった彼女との生活は、思ったよりも早く慣れた。

小さな田舎なので彼女の見た目はどうしても浮いてしまうが、彼女自身は特に気にしていないようだ。

一応最初の頃は1人であまり家から出ないようにとは言っていたが、彼女の好奇心はとてもじゃないが押さえきれなかった。

彼女のことで僕も周りからいろんな噂を立てられたが、そもそも周りから理解してもらいにくい人生を送っていたせいで白い目で見られることには慣れている。

慣れてはいるが、こういう人達と関わりたくないから僕はふらつく癖があるのかな、と思った。


いつも通り仕事を終え家に帰ると、彼女は金髪になっていた。

「綺麗に染まっているね。元が白だからかな?」

彼女が髪を染めたい願望を持っていたことに驚きつつも、鮮やかな金髪を見た感想をそのまま漏らす。

「染めたとかじゃないよこれは」

「そうなの?」

「そうよ。忘れたの?私タンポポよ?」クスッと笑いながら彼女が答える。出会った頃に比べて、口調は大人びている。

「そっか。そろそろ開花する季節だったね」

肌の色は緑に変わらないんだなあ、なんてずれたことを少し考えてしまった。

「近所に公園とかある?タンポポがたくさん咲いてそうな。せっかくだからみんなに会いに行きたいの」

心当たりはあったので「車で15分ぐらいの所に」と答えた。


「公園ってより空き地ね」そんなことを言いながらも、一面のタンポポを見て彼女は嬉しそうだ。

「ここのタンポポはタンポポのままなんだね」

「人間になってここにたどり着いてから、タンポポに戻って根を下ろしたってこともあるかも」

空き地のはしっこでは、少年達が石の上にカードゲームを広げて遊んでいる。

「よくこんな場所知っていたね」

「……小さい頃に来たことがあってね。あの時は迷いながら歩いていたから一時間近くかかったけど」

会話は途切れ、タンポポに囲まれながら二人でぼんやり立ち尽くす。

「なんでみんなに会いたかったの?」

「深い意味はなくて本当になんとなくだよ」

少年達は、カードゲームの勝敗がついたようだ。負けたらしき少年の方が、くやしいと叫んでいる。

そのままカードを雑にかばんにしまい、横に数本生えているタンポポを見つけると他の子達に呼びかけた。

「おれ、これならみんなに負けない自身あるぜ」

彼はそのタンポポ達めがけて、上げた片足を横にスッと滑らせる。二つほどの黄色い花が宙を舞った。

それを見た他の子達は、彼の技術を褒めながら真似をし始める。

宙を舞う黄色。中途半端にぽっきり折れて地面を向く黄色。

まずいな。そう思って僕が彼らを注意しに行こうと思った瞬間。

「やめなさい!!」初めて聞くどなり声が横から聞こえた。誰の声だろうか。いや、彼女しかいない。

彼女は少年達の元へ、怒りを隠さず向かっていく。

「なんでそんなことをするの!?タンポポだって生きているのよ!!」

彼らの胸ぐらを掴みそうなほどの距離と勢いで彼女は詰め寄る。

彼らは突然の来襲者に怯えながらただただ無言だ。数人は泣いてすらいる。それもそうだろう。金髪で真っ白な肌をした大人から、空き地で遊んでいただけで怒られるなんて恐怖でしかない。

「…………ごめんなさい。もうしません」

1人がやっとのことで声を絞り出す。彼らにとっての精一杯だろう。彼らからしてみれば、ただタンポポを足で切って遊んでいただけなのに、何故ここまで怒られなければいけないのか理解出来るはずがない。

