わたくし、馬でございます

zakky

わたくし、馬でございます

こんにちは、わたくし、「うまの」と申します。

はい、お馬さんの馬に野原の野と書いて馬野でございます。

実はわたくし、とある事情でただいま現在、なんと馬になっております。といいますのも、わたくし元は人間だったはずなのです。もちろんこの話を聞いた方はきっと「そんな馬鹿な話があるか、馬だけに」と気持ちのいいダジャレの一つでもおっしゃていただけるでしょうが、いやいや冗談ではなく本当なのです。別に名前が馬野だからといって人として生きることを咎められたことはございませんし、いち会社員として窓際の指定席を長年温め続けられたことには誇りさえ持っております。部下たちもにも多少生っぽくもありながら温かい視線を頂戴しておりました。

あ、関係ない自分語りをしてしまいました。申し訳ございません。なぜわたくしが馬になったか、人間だった頃の最後の記憶がかろうじてこの今はふさふさのおでこの白い部分にございます。わたくし気分転換に牧場でも行ってみましょうかと都心から二時間ほど離れた場所へ在来線特急に乗りヨホホイといきまして、そこでお馬さんに出会ったのです。ええ、とっても大きな、馬用語でいえば馬格が素晴らしいお馬さんでした。その雄大な姿と風格はまるでウチの社長のようでして、わたくしこの方には逆らってはいけないと直感的に感じました。わたくしは関東でも五本の指に入るといわれたご挨拶スピードで、慌てに慌てつつもなんとか鞄に忍ばせていた非常用名刺を取り出しまして挨拶とともに差し出させていただきました。お馬さんの方はその姿にたいそう驚きとお怒りをされたようで、うなり声をお上げになられてましたが、わたくしとしてはこうべを垂れるほかなく、必死の気持ちで頭の角度を鋭角に下げ続けておりましたがその瞬間後頭部に衝撃があり、気づいたときにはこうなっておりました。ええ、おそらく社長がするように、あの方も挨拶をするわたくしの頭をペシンとお叩きになったのかと思います。柵があったのでどうやってお叩きになったのか存じませんが、それはもはや問題ではございません。というわけで、わたくし現在、馬でございます。


「あー、こんなところにいたのねウマノ」

「ブヒヒン」

この方はゴブリン族のゴブリーさんとおっしゃる方です。体はわたくしの足の半分ほどしかない小さな方なのですが、とても頭のよい方です。といいますのも、わたくし今発声しましたとおり馬語しか話すことができません。なのにゴブリーさんは馬語を理解できるのです。彼女のような豊かな能力を持ち合わせた方と馬が合いこうして友人づきあいをさせていただきとてもありがたく存じます。初めての馬体験で勝手がわからずいななくことしかできなかったわたくしに、わたくしが馬であることと、この世界のことを教えてくださったのもこの方です。

「いつもの湖まで遊びに行こー」

「ブッヒヒーン」

今日も今日とてわたくしとゴブリーさん行きつけの湖に繰り出しました。湖の精霊であるビビアンさんはとても気さくな方でわたくしの全力連続回転にもおなかを抱えて笑ってくださいます。転がるだけで笑ってくださるので、わたくしは馬になれて本当に良かったなと心の底から思いました。

さて、湖に着くといつもいる魔物や動物の方たち以外の方がおりました。

「君だね、元人間さん。私は賢者のサクセスという」

豪奢なローブのようなものを羽織った彼はそうおっしゃいました。どうやらウマなったわたくしのことをご存じのようでしたので、お辞儀代わりにまえ膝を折り頭を下げさせてもらい、お初にお目にかかりますサクセス様わたくし馬野と申します今後ともよろしくお願いいたします申し訳ございませんあいにく名刺を切らしておりましてご挨拶だけになってしまいますがご容赦くださいという気持ちを込めてブヒヒンとご挨拶いたしました。

「知ってるから挨拶とかいいよ。時間もないからいうけど、君には勇者たちを導く存在になってほしい」

「ブヒン?」

「勇者たちが魔王を討伐するために必要な伝説の剣を作ってほしいのだ。そして剣をこの湖の精霊に預けてほしい」

これはこれはどうしたことでしょうか。わたくしがなんと、あの、あの伝説の勇者を導くという責任ある立場になるとは。今まで責任ある立場といえば朝のトイレ掃除番長、ゴミ出し番長、コピー機番長、シュレッダー番長などしており、それは大変名誉な立場でしたがまさか人を導く立場になれるとは。

「この仕事が成功した暁には、お前を元の人間の姿に戻し、元の世界に帰してやろう」

「……」

「なんだ、戻りたくないのか」

「ブヒン」

光栄なる仕事、謹んでお受けいたします。とわたくしは申しました。さらに納期、予算、裁量権はいかほどでしょうか? と伺いました。トイレでもゴミ出しでも何の仕事でも、この三点は重要だと考えております。

「納期? なるべく早くな。予算? 自分だけでなんとかしろ。裁量権? なんか知らんが私に迷惑をかけるな」

そういって賢者様は宙に浮きどこかへ去って行かれました。

「ウマノ、どうするの?」

「ヒヒン」

「そうだよね、断る理由はないよね。じゃあいいこと教えてあげる。ここから丘を二つ越えた町にその剣を作る鍛冶屋がいるの。あたしも準備して一緒に行くから、ちょっと湖の外で待ってて!」

「ヒン! ブヒヒーン!」

「……いいのかい? ゴブリー」

「なにが? ビビアン」

「奴が勇者の味方になるってんなら、あんたの敵になるってことだよ。実際奴と戦うことはないと思うが」

「……いいよ。だって元に戻れるならそっちの方がいいじゃん。さあ、変装しないと!」


それからわたくしとゴブリーさんは丘を二つ越えた先の町にたどり着きました。

大きな町です。土と石の建物ばかりで、わたくしが人間の頃いた場所からは不便そうですが、皆さんの活気がよく聞こえてまいります。

ゴブリーさんに導かれるまま鍛冶屋までやって参りました。もくもくと煙が立ち上っており、昔学校にあった焼却炉のことを思い出し懐かしんでおりました。

中に入ると店の奥の方からカンカンと音が聞こえ、誰かが何かをたたいてらっしゃいました。

「……らっしゃい。ちょっとまってな。おいサダオ! ちょっとこれやっといてくれ!」

「えぇー! やだよ父ちゃん! オレは鍛冶はやらねえっていってんだろ! 勇者になるんだよ!」

「うるせえ! 寝ぼけたこといってねえでやれってんだよ! ちょっと押さえとくだけだからほらやっとけ!」

野太い男性の声と少年の声が聞こえました。会話から察するに親子でしょうか。

男性はしばらく何かをした後、こちらにやってきました。

「買いもんか? それとも作ってほしいもんでもあるのか?」

「ブヒヒヒン」

「……なんだこれ?」

「わたくしはウマノと申します。こちらわたくしの名刺でございます。お恥ずかしながらこのようななりで名前を書くこともできないため、僭越ながらわたくしの蹄のあとをこちらの紙に押させていただきました。今後とも何卒よろしくお願いいたします。とこちらのウマがいっています。あたしはゴブリー、よろしくね。」

「……はぁ? なんだい嬢ちゃん、じゃあ今のをこのウマがいったってのか?」

「ヒヒン」

「もちろんでございます。困惑させてしまい大変申し訳ございません、謹んでお詫びいたします。さて、早速ではございますが本日こちらに来たのは他でもございません。わたくしの雇用主、賢者様に依頼されたのですが、こちらで勇者様が魔王を倒すための伝説の剣を作っていると聞きまして、是非その剣をご納品していただけないかと参りました次第でございます。つきましてはまず見積もりをしていただきたいのです。わたくし見ての通りただのウマでしてこのようなことは初めてでございます。そのため最初はご迷惑をおかけいたしますが何卒ご容赦くださいますようお願いいたいいたします……といっています」

「嘘だろ、今の。そんなのあのひと鳴きでいえるはずが」

「ヒン」

「いえそれが本当なのでございます。わたくしも最初は同じことを思っていたのですが、わたくしが普段使っている言葉ひとつひとつを思い返してみるとそのひとつひとつにの中にたくさんの意味が含まれていることを実感いたしました。例えばわたくしが使っていた……」

「あぁーわかったわかった! うるせえって! わかったからしゃべるな! 伝説の剣だな! 作らねえよそんなもん!」

「ヒヒーン!? ブヒヒヒン! ブブヒヒン!?」

「え!? といっています」

「嘘だろ! 今までで一番しゃべってたぞ!」

「ヒヒーン」

「なぜですか? といってます」

「なんでって作りたくねえからだよ。俺は忙しいんだ、他に用がねえなら帰ってくれ」

これは困りました。

作りたくないから作らないというのは理由として極めて合理的なもので、わたくしもそれには完全に同意するしかございません。つまり手詰まりです。

お店をわたくしの体が占領し続けるのもよくありませんので振り返り出口へ向かおうとすると、それを遮るように人影と馬影が立ち塞がりました。

「んー? 馬? だれか賢者がいるのかー? いないみたいだな。なんで馬が一頭だけでいるんだー?」

「ブルルルル」

わたくしより二回りは大きい体を持つ馬の方と、人間様の方はサクセス様と同じご制服をお召しになられているようですので、同じ職場の方でしょうか。馬の方にはなんだずいぶんみすぼらしいナリした馬じゃねえか、俺の邪魔すんなよとご挨拶なさいましたのでこちらも負けじと少々食い気味ではありましたが名刺とご挨拶をさせていただきました。

「鍛冶屋の主人ー。僕たちに伝説の剣を作ってほしいんだけど、いいかなー?」

「……ったく次から次へと。いいか、こいつらにもいったんだがな、俺はんなもん作るつもりはねえよ」

「えー!? それはこまるなぁー」

「ブルル! ブルル!」

「え? 壁? ……なーんだ、ここにあるじゃないかー。主人、これを譲ってくれー」

「剣のナリを知ってやがったのか」

「まーね。僕は情報を集めるのが得意だからさ。それよりこれを僕にくれないか? あまり聞き分けがないと僕の横にいるこの「ホース」が建物をこわしちゃうかも」

「ほう、脅しかよ。これで賢者様とは聞いてあきれるな。まあきれい事言うような奴よりかはましだけどな。とはいえ家を壊されるのは勘弁だ。なにかいい方法は……と」

鍛冶屋のご主人がこちらをチラリと見た後、口角を上に上げたのが見えました。

「実はお前だけじゃなくこの馬にも同じものを頼まれてるんだ。だからお前らが勝負して勝った方にこいつをやる。負けた奴は潔く諦めろ。いいな」



……というわけでわたくし、町の外を眺めております。

「負けちゃったね」

はい、勝負はわたくしの負け。

500メートル走、わたくしのようなただの駄馬があのような素晴らしい四肢を持った方に勝てる道理がございません。馬の世界は人の世界以上に厳しいと実感いたしました。なにせ頼れるのはこの四本の脚だけですので。

「お前ら、勇者の関係者なんだって?」

負け犬ならぬ負け馬となったわたくしたちに声をかけてきた少年。そんなお優しい方は誰だろうとそのご尊顔を拝見いたしますと、それはあの鍛冶屋主人の息子さんのサダオさんでした。ご挨拶がまだでしたので早速名刺をお渡しさせていただき、これまでの経緯を簡単にご説明させていただきました。

「ふーん。やっぱりなるなら勇者だよな! みんなを守れるし、かっこいいし! オレでかくなったら」

目をキラキラとさせるサダオさん。どうやら勇者という職業に憧れを持っているご様子。勇者という素晴らしい職業を目指すことはとても素晴らしいことです。

「勇者以外の職業なんてだめだよな! 鍛冶屋なんてどれだけすごい剣作っても他の奴のものになっちゃうだけだし、目立てないし、熱くて面倒くさいだけだし!」

「ヒヒン」

いえいえ、そんなことございませんとわたくしは申し上げました。鍛冶屋はとても素晴らしい職業ですし、勇者以外の職業も素晴らしいものばかりです。

「うっそだあ。そんなことないよ」

いえいえ、嘘でもございません。サダオさんはまだご存じないだけなのです。わたくしもサダオさんの頃は同じようなことを思った時もございましたが、今はこの世には素晴らしい職業があふれていると考えております。

「じゃあ教えてよ」

「ヒヒーン」

はい、承知いたしました。と、わたくしはゴブリーさんを通してお話をさせていただきました。そもそもゴブリーさんのようにいろいろな言葉を訳し、伝える方がいるからこうしてわたくしたちは話をできていること。例えば勇者が素晴らしい職業であるからと皆が勇者になってしまったのなら、剣も鎧も盾もできないこと。例えば宿屋がなくなれば休むところがなくなってしまうこと、例えば食べ物を売る人がいなくなれば毎日食べているご飯を食べるのも難しいこと。いろいろな人がいて、様々な職業があり、働いてくれる人がいる。人が生きていくのに素晴らしいことなのだと。わたくしのようなできることが少ない駄馬が僭越ながらご説明させていただきました。

「ふーん。なんか難しい話だね。でも、鍛冶屋はダサいわけじゃないのはわかった」

「ヒヒン!」

その通りでございます! サダオさんのお父様の仕事は素晴らしい! それがわかっていただけただけでも十分でございます。サダオさんは将来きっと素晴らしい大人になるでしょう。


わたくしはサダオさんと別れたのち、伝説の剣の新たな手がかりを求めて、町で働きながら逗留することにいたしました。仕事をするために様々な場所に応募し、面接し、名刺もお渡しさせていただきました。わたくしのような駄馬でもできる仕事を与えてくださった町の皆様には感謝を申し上げます。人よりちょっとだけ速く走れるわたくしは手紙の配達、人よりちょっとだけ重いものが運べるわたくしは荷運びをさせていただきました。仕事をし、知り合った方に名刺を渡し、ご飯を食べる。それは素晴らしい日々でございました。


それから数日後のこと、

「おいお前ら、話がある。ちょっとこい」

そうお声がけをいただいたのは鍛冶屋のご主人。わざわざわたくしのところまで来ていただき、それだけで多大なる感謝を申し上げました。何かお手伝いをさせてもらえるのかな、と駄馬ながら淡い希望を胸に抱いておりました。

「礼が言いたくてな」

と、ご主人は話し始めました。

「サダオが、鍛冶屋になりたいって言ったんだ」

「ヒヒン!」

「勇者はいいのかっていったんだがな。「鍛冶屋がいなくなったら勇者の武器が作れないから勇者が魔王を倒せない。鍛冶屋はすごい仕事だ」ってな。今まで鍛冶屋やってきて一番うれしい言葉だったぜ。聞けばあんたが色々教えてくれたんだってな。ありがとよ」

なんということでしょう。その話を聞いてわたくしはうれしさのあまりいななきながら立ち上がってしまいました。危ないと怒られてしまいました。大変申し訳ございませんでした。

「なにか礼がしてえ。俺に何かできることはねえか」

いえいえ、わたくしはなにもしておりませんのに、こうしてお礼を言われる以上のことなど、求めるはずが……。

「じゃあ伝説の剣作ってよ」

「ヒヒン!?」

「そうかその手があったか……だが、俺にはもう作れねえんだ」

「作りたくないからだっけ?」

「いや、あれはでまかせだ。作りたくねえんじゃなくて作れなくなったんだ。あれを作るには鍛冶の腕だけじゃねえ、鍛冶屋が持ってる魔力が必要なんだ。俺には魔力がもう残ってねえ。この前あんたらが勝負に負けて奴らに渡したこの壁の伝説の剣な。あれもただの模造品だ。なんとかしてやりたいがこればっかりはどうしようもねえ、すまん……」

「じゃあオレが作るよ父ちゃん」

「サダオ……!」

「オレの初仕事、こいつらのためにやりたい!」

「……サダオは小さい頃から俺がちょっとずつ鍛冶の仕事に慣れさせた。こいつには才能がある、こんなガキの癖して俺と同じ仕事ができるくらいな。腕も魔力も俺が保証する、こいつに伝説の剣を作らせてくれねえか、頼む!」

「ブヒヒーン!」

頼むなんてとんでもございません! 是非こちらからよろしくお願いいたします! 後で契約書をお渡ししますのでそちらにサインをお願いいたしますね!


