あれが来る

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話

 前書き。スティーヴン・キングの「IT」全四巻にインスパイアされたぼくのオリジナル作品です。あんな長いものを読むのは面倒くさいでしょうから、わたしが短編にまとめました。ちゃんと、インターネットでスティーヴン・キング氏に許可をもらっています。


  1


 それは夏の日の午前十時頃だった。不思議な胸騒ぎがした。それでマンションの五階の窓の外をのぞいて見てみると、雲にぼっと穴が空いて一隻の宇宙船が空から墜落してきた。宇宙船は愛知県安城市の中心部に墜落し、どこかの家に直撃した。半径一〇〇メートルくらいに風が吹き、砂煙がもうもうと町の周囲に広がった。

 ぼくは見ていた窓に砂がぶつかってくるのを確認すると、墜落した宇宙船を見るために出かけることにした。

 いったいあの宇宙船もどきは何なのだろう? 見たこともない異様な形容をしていたが、とても人類の作った物とは思えない。

 宇宙開発機構から何か事故の発表でもあるのだろうか。あんな大きな物体を町中に墜落させて、死んだ人がいなければよいが、これはただの事故ではすまされない。絶対に後で大問題になって、宇宙開発機構の偉い人が責任を追及されるだろうと思って、ぼくはなんだかそわそわした。

 現場にたどりついて見ると、宇宙船の墜落した家は半壊し小さな火事になっていた。消防車がやってきて火事の消火に当たっていた。

 見物客が大勢やってきていて、警察が交通整理を始めていた。

 ぼくは友人の中村もこの墜落現場を見に来ているのを発見して声をかけた。

「よう、中村。いったい何が落ちて来たんだろうなあ?」

「わからん。そのうち発表があるんじゃないか。あんなデカいものが落ちてきて、そりゃ、直撃くらっていたらすごい不運だわ」

 見ると、一匹の猫がやってきて路上でくああっとあくびをしたところだった。

「まあ、何にせよ。発表を待たないと何にもいえないわなあ」

「うーん、なんか嫌な予感がするんだよね」

「あの家の中に入ったら怒られるかなあ? 宇宙から落ちて来たものってかなり興味あるんだけど」

「おまえ、宇宙とか好きなのか」

「まあね」

「将来、宇宙飛行士になりたいとか?」

「まさか、そこまでは考えていないよ。でも、宇宙のことを考えているとわくわくするよ。いったいこの空の向こうはどんなふうに世界が作られているのか、すごく興味がある」

「ふうん。まあ、おれも興味ないわけではないけどなあ」

 ぼくと中村は、宇宙船の墜落した家を眺めながら、その宇宙船のやってきたであろう空の向こう側に思いをはせた。宇宙はなんと素敵なところなんだろう。いつか一度は行ってみたいものだ。無重力でふわふわ浮いてみたい。宇宙から地球を眺めてみたい。

 そんなことを考えていたぼくだったが、小さな騒ぎが起こった。宇宙船の墜落した家の住人は無事だったけど、近所のおばちゃんが血を吐いて倒れたのだ。

 この時のぼくはまだ知らなかったが、あれはすでに活動を開始していた。

 猫はのんびりひげを足でかこうとしていた。

「お集まりのみなさん、墜落した物体は宇宙開発とは無関係な隕石です。万が一、病気が発生したらいけませんので決して近づかないでください。お集まりのみなさん、墜落した物体は宇宙開発とは無関係な隕石です。万が一、病気が発生したらいけないので決して近づかないでください」

