〈完結〉其は世界を繋ぐ者
「ふはは、久しぶりではないか」
白く長い髪に、真っ黒な二本の角。そして、暗黒の鎧を身に着けた男。
魔王だった。俺が殺したはずの、魔界の荒野で散った男がそこにいた。
そして、どこからともなく世界が黒く染まる。また幻術なのか!? と思ったが、どうやら違うらしい。
現実だ。見えている黒い空間も、紛れもなくそこに存在している。
感覚で分かる。ここは人間界でも魔界でもない、剥離した世界だ。
「魔王、嘘……本物……?」
キレーネが小さく声を漏らす。
「ああ、この時代では私の顔を知らぬ者もいるのだったか……これがジェネレーションギャップというやつか。普通にショックだぞ」
「ごめん何言ってるかわかんない。なにそれ」
この時代に来る直前に会ったのが最後だから……五年か、下手したら六年ぶりか。
六年前に命のやり取りをした相手が、今目の前でよくわからないことを言っている。
正直、どう反応するのが正解か分からなかった。少なくとも、六年前の魔王はこのような性格ではなかったはずだ。
「いやなに、転生先での知識がな」
再びよくわからないことを言い始めた。
この時点で俺は理解を止めた。考えるだけ無駄だ。
「それよりも勇者よ、久しぶりであるな」
「ん、久しぶり。って言い合う間柄でもないだろ」
「ふむ。だが今は敵同士ではないのだ。こうして会話をするのもよかろう」
もしかしたら六年前も、普通に敵対せずに会話したらこんな風になっていたのだろうか。
有り得もしない可能性を考えつつ、魔王が目の前にいるという現実に目を向ける。
あの時確かに殺したはずだ。なのに、魔王は目の前にいる。
「はぁ、というかお前死んだよな? なんでいるの? もしかして死んでなかった?」
「いや、死んだ。というか勇者よ。貴様も人のことは言えぬだろう。確かに石化し殺したはずなのに生きているとは。ああ、私は人ではなかったな。ふははははははは!!!」
「え、ウザい……魔王ってこんな奴だったの……」
下手するとリュートよりもウザいかもしれない。当時、こいつの本性を知らなくて本当によかった。
いや、知りたくなかった。おそらく魔界の魔族達も魔王がこんな性格だとは思っていないだろうし。俺でもショックなのだから信仰していた魔族はさぞショックだろう。
「死んでいるなら……つまり幽霊か」
「かなり近いな。私は魔力に残った記憶であり、本物の魔王ではない」
「難しいことはよくわからん」
どう見ても見た目だけは本物の魔王なのに、本物の魔王じゃないだと。
しかも、魔力に残った記憶とか。頭が痛くなってきた。
「魔力……もしかして、あたしの?」
しばらく沈黙を貫いていたキレーネが口を開く。
命を落とすというショックが目の前にあったのだ、そこに魔王が現れたのだから思考が整理できなくても無理はない。
キレーネの魔力とは、キレーネが持っていた魔王の魔力だろう。そこに魔王の記憶が残っていた、と。
「そうだ。そして、貴様が『魔王化』したことにより身体を共有したのだ。貴様の記憶、思考。覗かせていただいた。貴様は確かに魔族の幸福を願っていた。その志は評価しようではないか」
「あ、ありがとうございます……」
「だが、甘い。人間を滅ぼしたところで、魔族が幸福になるわけではない。もちろんそれで幸福になる者もいるだろうが、それとは別に争いは絶えない。それでは貴様の目指す幸福には程遠い」
それはそうだ。人間を滅ぼしても、争いが途絶えるわけではない。
人間だって同じだ。魔族を滅ぼしたところで争いは起こる。現に、魔界からの侵略がなかった数百年で、人は何度も争っている。
キレーネは人間さえ滅ぼせば魔族の多くが幸福になると信じて疑わなかったのだろう。もちろん、人間による被害を無くすという目的もあったが。魔族の幸福を願っている心は大きかった。
「なら、どうすれば……」
「それはこやつ、勇者がどうにかしてくれるだろうさ。なあ?」
「……は? いや、どういう……」
まさか俺の計画を知っている? いやいや、そんなはずはない。
このことはフォトにしか話していなかった。リュートたちには何か大きなことをするとしか伝えていない。
それをなぜ知っている。
「その力を使えるのは誰のおかげだと思っている」
はい、全部理解した。
俺の身体には魔王の魔力が流れている。なら当然、俺の身体にも魔王の記憶は残ってるよね?