それから十日ほどたったでしょうか、ついに伝説の剣が納品されたのでございます。

重ね重ね、五十回ほど礼を申し上げ、粛々と剣を受け取ったのでございます。

「その剣は剣だけでとんでもねえ力がある。勇者以外で鞘から抜いたら力が暴走しちまうから気をつけろよ」

ヒヒンと大きな返事をして慎重に慎重に剣が入った鞘をくわえさせていただきました。

そして町の外に出ました。

振り返った町は最初にたどり着いたときと変わらず、穏やかで暖かいものを感じました。特に決めていたわけではなかったのですが、自然と頭をそのまま下げていました。ありがとうございます。そう言いたかったのです。

「ちょっとちょっと!!」

「ヒン?」

「落ちてる! 剣が鞘から抜けて落ちてる!」

「ヒヒン!?」

見ると抜き身の剣が地面に落ちていました。

どうやら振り返って頭を下げた時にくわえていた鞘から剣が抜け落ちてしまったようです。

発光し、どんどん輝いていく剣をなんとか鞘に納めようと試みました。

しかし、わたくし馬なので、うまく剣を納めることができません。

剣はさらに光り輝き刀身が見えなくなりました。

「キャーーーーーー!」

「ブヒヒヒーーーーーン!」

瞬間、剣先から放たれた光は雷と風をまとわせ大地を轟音とともに駆け抜けました。それは地をかけ、川をかけ、丘をかけ、山をかけて遙か地平線の彼方まで進んでいったのです。

わたくしたちはしばらくそれを呆然としてみていましたが、ふと我に返ると、光が消えて黒焦げになった剣を慌てて鞘にしまい湖へと駄馬脚を進めました。

「大丈夫かな、剣……」

「ヒヒン……」

湖に着くとゴブリーさんは心配そうに剣を見つめました。剣は握りの部分まで黒焦げになっておりました。わたくしお世辞は得意ではございませんので、この姿を見てこれこそがこの剣の全盛の姿でありますと馬胸をはっていうことはできませんでした。おそらくこれはもう……。

下を向いたまま湖へと歩いてきましたが、地面は見てるようで見えていませんでした。

「ヒヒン!?」

そんなことを考えていて集中のかけらもないわたくしにさらに自業自得の展開が訪れました。あろうことか足を滑らせさらにあろうことか剣を湖に落としてしまいました。しかも鞘ごとにございます。これはもう取り返しがつかないことをしてしまいました。

「んん? なーんか湖に降ってきたから上に上がってきたらあんたたちか、久しぶりだね」

湖のからは精霊のビビアンさんが出てきました。いつもの姿を見て落ち込んでいたわたくしは幾分かホッといたしましたが、申し訳ないことをしてしまったと正直に話しました。

「あー伝説の剣ね。ちょっと探してくる」

そして湖に潜ったビビアンさんはすぐに戻ってくると、その手には二つの剣が握りしめられていました。

「二つあったんだけど、この普通の方と黒焦げの使えない方どっち?」

わたくしはもちろん黒焦げの方だと正直に答えました。

「ま、そうだよね。鞘にあんたの歯形があったし。ほい、じゃあ返すよ。もう落とすなよ」

「ヒヒン」

「アタイもうお昼寝するから、夕方また話そうぜ、じゃあ」

「ちょっとまってビビアン!」

「ん? どうしたゴブリー」

「あたし知ってる! 湖の妖精の話!」

ゴブリーさんが言うには湖にものを落としてしまったとき、落としたものとそれと同じ種類でさらに素晴らしいものを提示され、自分が落としたものを正直に答えるとどちらもくれるというものでした。なるほどそれは素敵な話ですねと思いました。

