幕間 一人の部屋
「ただいま」
僕の言葉に返事をする人などこの家にはいない。暗い部屋に電気をつけて、靴を脱いだ。外は夕方から夜に変わりかけていき、窓から射し込む光はゆっくりと暗くなる。僕は部活から帰っただけだと言うのに、疲れたように息を吐いた。
「はぁ……」
誰もいないとわかっているのに、いつまで僕は『ただいま』と言うのだろうか。意味がないってわかっているのに、これが習慣ようになっていた。
僕は自分の部屋に向かう前に、リビングあるテーブルの上に乗っている紙切れを見つけた。
『飯代』と一言だけ書かれた紙。それと伴って、紙幣が一枚。これで今日の僕の夕飯を買え、とのこと。僕は、くしゃりと、紙を握り潰し、近場のゴミ箱に捨てる。お金はポケットに入れて、自分の部屋に向かった。
「コンビニに行くの面倒だなぁ……」
どうしても一人でいると独り言が増えていく。意識はしていないが気がつくと呟いていた。部屋につくと、教材とか無駄に入った重たいカバンをベットに投げ捨てて、パソコンを起動させ、繋がっているヘットホンを耳に被せる。そして、しばらくして聞こえてくるパソコンが立ち上がる起動音を聞いて、僕はやっと家に帰ってきたことを実感した。
「はぁ……」
つきたくもないため息がまた一つ、ついてしまう。僕は投げ捨てたカバンから、ガサゴソと一冊のライトノベルを取り出すと、栞の挟んだページを開く。自分の晩飯よりも、今は本の続きの方が重要だと思い込むことにした。こうして、僕の世界は始まる。
またしばらくして、パソコンからセットしていた音楽が流れてくる。なるべく爆音に近い音で音楽を流れるようにしているため、最初はビクッと身構えてしまうが、こんなもの慣れてしまえばなんてこともない。どこか心地よく自分の世界に没頭できた。基本的に入っている曲はアニメソングだが、有名なゲームソングやアニメの主題歌になっているJPOPなどもたまに流れてくる。曲調はバラバラだが、わざわざ選曲して流すより、片っ端から持っている曲をランダムに流す方が僕は好きだった。
「……明日は何をするのかな」
読んでいた本も後書きまできてしまい、流していた曲も二週目に入っていた。そんな時、僕は顔を上げて、またつまらない独り言を呟いた。
頭に思い浮かぶのは今日の部活の出来事だった。馬鹿なことを言っているなと思っていながらも心のどこかで楽しいと思っていた。
明日が早く来ないかな。そんなことを思ってしまう僕は、気持ち悪いだろうか。
ふと、今日は先輩がとあることを帰り際に言っていたことを思い出した。
『……迷惑だったかな? 蓮くん?』
あの先輩が言っていた、迷惑とは一体何のことだったのか。
確かに、僕が正座をさせられていた時に先輩を若干なりと恨んだことを覚えている。しかし、その後には先輩も同じ罰を受けていたので、僕自身に遺恨はなかった。
僕は『人付き合い』というものが苦手だ。先輩の人見知りというと同じくらい、僕は人付き合いというものが、苦手であった。
人との距離感というものが、僕にはわからない。
家では1人で、家族との会話はほとんどなく、僕には兄弟はいない。そんな生活が基盤にあって、学校生活が上手くいくわけなんてない。上手くいく人もいるかも知れないが、僕は上手くいってなかった。
周りが流行の話題をしてても、僕にはわからない。人気な芸能人やアイドル、歌手など芸能関係などは全くわからないし、誰かとテレビを見るということもしないため、ドラマや映画などもよくわからない。そんな人間が学校の小さな社会に溶け込めるはずもなく、気がつくと、自宅と同じように1人になっていた。
僕は、小中の頃は1人いることは焦っていた。しかし、今となっては、人付き合いというものが馬鹿らしく、苦手となってしまった。結局、知識だけ詰め込んでも、周りの熱にはついていけないし、無理やり話を合わせて生きていても生きづらい。精神的に疲れてしまう結果となった。
そんなことだから、僕は人付き合いが苦手で、嫌いにまでなってしまったと思っていた。
そう、先輩と出会う前は。
入学した学校は、必ず部活動に所属しなくてはならないという話だった。内心、僕は焦っていた。
知りもしない所で、興味もない話を聞かなきゃならないなんて、今の僕には難しい。先輩のように、僕は人見知りはしないが、これからしばらく、訳もわからず、部活が楽しいですって嘘をつきながら生活するのはきついと思ったからだ。だからといって、幽霊部員として、何処かの部活にいるのも失礼なことだとも思った。
僕の中で、感情と思考が渦を巻いた。
そんな中、僕は廊下を右往左往しているとある場所で、1人の先輩に声をかけられた。
『ね、ねぇ今暇? よ、よかったら私とお話しないかい?』