なんてことだ、あんなこともこんなことも全部知られてしまうとは。しかも魔王に。
「ああ、そういうことか。くっそ、俺の記憶も全部見られてたってことかよ!」
「え……? えっと、どういう……」
キレーネは理解が追い付いていないのか、目を白黒させながら混乱していた。
「この男は人間の幸福も、魔族の幸福も願っているのだ。なのでな、魔族の未来は、貴様の願いはこの男に託すといい」
魔王の言葉に、キレーネが目を見開く。
そう、俺の目標は人間と魔族の幸福、幸せだ。
争いの無い世の中にする。それは不可能だ。だが、可能な限り争いを減らし、平和にすることはできる。
それを、俺は仲間を通じて知った。人間同士の関りを知った。
この時代に来るまでには知らなかったことを知ったから、それを目指せた。
「人間と、魔族の幸福を同時に願う……? そんなの、出来るわけない!」
「やってみなくちゃ分かんないだろ?」
これは前例がない挑戦だ。魔界も人間界も平和にするという挑戦。
そもそも、そんなことをやろうとした者がいなかったのだ。なら、俺がやるしかないだろう。
「馬鹿げてる……」
「なんとでも言え。それで、魔王。お前はどうすんだ」
「私は消えるさ。この身体とは別に、別の世界に人間の身体を持っているからな。今は、そちらが私の本体だ」
なるほど、最初の時に言っていた転生先での記憶がなんちゃらというのはこのことだろう。
この世界とは別の世界に、人間として生まれ変わったのか。魔王も魔王で、新しい道を歩んでいるのだ。
「だから、私の想いも勇者に託す。さて、貴様はどうする」
「あははっ……はぁー……うん、あたしも、もういいや。疲れちゃった」
キレーネは力なくそう言った。外から見れば間違っていても、彼女は真っ直ぐに進み続けたのだ。
全力を出して、そして力尽きた。これ以上は進めないと、間違ってしまった道を見返して、それでもなお走り続けたことに誇りを持って。
「ふむ。それでは勇者……いや――――キールよ。魔界を頼む」
「任せとけ。今度こそ、お別れだ」
「ふっ、永かったな。実に、永かったぞ」
そう言いながら、魔王は消えた。
まるであの日のように、塵のようになった魔力がうっすらと光りながら天に昇って行った。
……終わったんだな。止まっていた時間はやっと動いて、また止まった。魔王と勇者の戦いは、これで本当に終わったのだ。
「キレーネ、お前は……」
「あたしはもう、限界みたい……ディオネに伝えといて。ごめんね、って」
「……ああ、分かった。必ず伝える」
力なく声を出すキレーネからは、魔力をほとんど感じなかった。
長時間の不完全な『魔王化』により身体が蝕まれてしまったのだ。もう、助からないだろう。
それを俺もキレーネも理解した。だから、落ち着いて最期を待つ。
魔王の作った世界も崩壊を始める。空間が砕け、剥離していた世界が元に戻っていく。
ガラスのように砕ける世界は、なんとも幻想的で、寂しかった。
「頼んだ、からね……」
キレーネの目から、光が消えた。
そしてゆっくり瞼を閉じ、まるで眠っているかのような安らかな顔で命を終える。
俺は『倉庫』から花を取り出し、二人の最期に
黒と緑の花が、風に吹かれてゆらゆらと揺れていた。
世界が完全に繋がり、剥離していた空間は消え去る。例えだが、俺はこれから人間界と魔界を繋ぐ架け橋になるだろう。そう考えると変に緊張してしまう。覚悟はもう決めたのだ。
世界が繋がると同時に、元の世界がはっきりと見えるようになった。
「キールさん!」
「キール!!!」
「キール!」
「キール様!」
「キール!」
「キーにゃん!」
フォト、ヴァリサさん。リュート、フレン。そしてフレン。
そしてニンファーで通信しながら戦場まで来てくれたのだろうリーナと、リンクス。
姿が大きく変わってもなお駆けつけてくれた仲間たちに、俺は小さく微笑んだ。
「ただいま」
最古のスキル使い
―500年後の世界に降り立った元勇者―
完
最古のスキル使い―500年後の世界に降り立った元勇者― 瀬口恭介 @seguchi_kyosuke
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます