もし君が明日死んだなら
水無月 漣花
第1話
もし君が明日死んだなら
もし君が明日死んだらどうしようか。私の隣に腰をかけ、彼は陽気に笑って言った。
いや、どうしようも何も私死んでるんでしょう?
心の中で笑いつつ、彼の話の続きに耳を傾ける。
「何の変哲もない晴れた日なのに、君は天国に旅立つんだ。雨が降ってるよりいいかな?死んだ後にびしょ濡れになって天に登るなんて嫌でしょ?」
天国なんて本当にあるの?
疑問を抱きつつ、口には出さない。心地良い響きに身を委ね続ける。
「明日、君が死んだら俺は誰と結婚するんだろうね?面食いだから君と同じくらい綺麗な人を見つけて、きっと振られないように尽くし続けるんだろうなぁ。あ、今笑ったろ‼︎」
私の手を揺する彼が、不服そうな声を上げる。こういう所が可愛いから困る。言うと拗ねるから秘密だけれど。
「それで、3年も経たない内に結婚するんだろうなぁ……だって今から3年後って俺もう三十路だからね。白くて大きい教会で白いタキシード着て、隣には綺麗なお嫁さん。幸せだろうなぁ」
容易く想像できるその光景が胸の奥をチクチクと刺すのを感じる。嫌だなぁ、なんて言う資格もないのだけど。涙こそ出ないが彼を抱きしめたくなる衝動を堪えた。
「あ、ねぇ。今嫌だなぁって思ったでしょ?ね、ね、思ったよね?」
しつこいなぁ…思ってないよ。思っちゃいけないんだよ。
「俺の隣に君以外が立ってるのなんて俺も嫌だなぁ……。
……だから早く、目、覚ましてよ」
彼の頬を伝う塩水が一滴、私の手に落ちた。
泣かないで、泣かないでよ。私、隣にいるよ?ちゃんと聞こえてるんだよ?
「なんで、なんでだよ⁉︎いつもいつも、どうして君ばっかりっ‼︎無茶すんなって言ったじゃん……どうして……」
涙色の滲む小さな叫びは、痛いほど私の胸を締め付けた。ごめんねの声が届かない。それだけの事実がこんなにも辛いだなんて、知らなかった。知りたくなかった。
「なあ、目ぇ覚ませよ。……っ覚ましてくれよ」
彼が握りしめた私の手の甲はもはやびしょ濡れで、それでも私は彼の頭を撫でることすらできない。ごめんね、と音にならない声が憎かった。
彼の隣に立ちたい。彼と一緒に笑って、泣いて、日々を過ごしたい。彼と共に、生きたい。まだ間に合うだろうか。私が幸せを願っても。心配ばかりかける私でも、彼の隣を望んでもいいというならばーーーー
「た、だいま」
小さくて掠れた音は、しっかりと彼に届いていたようだ。濡れそぼった瞳から、新たに透明な滴が流れ落ちる。
見慣れない真っ白な天井と、泣き腫らした彼の顔。非日常的なその光景がどうしようもなく愛しくて、視界が滲んで揺れた。紡ぎたい言葉はいくつもあったはずなのに、口から溢れるのは嗚咽ばかりだった。
「っ……おかえり」
震える声で微笑みを湛えながら、私の愛しい人は呟いた。
もし君が明日死んだなら 水無月 漣花 @renka0609
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