第36話『ホワイトクリスマス』


 俺はお湯を沸かし自分のテントで体を拭いた。正直言って心が重い。緊張する。


(どうしてそんなに気落ちしているのです)リルカが聞いてきた。

「はぁ~……お前な……」

(一葉さんは雌ですよね。雄と雌が一つになるのは自然な事ですよね。それとも相性が合わないのですか)

「そんな事は無いけどな……」


 いや実際どうなのだろう……。別に俺は谷一葉のことは嫌ってはいない。彼女は陸上部に所属し長距離のランナーだったそうである。なので体脂肪率がかなり低い。出会った当初体が異常に軽いと感じたのはこの為だ。

 現在の状況では相当に精神的ダメージを受けているが、元の性格はスポーツマンらしく明るく積極的な性格だったと思われる。しっかりとした自分の意見を持っていてリーダシップを発揮しそうな女性である。

 うん、小さな胸以外は別に俺の好みからは外れていないか……いやいやいやいや、相手は十七……いや、世界衝突から一年以上たってるからもう十八か……。やっぱり駄目だろう、通常通りの世界ならほぼ犯罪だ。元公務員としては絶対に手を出してはいけない案件だ。


「はぁ~~」俺は溜息を付きながらテントを出た。


 外の雪は更に激しく降り出していた。すでに屋上の上にはうっすらと雪が積もり始めている。寒い。そして、吐く息が白い。


 一葉のテントの前にはすでにバケツが出してあるのが見えた。肝心の一葉の姿が見えない所を見ると彼女はテントの中の様だ。


 正直言ってしまえば彼女がこれまでアプローチしていたことはわかっていたのだが、今はそんな事態では無いのでなるべく無視するようにしてたのだ。だが、ここまではっきり言われたら流石に無視はできないだろう……さて、どうしたものか……。


 俺は竈の前に移動し残り火で体を温めた。火ばさみで温めて置いた石を掴み、手拭いの上にいくつか置いて包むようにして結ぶ。これは温石おんじゃくと言う携帯暖房器具だ。

 俺はそれを持って一葉のテントの中へと入った。


「お邪魔します……」

「はい、どうぞ」緊張した彼女声が聞こえてくる。


 一葉のテントの中にはカーテンを繋いで吊り下げて作ったもう一つのテントが張ってある。こうする事で完全に外気を遮断し寒さが入り込まないようにしてあるのだ。俺はそっとカーテンのテントを開けた。


 通常の人間ならば何も見えない暗闇の中、沢山の積み上げた毛布に埋もれる様にして一葉は座っていた。


「これ、温かいから足元にでも置いときな」

「何ですかそれ」

「温石と言って焼いた石を布で包んだものだ。湯たんぽの代わりだな」

「すみません、ありがとうございます」

「横、良いか」

「はい……」


 俺はそっと一葉の左隣へと座った。一葉がビクリと体を震わす。毛布を二枚とって彼女と自分に掛けた。


「ありがとうございます」

「いや……。なあ、一葉」

「はい」

「お前、無理してないか」

「……」


 彼女は驚いた表情でこちらを見ている。風の探知のある俺には暗闇でも丸見えだ。気づいていないとでも思っていたのだろうか……。


「お前、男性恐怖症だろ」


 ゆっくりと時間を置き一葉は答えた。


「……はい、私は神経症の男性恐怖症です……」


 男性恐怖症の症状には緊張や赤面がある。恐らくそれを隠そうとして彼女は俺に過度の接触試みていたのだ。そもそも、他人とは離れた場所に女性だけで避難していたのだから当然だ。


「症状は重いのか」

「いえ……いえ、本当はこのせいで皆についていけなかったのです」

「そっか……。今は大丈夫か」

「はい、大丈夫です……」


 俺は彼女の横で毛布をかぶって横になった。


「俺の方からは何もしないから安心しな」

「そうですか……」


 そう言うと一葉は俺の毛布の中へもぐりこんできた。――え? えー!


「どうして克服しないといけないので、こうさせてください」

「うん」


 あれ? 俺、何か間違った……? あ! やばい! これは俺の方が緊張する! 年上だからエラそうな態度は取っているが実は俺も女性は得意ではないのだ。

 彼女の吐息が右の頬をくすぐる。風の探知の所為で目を瞑っても彼女がじっと横顔を見つめているのが判ってしまう。彼女の吐息は荒い。


「なあ、一葉さん。これはやり過ぎなのでは……」

「こうでもしないといずれ貴方に迷惑をかける事になります」

「そっか……」


 いや、全然意味が解らない。いや、俺も緊張で頭が回らなくなってきた。これは、まずい。何か話をして緊張をほぐさなくては!


「あ……」すぐ横の一葉と目が合った……。


 テントの上に積もった雪がどさりと落ちた。


「あの……」


 ゆっくりと一葉の顔が近づいて来る。


 そして、二人の唇が触れ合った……。


 一葉の両腕が俺の背中に回る。俺の右手が彼女を抱き寄せる。

 驚いた様子でリルカの蝶が胸から飛び出した。


 テントの外には雪が降っている。風の探知を持つ俺にはそれが空から沢山の光の粒が降っているように見えている。


 まだ少し早いがこんな世界なのだ、今日がクリスマスで良いだろう。


 メリークリスマス! 俺は心の中でそっとそう呟いた。




 第ニ章 『終末世界の探索者』 終わり


 プロットの微修正の為、暫く更新が遅くなります。


 第三章はダンジョン攻略の予定です。

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終末世界のウイザード・オルタナティブ 永遠こころ @towakokoro

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