 警察が拡声器で放送し始めた。

「隕石って、確かに宇宙船に見えたぞ」

「ああ、おれも見た。UFOだ。UFOだ。宇宙人が侵略にやってきたんだ」

 ぼくは中村の目を見て、

「安易に宇宙人なら侵略と決めつけるのは早い。友好的交渉をするのが重要だ。何より、あれを分析して調査してくれないと」

 すると中村はうへえといって両手をあげて、

「まあ、きちんと調べてくれないと困るわなあ」

 といった。

 猫がてくてくと歩き始めた。

「しかたない。帰るか。安城市にUFO墜落かあ」

 とぼくと中村はそれぞれの自宅に帰ることにした。まだ残って見学していた人もいたし、警察と消防、救急は仕事をつづけていた。

 近所で血を吐いたというおばさんは、あまりにもタイミングがよすぎるってことでテレビのニュースに出演するらしい。

 この時はまだ誰も、あれの恐ろしさを認識してはいなかったのだ。


 あれは夜に動き始めた。

 その日の晩、子供たちがいっせいにみんな怖い怪物の夢を見た。

 墜落した家の近所の血を吐いて倒れたとは別の人が上半身をばっさり切りとられて発見された。家族は悲鳴をあげ、殺人事件ではないかと調査が始まった。

「なんで、上半身が切りとられるんだ? そんな殺人犯いるか?」

「やっぱり宇宙人の侵略なんだよ。研究のために脳を切除しているんだ」

「だいたい、切りとられた上半身はどこに消えたんだよ」

「宇宙人が持ってっちゃったんだ」

 ぼくは町で一人死んだということに言い知れぬ不気味さを感じていた。あの墜落した隕石、まちがいなく宇宙船だった。まさか、本当に宇宙人が。

 その時はぼくはまだ知らなかったが、血を吐いて倒れたおばちゃんが病院で息を引きとっていた。

 それから一週間がたった。警察が重い腰をあげ、テレビと新聞、さらにネットや学校などの公共の施設で大々的に発表された。

『この一週間で安城市に不審死が六十四件起きている』

 いくらなんでも多すぎだ。

 ぼくは言い知れぬ不気味さを感じていた。不審死? それは原因がわからない死ということであり、死因の統一性はないらしい。血を吐いて倒れることもあれば、上半身がなくなることもあるということである。教えてはもらえないが、もっと残酷な死に方をした人も大勢いるらしい。

 学校で騒ぎになった。

「どうすんだよ、宇宙人に襲われて、おれたち死んじゃうんだよ」

「落ち着け。宇宙人だと決まったわけじゃない」

 しかし、中には不審死に関わった人もいて、たいへん怯えていた。その人の話によると、

「家具に姿を変える怪物に食べられているの!」

 だということである。

 それで、ぼくたちは家具に姿を変える怪物を探しに、授業をサボってくり出したのである。

 一日中、町中を聞きこみにまわったけど、警察が見張ってて中身を知ることはできなかった。実態は庶民に知らされないまま処理されるのであろう。

「警察も、さすがに宇宙人に負けないでしょ。銃で撃つとか、火炎放射器で燃やすとかあるんでしょ」

「いや、宇宙人に警察が勝てると考えてる方がどうかしているよ」

 それで、たまたま出会った同じ学級の女子加藤に聞いてみた。

「どう、様子は?」

 加藤はびくびくしていた。顔が青ざめている。

「あれは宇宙から来た悪魔よ。あたしたちみんな殺されるんだわ」

「あはははは、さすがにそんな大事にはならないでしょ?」

 ぼくは加藤のことばを笑ってしまったけど、加藤は真剣な表情でいった。

「何をいっているの。このままいけば、人類は絶滅するのよ」

 ぼくはさすがに怖くなってきた。

「おおい、学校に宇宙人が現れたそうだぞ」

 と呼び声があって、ぼくは中村と加藤と一緒に学校へ走った。


 学校は大騒ぎだった。

「いったいどうしたんだよ」

「わかんない。生徒が殺されている。こんなの絶対に殺人事件なんかじゃないよ」

「殺されたのは誰だ」

 ぼくは事件の渦中にある生徒のところへ行ってみた。先生が集まって、生徒に見えないようにしている。

 泣いている女子に話を聞くと、

「壁が、壁が口を開けて食べちゃったの。壁が、壁が口を開けて食べちゃったの」

 といっていた。

「くそお、どうすればいいんだ」

 などと、ぼくが間抜けな感想をもらしたら、泣いていた女子の鋭い声が飛んだ。

「気をつけて。怪物はまだ学校にいるかもしれない」

 ぼくはおしっこをもらすかと思った。

「どういうことだ。家具に化ける怪物なんだな、宇宙人は。くそ、犠牲者は一人で食い止めるぞ。戦うぞ、おれは」

 といったら、見知らぬ男子が怒鳴った。

「死んだのは四人だ」

 気をつけなければならない。怪物はすぐそこにすでにいるのかもしれない。たった一週間で百人近くが殺されている。そいつが今、学校にいる。怖い。ぼくは心底怖いと思った。なんでこんなことになったんだ。

