番外編をちまちまと。

ジャックの華麗なるもふもふ的日常①-1


クラウスの従者でもあり親友でもあるジャックには誰にも言えない秘密がある。


彼の生家であるアルメン公爵家が所有する広大な土地のとある一区画に特別用意

された『牧場』に、厳重(?)に隠されているのだ。


地味に人目につかないその場所はジャックだけの楽園であり癒しの宝庫。


そしてそこへ向かうのに毎回、被害者となるのは彼の主人であるクラウス一人。



「……どうしても、行かないと駄目なのか。」


「ダメだ。お前が来ないとあいつら落ち込むんだよ。」


「なあジャック。何度も言うが、俺はあそこが苦手だ。」


「ああ。知ってる。」


「手前までは行ってやる。だがそれ以上先は何がなんでも無理だからな。」


「仕方ないなー。まあ、姿だけでも見えればいいか……?」



ジャックは馬車の荷台に積んできた新鮮な野菜がたくさん入ったカゴを持って

目的地へとクラウスと二人で向かう。


次第に見えてきた何かを囲う柵の奥……その中でうごめく無数のふわふわとした

丸い色とりどりの綿毛。


――……ではなく。



「よーし!おまえたち!きたぞー!」



ジャックが威勢よく声を張り上げれば綿毛から生えた長い耳はピンと立ち、

大きく丸いつぶらな瞳が一斉にこちらを向く。


そして彼が柵に付いた小さな扉を開けた瞬間――それらはピンポン玉のように弾けて

飛び出し、ジャックを通過して目指した先は。



「……うわあっ!」



背後で倒れる音と共に聞こえた悲鳴はクラウスのもので、ジャックはまたか。と

ゆっくり振り返り苦笑する。


見事に綿毛にまみれた主人の姿はなんとも情けない。



「クラウスもいい加減、慣れたらどうなんだ?」


「馬鹿なことを言うなっ!来る度に襲われて、毛だらけにされるんだぞ!

こんなの、慣れてたまるか!」


「って言われてもなぁ……。一国の王子サマがウサギに負けるってどうよ。」


「ジャック!見てないで助けろ!」


「あー……はいはい。」



ジャックの誰にも言えない秘密。


それがこの、色んな種類を集めたウサギだらけの牧場。


彼は三度の飯よりもウサギが大好きで度々ここへ訪れては牧場主と一緒になって

世話をしている。


そこへクラウスを連れて来るようになったのは、当時まだ軍に入ったばかりの主人が

根詰めないよう息抜きの癒しでこっそり自分の秘密の牧場を紹介したのが始まり。


最初のうちはクラウスもウサギもお互いに慣れないながら少しずつ距離を縮めて、

エサのやり方や撫で方などが板についてきた頃…ウサギたちによる強襲が徐々に

エスカレートしてきたのだ。


初めは数羽が彼にすり寄って来るだけだったのが、今では牧場の大半のウサギが

ジャックの声を聞きクラウスの姿を見つけただけで猛進してくる。


そのおかげでクラウスは一国の王子であり現役軍人でありながら、自分よりも

遥かに小さく弱いだろうウサギに恐怖を感じ苦手意識を抱いてしまう。


しかしジャック自身としては良き従者として一人の親友として彼に癒しを提供できて

いることに誇りを持ち、クラウスがウサギに押されっぱなしなのは扱いに慣れて

いないからだろうと思っている。


ちなみに主従でその辺の意思疎通はできていない。


故に見るからに状況が悪化していても『本当に仲が良いなぁ』程度にしか見えて

いないので、助けの声が上がるまで手を出さないという始末。


そんなことだからクラウスは最近、ジャックが自分をどうにしても牧場へと連行

するのは日々の隠れた不満に対する報復なのではと思い始めている。


もちろんジャックにそのつもりは無いのだが。



「クラウス!早く入って来いよ!ウサギがどんどん逃げちまう!」


「ああ、わかっている。急かさないでくれ。」



牧場の柵から飛び出したウサギは毎回、クラウスが中に入ることで無事に収まる。


そのことは来る度にそうなのだから頭ではよくわかっている。


わかってはいても、牧場の中に入るということはある意味で自ら敵陣へと赴くこと

であって、それなりの覚悟と勇気が必要になるのだ。


自分の足元にまとわりつくウサギを踏まないように気を付けながら前方で待ち構える

ウサギへと意識を向ける。


牧場内にも一応、牧草地を手入れする道具の保管や穀物を備蓄しておくのにウサギに

齧られたり悪戯されるのを防ぐための小さな施設がある。


中に入ってもすぐにそこへ避難すれば最悪の状況は免れる、が。


この不規則に配置されたウサギの、まるで戦場において逃げる敗走兵を捕虜にすべく

捕らえんとした空気を全力で横断して向かわねばならない。


しかしこちらには今までの積み重ねた経験(軍での模擬戦・遠征先での実戦など)が

あるのだから易々と敵の手の内に落ちたりはしない…はず。


何事も始めの一歩が肝心である。


境界を踏み込んだ後の彼らの動きに着目して即座に次の一歩へと転じて続けば、

少しの傷は負ってもそれが大きく広がることはない。



「お。前回より数羽増えてんなー。」



張り詰めた空気の中を通り抜けるのはなんとも呑気で穏やかな声。


じりじりとタイミングを見計らっているクラウスとウサギの様子を、ジャックは

いつも切り株に座りながらのんびりと眺めていた。


そして毎回思う。



「ここって……オレのウサギ牧場だよな……?」



クラウスが来る時はやけに存在感が薄くなってしまうジャックは、寂しさに苦笑

するも集まってきたウサギの数を記録していく。


彼らが柵のあちらとこちらで対峙しているこのタイミングは常に動き回っている

ウサギを正確に捉えるのに非常に便利。


数が少ない時はいいのだけれど順調に繁殖していくと数の記録に誤りがあった場合、

備蓄していたエサが足りなくなるといった問題が起こる。


そうすると喧嘩したり酷いと共食いが発生してしまうのであまり大ざっぱに数える

ことができない。


牧場主と一緒になってより正確に元気過ぎるウサギの数を把握できる方法を考えて

いたところにこの状況に出くわし、クラウスには悪いが利用させてもらうことに

した。


利用しっぱなしも自身の良心が痛むので記録が終わればもちろん援護はする。


でも見ていて面白いのも事実だからすぐには手を出さない。



「……さて。今日はどんな戦いが見られるのかな?」



ジャックはニンジンを片手に、今日も彼らの小さな戦争を外から見守った。

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