あんそるぶどっ!――私立ゆめかわ女子中学校未解決事件同好会活動記録

@KopyKat

第1話 未解決事件同好会よ永遠なれっ!

「やぁやぁ!みんな!会長様のお通りだー!」

「会長ぉ~、おそいよ~。アユミさんのやきたてマドレーヌ、全部食べちゃったよっ!」

「えぇ!マドレーヌ、もうないのー?無念!」

「まーた遅刻か?ヒカルがだらしないからこの同好会も部に格上げされないんだぞ、まったくぅ」

「そんなぁー……レイちゃんだってしぶしぶ入会したくせに、いまでは一番熱心に情報収集しているじゃん!」

「だって、って……それとこれとは関係ないだろっ、だいたいヒカルが無理やり勧誘するから……」

「ふふふっ、みなさん、部室ではお静かに。マドレーヌはいつでも持ってこれますから。さぁ、今日も気になった『未解決事件』を見せあいましょうよ。」


 私立ゆめかわ女子中学校には未解決事件同好会がある。会員は4人。あとひとり入会すれば部に格上げされるのだが、なかなか勧誘がうまくいかず今年の新歓期間も終わってしまった。それもそのはず、未解決事件同好会なんて物騒な部活動、知り合いがいなければ部室に入ってみる気すらならないだろう。おまけに新入生歓迎祭で上映したビデオがあまりにも怖すぎて、失神する生徒が続出。1週間部活禁止を申し渡されていたのだ。


「そういえばヒカルさん、オカ部の部長さんからお手紙を預かっておりますよ」

「わーっ!ありがとう!ナオちゃんも筆まめだねっ」

「げっまたオカ部かよ、あいつらも懲りねえな」

 ゆめかわ女子中学校にはオカルト部もある。文化系の部活では吹奏楽に次ぐ部員の多さで、楽器演奏と体力に自信のない子たちをつぎつぎと勧誘して、学内の影響力を拡大してきた。先生方のなかには未解決事件同好会をオカ部に合併させようという意見も多い。当のオカ部部長も未解決事件研究会に興味津々である。


「あいつら、なんだかんだで未解決事件の理由はいつも『霊障!』だからな……犯罪っていうのは人間の心理が生み出すものだろ。まったく理論的じゃあないぜ」

 副部長のレイがぶつぶつ文句を垂れ始めた。髪はショートカットで、同好会員のなかでは一番背が高いし、スカートも短い。頭脳明晰かつ男まさりな性格だが運動が苦手で怖がりなレイは、オカルト部に入りたくない一心で、幼馴染のヒカルが始めた未解決事件同好会に入会した。部室の掃除や整理整頓まで、めんどくさがり屋な会長のヒカルの手の回らないところをサポートしている。


「りろん?的かどうかはともかく、未解決事件って面白いよねっ」

 ヒナコはもともと運動部に入る予定だったが、退屈な人間関係に飽き飽きして未解決事件同好会の門をたたいた。指定の黄色いカーディガンを着たショート・ボブの小柄な少女だ。ちょっと不思議ちゃんなところがあるし、何より恐怖心がまったくないので、かなりエグい未解決事件を持ってきてはみんなを恐怖のどん底に陥れている。勉強はさっぱりで、本を読んでは数秒でノックアウトされてしまうもしばしばだが、なかなか凝り性なところがあるのかもしれない。


「わたくしたちももう2年生、早いものですわね」

 アユミは長い銀髪、流し目のお淑やかなお嬢様だ。学校法人ゆめかわ学園学園長の孫で文武両道才色兼備、多趣味で交友関係も広く、なぜ彼女がこんな弱小同好会に籍を置いているのかはゆめかわ女子中七不思議のひとつだといわれている。未解決事件同好会が合併話から切り抜けて「聖域」になったのは、彼女の存在あってこそだ。細く長い指を華麗に舞わせ器用にこなすマドレーヌとお紅茶の差し入れは毎日続いており、何かとアタマを使う同好会員たちの小腹を満たすのであった。


「うわーん!いつもいつもそうだけど、血文字が達筆すぎて読めないよぉ~っ、無念……」

 ヒカルはゆめかわ女子中未解決事件同好会の創設者である。2つ頭頂に結んだお団子髪がトレードマークの、明るく元気で普通な女の子で、なぜ未解決事件同好会なんかをつくったのかはゆめかわ女子中七不思議に……危うく入るところだったが、惜しくも選外となった。一説には推理小説家志望だからだというが、国語の成績は中の下といったところで、学校生活でもとくに目立ったところのない子だ。


「どれどれ……うぇっ、なんだこれ。『ローゼンクロイツ』……『ティモシー・リアリー』……『アセンション』……『イェイツ』?色々訳のわからねえことが書いているが、要するにこれからウチらの部室へ、合併の直談判に来るらしいぜ」

 おお、こわこわ……とレイが肩をすくめる。オカ部の部長ナオはヒカルたちと同学年で、ちょうど同じ時期に「オカルト同好会」を創設した。ゆめ中七不思議残りの6つは彼女に関係するといわれるほどの奇人で、エキセントリックな行動も多々見受けられるが、持ち前の執念深さと曲がりなりにも真摯な姿勢で、生徒教職員問わず人望が厚い。日々存続の危機に追われる未解決事件同好会にとってははた迷惑なこときわまりない存在だ。


