戦場女子
遥飛蓮助
戦場女子
良い被写体を見つけた。
戦場女子。
電車通学する女子高生を戦場に向かう戦士に見立てた俺は、フォトブックの企画を発案した。
彼女たちの自然な姿をカメラに収めたいという俺の希望と、大がかりな機材の持ち込みは乗客の迷惑になるからという駅側の希望が重なって、機材は自前のカメラ。スタッフは俺一人。
図らずも単独撮影という自由を手に入れた俺は、本命の撮影以外に小うるさいカラスやサラリーマンの大あくびを激写しながら撮影を進めていった。
俺が『良い被写体』だと思ったそれも、撮影対象の女の子だった。
背筋をピンと伸ばして電車を待つ立ち姿。唇の先まで力を入れたような凛とした表情。眉毛の上にあるほくろを気にしてか、前髪を引っ張ったり整えたりする仕草。
集団に入らない一匹狼だけど、中身は可愛いタイプの子だ。
通学通勤ラッシュが落ち着いたのもあって、ホームに俺と彼女を入れても片手で収まるぐらいの人しかいなかった。学校には撮影許可を取ってあるけど、念のために一人一人に断りを入れてから撮影している。じろじろ眺めているのを謝りついでに撮らせてもらおう。
そう思ってベンチから腰を上げると、彼女は持っていた鞄を肩にかけるや否や、早足でホームを後にした。俺も彼女を追ってホームを後にする。
彼女はトイレにも駅員のいる窓口にも寄らず、ひたすら早足で駅を出た。俺が駅を出る頃には人混みに紛れて見失うんじゃないかと思ったけど、幸い信号待ちをする彼女を見つけることができた。
青信号に変わるまで時間があると踏んだ俺は、軽く乱れた息と身だしなみを整えてから彼女の肩を叩いた。
「はい。次は君が鬼ね?」
俺の予想じゃ、振り返った彼女の「なんで追っかけてきたんだよマジキモいんですけど」ってガンが飛んでくるはずだったんだけど。
「……あの、なにか用ですか?」
「え?」
そんなきょとんとした顔で言われたら、さすがの俺も傷つきます。
「あの、なんかすみません」
「いいよいいよ。お兄さんも勘違いしてたし、お互い様だって」
その場で軽く説明した俺は、彼女と駅近くの公園に入った。俺の名刺の端っこを指で弄りながら、彼女はまた「あの」と言った。
「私、最近学校休むこと多くて。学校から写真撮るとか聞いてなかったんですよね」
彼女の学校に撮影依頼をしたのが二ヶ月前。撮影対象を一学年だけにすることと、生徒と保護者への説明会を行うことが条件だった。俺自らフォトブック企画についてのワンマンショー(もちろん説明会という意味だ)の効果もあって、ノリの良い子たちから逆に撮ってほしいと言われたこともあった。ずっとおじさん呼ばわりされて、お兄さんって呼んでくれなかったけど。
「まぁ俺も、まさか撮影許可してくれるなんて思わなかったけどね。君の学校ってちょっとお堅いイメージあるし。あ、今撮らせてって言ったら撮らせくれたりは……」
言いながら様子を窺うと、彼女は前髪を引っ張って表情を隠した。撮影不可のようだ。
「そっか。残念だなぁ。良い被写体だと思ったのに」
非常に残念だ。今なら俺の必殺技『カメラのレンズキャップ早取り』を披露できるのに。
「――『良い被写体』って、どういうことですか?」
ややあって返ってきたのは、正式な撮影不可の返事。じゃなくて、前髪の下から刺さる彼女の視線と、おびえたような声と棘のある言葉だった。
俺は「そうだなぁ」と言いながら、レンズキャップを嵌めたままのカメラを彼女に向けた。彼女は体をビクッと震わせたけど、前髪の下にある目はカメラに釘付けだった。
「電車待ってる姿が格好良くて、気にしてるところを必死に隠してる仕草が可愛いから、『良い被写体』って思った」
「なにそれ。そんなのただのお世辞じゃん」
「お兄さんは自分に正直なのよ。君が周りからどんなこと言われてるか知らないけど」
カメラをのぞき込む。フィルター越しに彼女はいない。代わりに、何かが喉に詰まったような声が聞こえた。
「体も心もボロボロで、苦しくて弱音を吐きたいけど、体に力を入れて踏ん張る女戦士。俺さ、そんな感じの格好良くて可愛くて、頑張って学校に行く子が撮りたかったんだよね」
彼女にとっての戦場である学校がどんな状況かなんて知らないし、本当は一匹狼じゃなくて、一匹狼にならざるを得ない状況にいるのかもしれない。
そんな背景を、見た人に伝わるような写真を撮るのが俺の仕事だし、彼女を撮りたいと思った俺の気持ちだ。
「……あたしのこと、何も知らないくせに。勝手なこと、言わないでよ」
彼女は泣きそうだった。泣きそうだけど、彼女は必死に堪えている。やっぱり格好良くて可愛いと思った。
「うん。知らないし、なにも聞かないよ。でもやっぱ残念だなぁ。早く君に会っていれば、今の企画なしにて君のフォトブック作ったのに」
「え?」
俺の手の中でシャッター音が響いた。フィルター越しの彼女は、泣きそうな顔をくしゃくしゃにして驚いていた。
「なんでカメラのレンズのカバー取れてんの?」
「俺の必殺技」
飛んできた鞄からカメラを庇ったら背中に当たった。痛いし意外に重い。
「ひどいなぁ。お兄さんこう見えて四十と五歳児なんだから少しは労ってよ」
拾った鞄を彼女に差し出すと、ひったくるように持ってかれた。
「そんなこと知らないし全然おじさんじゃん。ていうか勝手に撮んな早く消せ!」
「フィルムなのでデジカメみたいにすぐ消せません」
「じゃあ写真現像したらフィルム捨てて」
「現像した写真は持っていて良いんだねオッケー家宝にする」
「駄目に決まってんだろ!」
俺は女戦士に「つらかったら泣いて良いんだよ」とは言わなかった。必死に頑張る彼女のポリシーに反することだと思うし、言っても彼女は泣かないと思う。
だからせめて、写真の中だけでも泣いてほしくて。気づかれないようにシャッターを切ったんだけど……女戦士の涙は、カメラの神様的にも駄目らしい。
分かりました。今度は彼女の凛々しい姿をカメラに収めますので、その間はこの写真をお守りとして持っていて良いですよね?
戦場女子 遥飛蓮助 @szkhkzs
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます