「せつぶん」ってこうでしたっけ?

鴨山兄助

「せつぶん」ってこうでしたっけ?

 俺は、押しの強い女に弱いらしい。



秋坊あきぼう、今日の放課後お邪魔してもええ?」


 昼休みの終わりに彼女、志紀しき三月みつきがそう聞いて来た。

 それはそれは可愛いらしい笑顔を添えてきているのだが、正直俺はこの表情をしている時の彼女が少し苦手だ。


「なんなん、不服そうな顔しくさって」

「そういう顔をしている時のお前はだいたい何か企んでる」

「ん~……秋坊、ウチが行くのそんなに嫌やった?」

「嫌と言うかなんと言うべきか……てか秋坊って呼ぶな!」

「別にええやないの。可いらしいあだ名やと思うで」


 黒く美しい長髪を揺らしながらコロコロと笑う三月。

 一応いいところ(?)のお嬢様なのだが、どうも一般常識に疎いところがある。そしてそれに俺が巻き込まれたこと数知れず。

 あと何故か俺を子供扱いしたがる節がある。

 実際は同い年だが、三月の外見はどう見ても小学生なので少し無理がある絵面な気もする(まぁ口に出さないが)。


「それで秋坊。部屋行ってもええ?」

「どうせ碌な結果にならないからお断り――」

「行ってもええな?」

「いやだから」

「行くで」

「はい」


 ニコニコと笑顔で押し切る三月に屈する俺。

 いつかアイツに生命保険の勧誘員になる事を勧めよう。


「で、今回の要件は?」

「秋坊はせっかちやねぇ。それは部屋に着いてからのお楽しみ」


 あぁ、これは絶対に碌な結果にならないパターンだ。

 だが悲しいことに、こういう時の三月が聞く耳を持っていない事を俺はよーく知っていた。







 そして放課後、俺は自宅で三月が来るのを待っていた。

 色々あって高校生ながらマンションで一人暮らしをしている俺だが、流石に女子を招き入れる事はそう無い。

 ……自覚したら急に緊張してきた。


 部屋は十分に片付いている筈だ。

 掃除はしてあるし、よからぬ物は全て隠してある。


 しかしあのお嬢……学校ではしょっちゅう絡みに来ているが、今日は家まで来て何をする気なのだろうか。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、部屋にインターホンの音が鳴り響いてきた。


 はいはい今行きますよ。

 玄関を開けると予想通り、そこには三月がいた。

 日本人形を彷彿とさせるような黒髪も相まって、くすんだ赤色(蘇芳色と言うらしい)の着物姿は実に絵になっている。


「こんにちは、秋坊」

「うわ本当に来た(いらっしゃー、まぁ上がってくれ)」

「本音と建前が逆転しとるで」


 おっと、これは失礼をば。

 俺は右手の肉を目一杯抓られた後、三月を中に入れた。



「ふぅん……男の子の部屋ってもっとこう、散らかってるもんやと思うてたわ」

「ご期待に添えなくて悪かったな」


 部屋の中をキョロキョロ見回しながら、三月は残念そうに呟く。

 思春期男子の防衛本能を舐めるな。


「で? 今日は何しに来たんだ?」

「なんや疑り深いなぁ」

「ハハッ、前に来た時のこと思い出しやがれ」


 以前「クリスマスいうのをしてみたいんやけど」と言って来た時には、それはそれは酷い目にあった。

 具体的には「クリスマスはイチャつく男女を弾くもんやって聞いたんやけど」等とほざいて、実家から持ってきた(隠語)を構えようとするわ。

 「フィーニッシュ・ア・メリークリスマスって歌うくらいなんやから、あのチャラ男のたま取って終わらせればええんやな」と言ってナンパ男相手にドスを抜き出すわ。


「あらまぁ、そないな事もあったわなぁ」

「トラブルに巻き込まれる俺の身にもなってくれ」

「大丈夫やって。今日は室内で済む用事やさかい」


 本当なのだろうか……?