顔を真っ赤にさせた、冬中先輩。その人だ。
恥ずかしいなら止めればいいのに、たどたどしい口調で言ってきた。それを聞いた僕は、え、ナンパ? と、僕は思った。
そこは文芸部の部室の前。後から先輩聞いた話曰く、部室の扉の窓からチラチラと僕が扉の前を動いていて、入りづらいのかな、と思って勧誘したらしい。あれで勧誘のつもりだったのが、驚きである。
『……ど、どうかな?』
先輩は、顔を少し傾げて僕の言葉を待っていた。顔を傾げた瞬間に、先輩の表情が困っているように見えた。その時の僕は、突然の出来事に思考が追い付いてなかった。結果的に思わず、「いいですよ」と答えてしまったのだ。
それを聞いた先輩は、はしゃぎ、一通り喜んでから、僕を部室に招いた。そこからは先輩は必死にいろんな事を話した。要点がどこかあってないが、勢いだけはあった。黙ってばかりいる僕に先輩は、一生懸命に会話を続けようとしてくれていた。
『……バカな先輩ですね』
今思えば、先輩に対して失礼な言葉だ。
確かに、僕はあの時、先輩に本のネタバレされた。しかしそんなことを怒っていたわけじゃない。まして、罵倒したかったわけでもない。ただ、先輩の必死さがどこか面白くて、聞いていて疲れなかった。いつもと違った、そのままの自分でいてもいい気がした。だからポロリと、僕は先輩に対して、あんな失礼なことを口に出してしまったのかも知れない。
その後、僕は逃げるように部室を後にして、家に帰って後悔した。
明日からどうするつもりなんだ、と。
悶え苦しみ、忘れるように眠って、気がつくと朝になっていて、学校で考えている内に放課後になった。なるべく平然とした顔で文芸部の部室に向かう。
そういえばあの時、先輩はあんな必死にいろんな話をしていたけど、ここは文芸部、とか一言も言わなかった。一番大事なことの筈なのに。
あの場所が文芸部だって事は、担任に聞いて知った。本当に大事な所が抜けている先輩だ。
そして、僕が部室につくと、部室にはまだ先輩来ていなかった。何故か、部室の鍵は開いていた。もしかしたら、あの日も先輩は鍵をかけ忘れていたのかも知れない。
僕は勝手に入っていいか、悩みながらも、さすがに人通りがそれなりにある中、2日連続で部室の前をうろうろするわけにはいかず、部室の中で待つことにした。
しばらくすると、先輩は何やらぶつぶつと呟きながら部室に入ってきた。
『あ~あ、昨日は失敗した~失敗した~失敗したよ~私~今日からどうしよ~』
先輩の呟きは、不思議とリズムをとっていた。というよりも、歌になっていた。
『……どうも』
意を決して、僕から部室に入ってきた先輩に話しかけた。
『――――えっ!! 何っ!? 幽霊!?』
先輩は僕の声を聞いて一瞬、固まった。しかし、僕を見て昨日の人物だと気づくと驚きを露にした。幽霊部員というものが頭の片隅にあったものの、まさか幽霊そのものにされるとは思ってなかった。
『行くとこないんで入部します。この本、僕も好きなので』
僕は照れを隠すように、持っていた本を先輩に見せた。すると、しばらく先輩は考え、何か思い付いたように手を叩いて、僕にある言葉を言った……今考えてみても、どうしてそういう答えになるのか、僕にはわからない。
先輩は、騒々しい人だ。だけど、先輩と話していて、今のところ息苦しいことはない。
この世の中、自分が周りに合わせなければならない。周りが自分に合わせることはほとんどない。
わかっていた。わかっていたし、理解もしていた。だからこそ、自分の居場所みたいなものを見つけられて、僕は今の状態に依存していたのかも知れない。
『……迷惑だったかな? 蓮くん?』
迷惑? むしろ、僕の存在が迷惑ではないか。
先輩の悲しそうな顔を見たのは2度目だ。1度目は、先輩が本のネタバレで謝っていた時、本当に申し訳なさそう、先輩は体を小さくしていた。そんな姿は僕は見たくなかった。それなのに、2度目を今日見てしまった。そういえば、何故、先輩に聞かれた時、僕はすぐに答えなかったのだろう。
迷惑ではないですよ。そう言えば、よかった。でも、出来なかった。その話を先送りにしてしまった。
文芸部の存続。そのためには、先輩が言ったように何かしらの成果が必要だろう。
小説を書く。先輩が書くこと対しては文句などはない。しかし、僕は…… 。
気がつくと、深夜に差し掛かっていた。思ったよりも考え込んでいたようだ。不意に、腹の虫が鳴いた。
「はぁ……いろいろ面倒だなぁ」
また、僕はため息をついて外出を急いだ。
【長編版】あまり頭がよくない文系の本好きで、何が悪い!! 猫のまんま @kuroinoraneko
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