ジャックの華麗なるもふもふ的日常①-2(完)
クラウスとウサギが壮絶な闘いを繰り広げている間、ジャックは主人が無事に避難
し終えるまで意識半分に援護して残り半分は闘いに参加しなかったウサギに向く。
牧場全てのウサギがクラウスに夢中というわけではなく、こうしてジャックにも
懐いて好意を寄せてくれているウサギもいる。
真っ黒な長毛の子と真っ白な体に耳の先だけが灰色な子、そしてこの二羽から誕生
した白と黒の混ざった毛色をもつ幼子たち。
彼らは親子揃って自分の歩く後ろをついて回ったり時に鳴いてアピールする。
それが可愛くてついつい偏った構い方をしては他のウサギたちに地面を足で叩かれ
お怒りを受けてしまうのだが仕方ない。
今日はクラウスが来ているのでその心配をすることもないのだけれど。
「お前たちは本当に可愛いな~。でも、どうしてクラウスのとこに行かないんだ?
競争率が高くて危険なのはわかるけどさ、野性の本能ってやつがあるだろ。」
自然界ではどんな動物も強い存在に憧れ、自分に足りないものを補い優秀な子を
残す為に一際秀でたものへ向かっていく。
時に相手に番がいようと奪いに出るものだってある。
感情抜きで本能を主体に考えるのであれば、ジャックは自分がクラウスよりも
上に立てているとは思っていない。
王族という高貴な血筋である以前に同じ男でも目を引く勇ましい容姿に何をしても
そつなくこなせる器用さと、他者を恐怖で縛るのではなく敬い思いやることで
信頼を得て動かせる情の深さも持ち合わせている。
すぐに思いつくクラウスの欠点といえば、親しい相手には容赦ないことと執務が
大の苦手ですぐに逃げ出すことくらいだろう。
「……あー、あと。世の美しい令嬢たちに興味が無いってとこか。」
クラウスが成人を迎えてから国王はすぐに婚約者を見つけるために茶会やら舞踏会
やらを計画して実行に移すも、肝心の王子本人は軍務や遠征に集中したいので
一切の関心をもたず。
時々あまりにも国王がうるさく突っ込んでくるものだから親子喧嘩に発展しては
王妃が仲裁をしての繰り返し。
その愚痴が従者兼親友であるジャックに回ってくるからよくよく知っている。
最初の内は『美女たちから求められるんだから贅沢じゃないか』と羨ましがって
いたものの、何回か催された夜会を遠くから眺めていた頃にふっと気づいた。
参加していた令嬢の誰もが、クラウス自身を見ていなかった。
王族でしかも次の王位継承が揺るがないとなればその安定した隣にしがみついて
玉の輿になりたいと思う女性がいるのは当然だろう。
それでも伴侶となるなら最低限、相手の本質を互いに見つめ理解し合える仲で
なければ国という大きなものを支えるのに片方の精神が先に参ってしまう。
王が傾けば国も傾く。
戦争の無い時代なら時間をかけて修復することができても、今のご時世はまだ
そうではない。
いつ何時に情報が漏れて弱っているところに強襲でもかけられたら一大事だ。
気づいてから、クラウスを羨ましがるのはやめた。
代わりに彼の言動にいちいち細かく反応する令嬢たちを観察して、クラウスの
本性を知った時にはどんな驚き方をするだろうと想像することにした。
親しい人間の扱いは雑だし口も悪くなるし。
目つき悪くて不機嫌そうに見えて、実際は機嫌良いことが多いし。
近接戦闘は得意なのに遠距離戦になると下手くそだし。
書きものでじっとしているの苦手だし。
何より飛び抜けて誰もが驚くなら……ウサギに苦手意識もってることか。
ジャックはウサギ一家の毛並みをブラシで整え病気などの異常が無いかマメに
見た後、持ってきたカゴから野菜をいくつか取り出して与える。
この食べる時に動く口の、もごもごとした動きがなんともいえない可愛さを出し
食べ終える頃のちらりとこちらを見上げてねだる仕草にも内心で悶える。
小さな両前足を揃えてちょこんと待機している姿もいい。
幼子たちなんかは自分の膝に乗りたがって懸命に飛び跳ねるものだから、その
要望に応えて乗せてやればリラックスして眠り始めるのだ。
これに癒されないわけがないだろう。
ほんわりと心が温まって和むまま寝ている幼子たちをゆっくりと撫でていれば、
クラウスに逃げられた他のウサギたちが寄って来る。
「おー。やっと終わったか。お前たちの分もあるからな。」
一家にあげたのと同じようにカゴから野菜を出して与えれば、後からやってきた
ウサギも順番にもごもごと食べ始めた。
しばらくは食事タイムで静かになるが終わった後の彼らはあっという間に解散して
各々の好きなことをする。
日光浴をしながら眠りに入る子。
食後の運動といわんばかりに牧場を駆ける子。
構ってほしくてアピールする子。
本当に個性豊かで、毎日見に来ていても飽きない。
「ジャック様。いらしていたんですか。」
「やあ。オーレン。いつもありがとうな。」
背後からした声に振り向き挨拶と日頃の礼を言えば、中年の男性――オーレンは
恐縮して頭を下げた。
彼がこのウサギ牧場の牧場主であり、ジャックの弓の師匠でもある。
「いえいえ。この子たちが騒いでいる様子があったので気になりましが…本日は
クラウス殿下もご一緒なのですか。」
「そうなんだよ。今日こそクラウスに慣れてもらおうと思ったんだけどな~…
ウサギが強すぎてダメだったらしい。」
「ウサギが強い、ですか……しかし不思議なものです。殿下は初めから苦手では
なかったのですよね?」
「ああ。寧ろオレより癒されていたような気がしないでも――ごほん。いや
とにかく、このままでは万が一にもこのことが他に知れ渡った時、クラウスにも
癒しの提供をと考えたオレの面目が丸潰れだ。」
「はあ……原因はなんでしょうかね。」
「それなんだよな……頼む。また一緒に考えてくれ!」
「はい。私でよければ。」
殿下に直接聞いてみればいいのに…という言葉が出そうになってオーレンは言う
のをやめた。
ジャックのこうした相談というのも実のところ初めてではない。
クラウスがウサギを避けるようになった翌週辺りから、ほぼ毎日顔が合う度に
同じことを話し合い最終的に『殿下に聞いたらわかるかもしれませんよ。』と
アドバイスして聞けずにいるらしい。
そもそも、その質問に辿り着く前にウサギの魅力についてジャックの方が語りに
語ってしまいクラウスに逃げられてしまうのだとか。
その熱量を抑えて話はできないのかと尋ねても『不可抗力だ!』と抗議するので
埒が明かない。
かといってオーレンが代わりに聞いてこようとすればジャックは自分がやると
言ってそれもそれできかない。
融通の利かない弟子を持つと苦労するものだ……と今日も牧場主は苦笑交じりに
ジャックの相談に乗るのだった。
月と王子様 花陽炎 @seekbell
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