「それでな秋坊、節分いうのをやってみたいんやけど」

「帰れ」


 完全に前回と同じパターンである。


「なんなん、いけずやなぁ」

「完全にパターン入ってるじゃねーか。これこの後変な事になるパターンじゃねーか」

「へんなことって? もしかしてやらしいこと?」

「な訳ねーだろ、血と硝煙が香るトラブルだよ」

「嫌やわぁ、人のことヤクザもんみたいに言いはって」

「たいして変わらねーだろお前ん家は」


 唇を3の字につき出して抗議する三月。

 だがおおよそ事実だ。


「てか三月ん家だったら節分くらいいくらでもやってるだろ」

「うーん、それが案外無いねんなぁ」


 純和風の家に住んでるのによく言うわ。


「それでな、女中のみんなに節分って何すればええんか聞いてきたんよ」


 そう言うと三月は大きな箱を包んだ風呂敷を取り出した。


「つう訳で秋坊、節分の実技に付きうてくれへんか?」

「節分の実技なんて言葉初めて聞いたわ。まぁ付き合うけど」


 どうせ断っても「はい」と言うまで居座るのは目に見えている。


「で? 実技って何するんだ?」


 節分にする事と言えば大体相場は決まっている。

 豆を撒いて邪気を払い、歳の数足す一個の豆を食べて健康を祈り、恵方巻を金棒に見立てて食って鬼を退治する。

 あぁそれから、魔除けの為に柊の枝に鰯の頭を刺したものを門口に飾るのもあったな。


「とりあえず、柊鰯は扉に刺しといたからええとして」

「早速か」

「あぁでも、柊さんの枝が家になかったさかいに、ドスで代用したけど大丈夫やんね?」


 俺は即座に玄関へとダッシュした。


 扉を開けてみると、そこには鰯の頭(生)を貫通させたドスが、凄まじい存在感を放ちながら飾られていた。

 すぐにそれを回収して、俺は部屋の中へと戻る。


「あらま、あかんかった?」

「あかんに決まってるだろォォォ!!! 何を払う気だ!?」

「魔除けやで」

「魔どころか素人さんも除けちまうわ! しかもなんで生の鰯なんだよ!? 完全に絵面がホラーだよ!」


 本来は塩焼きした鰯の臭気と煙で鬼を払うそうだが、血の滴るドスなんて飾ってたら福まで払えそうだ。


「ほうか~、失敗してもうたか~」


 しょんぼりと項垂れる三月。気のせいか頭のアホ毛まで萎びている気がする。

 流石に少し可哀そうになってきた。


「あー、その、なんだ……初めてなんだろ? なら失敗の一つくらいあるだろ。切り替えろ切り替えろ」

「……クスッ、秋坊は優しいね」

「うっせ」


 顔に血が昇る感じがする。

 面と向かって言われると流石に小っ恥ずかしい。


「で、他に何するんだ?」

「そうやね~、じゃあ次はこれにしましょか」


 そう言って三月が風呂敷を解くと、中から漆塗りの立派な重箱が出て来た。

 重箱の蓋を開けると、中からぎっしり敷き詰められた太巻きが顔を出す。


「あぁ、恵方巻か」

「せやで。節分では恵方巻を食べるのが習わしなんやろ? せやからウチ頑張って作ってみたんよ」


 三月の手作り。

 思春期男子にとって女子の手作り料理とは実に心躍るフレーズだ。

 それを食べられるかもしれないとなると、俺も少し期待感が膨らんでくる。


「えっと、今年の方角どこだっ――」

「はい秋坊、あーんして」

「いやその前に方角――」

「あーん」

「だから」

「口開けぇや」

「はい、むぐぅお!?」


 三月は有無を言わさず、俺の口に恵方巻をねじ込んだ。


「えーっとなになに……両端から男女で食べ進めるのが恵方巻の食べ方と」

ほっ●ーへーふじゃへーんふぁぞポッ●ーゲームじゃねーんだぞ


 何やらメモ書きを見ながらふむふむと頷いている三月。

 メモの隅に『お嬢様用♪』と可愛らしく書かれているあたり、女中の誰かが悪ふざけ100%で書いたのだろう。ホラ吹込みやがって。

 もぐもぐ……あ、恵方巻美味しい。


「ほなウチもいただきましょうか」


 三月は俺の両頬に手を添えて、口を大きく開ける。

 顔が……顔が近い!