無言で彼らを睨みつけていた彼女は、しばらくしてからため息をつき「早く帰って。次したら絶対許さない」と呟いた。

少年達は急いで走り去って行った。彼女はそれを目で追うことなく、ちぎれたタンポポ達を見下ろしている。彼女の横に駆け寄る。泣きたいのを我慢しているように見えた。

「ごめんなさい。怒るのって初めてで自分でもよく分からないの今」

「気にしなくていいよ。僕も注意しようと思っていたから」

「……ただ生きているだけのみんなが、こんな目に会わないといけないのね」

なんて声をかければいいのか分からない僕は、彼女の手を取って「帰ろうか」とだけ言った。


「本当にごめんなさい」

家に着いてもしばらく無言だったが、入れてあげたココアを飲んだ後にやっと言葉を発した。頭を深々と下げる彼女を見て、出会った時を思い出す。

「全然。落ち着いた?」

「なんとか。でもやっぱり……ひどいよ」

「あの年頃ってね、命に対して無邪気に残酷な行為が出来てしまうんだよ」

「そっか、残念だなあ」

再びココアに口を付ける。

「あなたもしたことあるの?あんなひどいこと」

一度だけ、と言う勇気が出ない。

「そっか」

沈黙は肯定と判断されたようだ。

「昔のことだから怒らないけど、どんなことをしたのか教えてください」

久しぶりの敬語に距離を感じた。

彼女は手に持ったココアを見ているままだ。その取っ手を握っている指に力が入ったことに気づいてしまった。

「小学生の頃にね」

それでも、彼女にはかつての罪を話さなければならない。

「友達と綿毛のついたタンポポを一輪ずつちぎって、誰が一番遠くまで連れて行けるか勝負をしたんだ。タンポポが咲いていないところまで連れて行ってそこで吹いて、次の年に一番遠くでタンポポを咲かせられた人が勝ちってルールで。僕が連れていったのがさっきの空き地」

しばらくの間彼女は無言だった。

「なるほどね。ちぎったタンポポはどうしたの?」ココアから目線は外さない。

「捨てるなんて出来ないから、吹いた真下の地面を掘って埋めたよ。場所までは流石に覚えてないけど」

また少し無言の後、彼女は手の力を抜いてココアをテーブルに置いた。

「なんだ、そんなことなら安心」

僕の目を見つめ、穏やかに笑っている。

「そんなことって……。怒らないの?僕もタンポポをちぎったんだよ?」

「ちぎられたのは痛かっただろうけど、その後ちゃんと優しく埋めてくれたんでしょ?だったらきっと大丈夫だよ」

「でも……」

彼女から、頭を軽く小突かれた。

「大丈夫だって言ってるじゃない。なんなら、もしそれが私だったらお礼を言いたいぐらいよ」

「お礼?」

彼女は優しく微笑みながら言う。

「だって、あなたが連れて行ってくれなければ、その子達の世界は狭いままだったかもしれないでしょ?自分じゃ子ども達に見せてあげられそうもない世界に他の誰かが連れて行ってくれるって、とても素敵なことだと私は思うの」


いつも通り仕事を終え家に帰ると、彼女の姿がどこにも見当たらなかった。僕が帰る時間には絶対家にいるはずなのだけど。

急用でも出来たのだろうか、そうだとしたら彼女のことだからメモでも置いてあるはずだと、机を見る。何も置かれていない。

視界の隅、カーペットの上に白いものが見えた。そちらに視線を移す。

綿毛をたくさん付けた一本のタンポポが横たわっていた。

根っこのはしっこを、なんとかカーペットに絡ませている。

彼女は僕の家に根を下ろして生きていたかったのだろうか。

しばらく無言で立ち尽くす。

彼女が根っこを張り、僕が足で踏んでいるカーペットが涙を吸う。

そして彼女の元で屈み、僕は彼女の根っことカーペットの絡まりをゆっくりほどき始める。


車で40分ほどかけて、母の実家がある村に着いた。いい場所を探すためにもう少し車を

走らせ、紅葉で有名な山々の麓にたどり着いた。

邪魔にならないように路肩に停め、助手席に乗せた彼女の腰辺りを丁寧に持って外に出る。

本当はあの空き地にしようかとも思ったが、近すぎるし周りの景色が退屈だと思い止めた。

彼女にふうっと息を吹き掛ける。

綿毛達が僕の息にのり、それから風に乗り換えて飛んでいく。

この子達が、タンポポのまま過ごすのか人間に化けるのかは分からないけど、どちらにしても素敵な世界にたどり着いて欲しい。


車に戻る。

さてと、彼女はどうしよう。このままだと当然枯れてしまう。だからと言って埋めてしまうと、彼女の世界をその場だけで終わらせてしまうのもどうなんだろう。

そうだ。栞作りが趣味の友人がいた。栞だったら出来るだけ長く彼女と共に過ごせるかもしれない。彼に作り方と長持ちのさせ方を聞いてみよう。

旅に行くときは、本に挟んで文字の世界を楽しんでもらおう。

目的地に着いたら、ポケットに入れて二人で外の世界を楽しもう。

次はどこを旅しようか。しばらく旅はお休みしていたから、かなり遠くまでいけるお金はある。暖かくなるからとりあえず北を目指そうか。

そんなことを考えながら、僕は友人に電話をかける。











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綿毛のような 中津唐揚げ @nakathukaraage

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