 落ち着いて見ろ。ここは怪物が現れた現場のすぐ近くだ。あれがいる可能性は高い。廊下の壁になりすまして、ぼくを襲ってくるかもしれない。

 注意深く見てみると、なんか、壁が不自然だ。小さく脈動している。ぼくの目の前の壁が小さく脈動している。

「すぐそこにいるぞ、中村、加藤」

 ぼくは叫んだ。

 がばっと壁が口を開けて、中村の右足を食べた。

「うわあああ、助けてくれ、みんな」

 中村は悲鳴をあげた。

「逃げて、みんな!」

 加藤が叫んだ。

 逃げてたまるか。怪物を倒すんだ。

 ぼくは溶けた壁のような塊に飛び蹴りを加えた。どすんと鈍い感触があった。

「警察にいって火炎放射器を借りてこい」

 ぼくは叫んだ。

「宇宙人に、宇宙人に殺される」

 中村が口走った。

「宇宙人なんかに負けてたまるか」

 ぼくはロッカーの中からモップをとりだして、怪物に叩きつけたけど、怪物が口を開けてがばっとぼくの左手を食べた。すんごく痛い。

「逃げて。逃げて」

 加藤が片足をなくした中村を抱えて引きずっていこうとしていた。ぼくも走って逃げようとしていた。

 バシャンッと川口君が怪物に水をかけた。

「水なんて意味あるもんか」

 とぼくはつぶやいたが、ぼくのモップも意味があるかは激しく疑わしかった。

「いや、驚くかなと思って。この宇宙人、知性あるのか?」

 川口君がいった。

 怪物は再び壁のふりをして脈動し始めた。

「学校にある武器で宇宙人に勝てると思うか?」

 ぼくは川口君に聞いた。

「無理だよ」

「警察や軍隊なら宇宙人に勝てると思うか?」

「それは試してもらわないとわからない」

「くそっ、人類は絶滅するのかよ」

 ぼくが吐き捨てるように叫ぶと、怪物から答えがあった。

──我は、宇宙人ではないぞ。

 震える女性のような声でそう聞こえた。もう日本語を学習している。かなり知性は高い。

「宇宙人じゃないなら何なんだ、おまえは」

 ぼくは叫んだ。

──我は、外なるものなり。

「外ってどこの外だ。地球の外か。太陽系の外か。銀河系の外か」

──我は、宇宙の外から来たものなり。

 ぞっと背筋が凍るほどの恐怖を覚えた。

 勝てない。警察でも軍隊でもこの怪物には勝てない。

──我は、宇宙を食らうものなり。

 怪物は気持ちの悪い女の悲鳴のような声でいった。

 そこに猫がやってきた。

 宇宙船の墜落現場でも見かけた猫だった。なぜ、あの猫がこんなところに来たのかさっぱりわからない。動物は本能で自分より強いものを避けるのではないのか。猫が学校に入ってくるなんて、めったにあることじゃない。

 猫はてくてく歩いている。

──なんだ、猫か。久しぶりだな。宇宙が始まる前には、わたしと猫しかいなかった。

 怪物が声を穏やかにして話している。

 猫は、

「にゃあ」

 と鳴いた。

──猫は愚かで臆病だ。わたしを怖がっているのだろう?

 猫は、

「にゃあ」

 と鳴いた。

──我は、宇宙を食らうものなり。猫に分け与える余地はない。

 猫は、

「にゃあ」

 と鳴いた。

 光が学校を、いや、安城市全体を包み込んだ。

──猫よ、我は不死なり。

 猫は、

「にゃあ」

 と鳴いた。

 そのまま怪物は蒸発して消えてしまった。壁の脈動はなくなった。

 ぼくらは茫然としていた。

「なあ、猫さん、あんたいったい何者なんだ? 宇宙が始まる前からいたって?」

 猫は答えた。

「我輩は猫である。むかし、宇宙を創った」

 え? まさか、神さま?

 気づくと、猫はひょんと走って学校から出て行ってしまった。

 以後、あの猫を見かけたことはない。

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あれが来る 木島別弥(旧:へげぞぞ) @tuorua9876

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