「まあまあ……ナオちゃんも、わたくしたちのことを考えてここまで熱心に勧誘してくださるのですわ」

「でもよぉ」

「か、勧誘といえばさっ!あたしたち、昇学試験のころには引退なんだよね……」

「もし新入生が入会しなかったら……考えたくもありませんわっ!そのようなこと!」


 ゆめ中には2回生3月の時点で系列のゆめかわ女子高への昇学試験がある。よっぽどのことがないかぎりは高校に入学できるが、勉強への準備期間として全員が一時部活動から引退しなければならない。その時に人数の足りない部活動は「休部」となり、先生方の業務の関係から政治力のない部活はそのままお取り潰しとなることが多かった。3回生になると行事の運営や生徒会など下級生への指導業務が増えるため、部が存続しているならまだしも、部活をふたたび復活させることは難しくなる。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ!そんな無念!なことにはならないから!……そうそう」

 会長のヒカルは、しんみりとしてしまった部室を明るくしようと、抱えてきた大きなカバンから5人分のフォルダを取り出した。

「いままでは、共用の日誌で未解決事件のレポートをファイリングしてたじゃん?あれだと、持ち運ぶにも重いし、誰がどの事件をもってきたのかもわかりづらいと思って、一人ひとりの活動記録フォルダを買ってきたんだ!あとでそのぶんの会費を徴収するよ!」

「おっ、いいじゃねえか!」

「いいですわね!」

「さっそく、今日持ってきたレポートを見せ合いっこしながらファイリングしよ~!」


「「「「おー!」」」」


持ち寄ったマーカーやマスキングテープで色とりどりにデコレーションしたファイルに、レイは「グリコ・森永事件」、アユミは「タマム・シュッド」、ヒナコは「M県小2女児失踪事件」、そして会長は「青酸コーラ無差別殺人事件」と題されたレポートを挟み込んだ。換気のために開いた窓の外からはそよ風とともに桜の花びらが舞ってきて、体験入部の子とランニングをする運動部の掛け声が響く。


「しっかし、なんで一冊余分に買ってきたんだ?」

「だって、万が一にも新入部員が来た時のために」

「万が一ってなんですかっ!もっと自信を持ちましょうよ!」

「そうそう!病は気からっていうし!」

「ヒナコそれ使い方間違ってんぞ……待って、なんか聞こえないか?」


 コンコンッ、コンコンコン、と部室のドアをノックする音。一同ゾゾ~っと身の毛がよだつ。あのオカ部の部長ナオが襲来したかもしれない。

「お、おい!居留守使おうぜ!」レイは気がすっかり動転して、掃除用具入れに飛び込む。

「レイちゃん、焦らずに!ナオちゃんならいつも、もっと窓から侵入したり、つっ、通気口から現われたりしますわ!きっと別人よ!」

「一巻の終わり、二巻の始まりーっ、む、無念……」

「会長ぉ、落ち着いてっ!何か小声でささやいてるよ~」


 耳をすますと、蚊の鳴くような声で、「すみません、入部希望なんですが……」と聞こえるような気がする。同好会一同は、顔を見合わせる。万が一新入部員かもしれないし、声は気のせいで、万が一ナオが現れて、ニタァと笑いながら、「はい、ラップ音」とも言い出しかねない。「じゃあ、開けるよっ……」部長は気を取り直して、引き戸を開けてみる……











 引き戸を開けると、10年前と同じあの部室が広がっていた。血まみれだったフローリングや壁はすっかりきれいに張り替えられ、当時の惨劇を思い起こさせるようなものは残っていなかった。生徒たちはここで起きた事件を気味悪がって、部室として使うことはもうない。未確認事件をスクラップしたファイルは、丁寧に棚にそろえて置かれている。今でもあの子たちの声がどこからか聞こえる気がするし、いつもアユミが焼いていたマドレーヌや紅茶の香りが漂ってくる気がする。私が10年前の私のままだったら、まともに「霊障」というのを信じて、ダウジングやチャネリングを使ってでも彼女たちと交信しようとしたことだろう。


 私立ゆめかわ女子中学校未解決事件同好会の5人は、10年前の3月、こつ然と姿を消した。彼女たちが最後に部室に入るのを目撃されてから、無人の部室が血まみれであるのが発見されるまで、足取りはつかめないままだった。もともと彼女たちの活動を知る人間など、顧問か私たちオカルト部くらいしかいなかったが、さいごの数か月彼女たちとの付き合いは途絶えたままだった。あの人当たりのいいアユミですら極度の人間不信に陥って、誰とも話していなかったらしい。凶器が見つからないばかりか、学校の裏山にも、近くを流れる夢川にも、遺体どころか遺留品すら見つからなかったという。


 学校で行われた「お別れ会」では、わたしは生徒会長として弔辞を読み上げた。花束か写真立てか、何かを報せるような「霊障」が起こって、5人が見つかればいいとどれほど思ったことか。それでもわたしの前には、何の霊障も起こらなかった。中学、高校、大学と学校生活は過ぎていき、わたしはオカルト研究からすっかり足を洗った。まわりからよく言われていた執念深さと真摯さは、警察官、刑事としての正義心に変わっていった。


 棚に整然と置かれた未解決事件ファイルを手に取る。いつも明るい会長、快活なヒナコ、ぶっきらぼうなレイ、大人びて見えたアユミ、そして……。幾分か幼く、かわいい文字で未解決事件のあらましと推論が書かれていた。それぞれの性格が出た推理に自然に微笑みがこぼれる。だがそれと同時に、「お別れ会」で泣き崩れた学園長の姿が思い浮かぶ。学園長は刑事となったわたしにすべての資料を託して逝った。それらを読んでも読んでも腑に落ちなかった事件の顛末、それが未解決事件ファイルによってほぐれていくようであった。涙がとめどなく流れる。挟まれていた集合写真には、あのころの記憶と変わらず無邪気に笑う5人のすがたがあった。会長の口癖をふと思い出した。


「ヒカル、レイ、ヒナコ、アユミ……トワ、いままで『無念』だったでしょ?あなたたちの残した未解決事件、私が解いてみせるから」

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