「…………」


 だが待てども待てども、何故か三月は恵方巻に噛り付かない。


「……どうしよ秋坊」

「?」

「太すぎて、ウチの口に入りきらへん」

おふぁえあふぉらろお前アホだろ


 確かに小柄小顔の三月にはこの太さはキツいかもしれないが、やるならそこまで計算して作りやがれ。


「秋坊の(咥えてる)太くて黒いの入りきらへんよ」

ひひふぁふぁ言い方ァァァァァァァァァ!」


 無駄に頬を赤らめているせいもあって、完全にいやらしい方向性にしか見えない。というか外見の幼さもあって犯罪臭がすごい。


「ふん!」


 流石にこれを長続きさせるのは俺の精神衛生上よくない。

 俺は咥えていた恵方巻を噛み切って強制終了させた。

 少し残念そうにしている三月をスルーして、俺はスマートフォンに恵方巻の正しい食べ方を紹介しているサイトを表示して、三月に見せた。


「あらまぁ、そうやって食べるんやね」

「むしろさっきの食べ方に疑問を抱け」


 気を取り直して二人で恵方巻を食べる。今年は西南西だ。


 もきゅもきゅと無言で食べ進める。


 早々に食べ終えたので、ちらりと三月の方を見る。

 そこには口のサイズに合わない恵方巻を四苦八苦しながら、小動物の様に食べている三月の姿があった。

 不覚にも可愛いと思ってしまった。



 さて、そんなこんなで恵方巻も食べ終えた訳だが。


「まだ続けるのか?」

「とうぜん。まだまだやる事はあるで」


 三月は再びメモ書きを見始める。

 頼むからそれを信用しないでくれ。


「え~と次は……豆まきやな」

「あぁ、定番中の定番だな」

「厄払いの為とは言え、食べもんを粗末にするのはもったいないなぁ」

「まぁ気持ちは分からんでもないけど」

「魔を滅するから魔滅まきなんやろ? じゃあこれで代わりにならへんかなぁ?」


 そう言って三月が懐からジャラジャラと取り出したのは金属製の……


「お弾きの弾丸たま

「そんなもの撒くなァァァ!!!」

「でもこれなら鬼も滅せれるよ」

「鬼だけじゃなくてご近所からの信頼まで滅するわ!」

「じゃあ部屋のなかだけでも」

「駄目だっつーの」


 油断も隙もありゃしない。


「ぷぅ……しかたあらへんなぁ、それじゃあ最後の項目に移りましょか」

「まだそのメモ使うのかよ」

「えーっと……お豆さんを食べる?」


 頭の上に疑問符を浮かべる三月。

 持っているメモ書きを覗き見ると、そこには「豆を食べる」としか書いていない。


「これは年の数プラス一個の豆を食べるんだよ」

「お豆を……食べる!?」

「確か健康祈願だった筈――」

「お豆さんを、舌で転がすように――イタタタタタ秋坊、こめかみぐりぐりは止めてぇぇぇ」


 多分やらしい意味100%なので黙らせる。




 三月が持ってきた大豆を小皿に分けて食べる。

 久々に食べたが、ポリポリとした食感が心地いい。


 一方の三月はと言うと、妙に機嫌良く俺を眺めている。


「……なんだよ」

「別に変な意味はあらへんよ。ただ秋坊が楽しそうで良かったなぁってだけや」

「は?」

「秋坊学校でも友達少ないし、一人暮らしやから寂しがってへんか心配やったんよ」

「友達少ない言うな」

「あ、でも今は女子と一つ屋根の下やから、秋坊勝ち組やね」

「だから言い方」


 コロコロと愉快そうに笑う三月。

 確かに俺は友達と呼べるような人間は少ないし、こうして構ってくれる相手が居るのは確かに幸福なことだろう。


「秋坊ももう少し素直になったらええのに」

「ありがとな」

「……あらま、思いの他早う素直になったわ」

「いいじゃんか、少しくらい素直になっても」


 こうして執拗に構ってくるのが彼女なりの優しさなのは解っていた。

 それは非常にありがたい事なのだが、面と向かって言うのは恥ずかしかった。

 今も思わず顔を背けてしまう。

 そして背後から聞こえる三月の微笑の声が俺の羞恥を加速させる。


「可愛い可愛い」

「頭を撫でるな」


 いや、これでは完全に愛玩動物扱いだ。

 男としては不甲斐なさしかない。


「あれ?」


 俺は小皿に乗せた豆を食べ終えたが、最後の豆は十七個目だった。

 足す一個だからもう一粒必要なのだが。


「あれ、秋坊の一個足らんかった?」

「そうみたいだな。悪いけど袋から――」

「少し待っててな」


 俺の言葉を遮る様に三月が制止の声を出す。


 三月は大豆が入った袋から豆を一つ取り出し、唇の先で咥えて……



――ちゅ――



 我に返る。

 口の中には豆が一粒と、唇の上になにか柔らかいものが重なっていた。

 それが三月の唇だと気づいた瞬間、俺の顔は一気に熱を帯びた。


「はい、ぷらす一個」

「…………」


 顔の前に来ていたいい香りが、ふわりと俺から離れていく。

 あまりの出来事になんて言えばいいか分からない。

 そんな俺の内情を知ってか知らずか、三月はただニコニコしているだけだ。


「あっ、いかんわぁ、ウチ少しボケとったわ」


 俺が呆然としていると、三月は妙に演技がかった声でそう言った。


「これじゃあ『せつぶん』やのうて『せっぷん』やね」


 口元を隠してクスクスと笑う三月。

 あぁ、これは間違いなく確信犯だな。



 やっぱり俺は、押しの強い女にらしい。

 十七歳の節分の日。ひとまず福は来たという事で。




【おしまい】

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