「いやそれは別の湖の話だから、ウチではやってない。んじゃ」

他社様の話でございましたか。いつかそちらにもご挨拶に行きたいですね。

「おいウマノ! 伝説の剣を手に入れたのだろ! すごい力だったな!」

やってきたのはサクセス様でございました。

わたくしは黒焦げの剣をお渡ししつつ現在までのあらましを丁寧にご説明させていただきました。

「なんだよ! それじゃあこの剣はもう使えないじゃないか! 魔力も残ってないし! やっぱりただの駄馬だなお前は! 鍛冶屋も鍛冶屋だ! 首を振ったぐらいで簡単に抜ける鞘を作るな! いいか、早く鍛冶屋に戻ってもう一振り剣を作ってこい!」

そういってサクセス様は去って行きました。「なんなのあいつ!」とゴブリーさんは怒ってしまわれましたが、サクセス様の言うことはもっともでございます。いえ、鍛冶屋のお二人は何も悪くございません。わたくしが駄馬である、それが今回すべての元凶でございます。

日も暮れてきたのでその日は湖で過ごすことにいたしました。

起きてきたビビアンさんにいつも通り、全力連続回転をご覧に入れると腹を抱えながら湖の上を転げ回っておりました。湖の上を転げるとはとても器用な方だな、と尊敬いたしました。

「ハー笑った笑った! 何で面白いのかわかんないけどおもしろいんだよなー! 凄いよあんた。そうだ、これいつも笑わせてくれるお礼な。とっときな」

といってビビアンさんはどさっと地面に何かを置きました。

「伝説の剣! ビビアン、やってくれたわね!」

「面白いもんに投資する。これがウチの流儀だ」

渡されたのは伝説の剣でした。ビビアンさんから話を聞くとこれは鍛冶屋の主人が昔作ったものを湖に預けたとのことでした。

「どうして教えてくれなかったのかしら……いや、多分忘れてたのね。でも良かったわ!」

全力連続回転をしながら喜んでいると人影が降ってきました。どうやらサクセス様のようです。しかし、何かとても落ち込んでるようでした。

「……もう手に入れたんだな。いや、それよりすまなかった」

サクセス様は開口一番おっしゃられました。

話を聞くと、わたくしたちのこれまでの行いは「正しい」ものだったということでした。最初にサクセス様が言われた「勇者たちを導く存在」というものは、伝説の剣を渡すことだけではなく、魔王への道を指し示すことでもあるということです。わたくしたちがサダオさんたちからいただいた伝説の剣で作ってしまったあの割れ目は、そのまま魔王のいる城まで届いていたらしく、それが道を示すことだったということです。そして、本来この作業は賢者が行わなければならないらしく、仕事をさぼったことと大地をえぐってしまったわたくしの監督責任もあり、賢者様の上の大賢者様から大変絞り上げられてしまったようです。

「なんにせよこれで準備は整った。お前を人間に戻し、元の世界に帰してやろう」

おお、なんとわたくしは仕事を無事達成できたのですね。こんな駄馬のわたくしが。それもこれも皆さんのおかげでございます。

「ねえウマノ……」

ゴブリーさんが悲しそうな目でこちらを見ています。

そうです。元の世界に戻ってしまうと言うことは、これでお別れになってしまうのです。お手紙もお中元もお歳暮も、こちらの世界にはとどきそうにございません。

「あたしたちのこと、忘れないでね」

もちろんでございます。

「もしまたこっちにこれたら、そのときはまた遊んでね」

もちろんでございます。

「あたしたちの味方でいてくれる?」

「ヒヒーン!」

もちのろんでございます!

まばゆい光がわたくしをつつみ、視界が真っ白に染まると、次の瞬間わたくしはお馬さんの目の前におりました。

そう、わたくしはあの牧場に戻ってきたのです。


それからのわたくしですが、はい、何も変わりはございません。日の暖かい窓際に座り、トイレ掃除をし、ゴミを出し、コピー機の様子を伺いつつシュレッダーを操作する。いつものわたくしでございます。わたくし現在そんな人間でございます。

ただ、一つだけはじめたことがございます。

それは、ゲームでございます。

勇者が魔王を倒す王道のRPG。

クリアはしません、ただただいろんな場所を旅します。

ゴブリンを見るたび、鍛冶屋を見るたび、そして馬を見るたび、わたくしはあの日々を思い出し、頬を緩めるのでした。

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わたくし、馬でございます zakky @kakuzaki

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