第35話『雪』
水を汲んで帰って来た俺は早速ハヤの調理を始めた。川魚は鮮度が命。鱗を削いで腹を割いて内臓を取り出し、拾ってきた木の枝を頭からぶっ刺して塩をまぶす。それを焚火の遠火でじっくりと焼いて行くのだ。十匹全ての下処理をして四匹だけを串に刺した。
「残りはどうするのですか」一葉が聞いてきた。
「残りは燻製にする」
俺は避難所になっていた小学校のグランドで拾った鍋の上で、公園で取ってきた桜の木の枝をナイフで削った。削りカスが鍋の底一杯なるまで削り、バーベキューネットをその上に置きそこへ水気をよく切り三枚におろした残りの魚を並べた。後は蓋をして竈で三十分ほど燻せば燻製になる。
本来であれば塩漬けなどにしてもっとしっかり乾燥させなくてはいけないのだろうが、食べるまでの数日持てば良いので手順を簡略化した。
それらの作業を終え、ご飯を炊きだす頃には周囲はすっかり暗くなっていた。
その時、一葉が声を上げた。
「あっ! 雪」
「もう降ってきやがったか……」
思っていたのよりずいぶんと早く降り始めた。俺は降ってきた雪の
「すみません……」彼女は顔を赤らめ俯いた。
「今晩は冷えそうだから温かくしてな」
「ええ……」
俺は準備の出来た燻製器と飯盒を竈の上へ置いた。小枝を竈へとくべる。薪もそろそろ心許無くなってきた明日にでもどこかで拾ってくる必要がありそうだ。
「あの、幸村さんは区役所で働いていたんですよね」毛布で蓑虫になっている一葉が質問してきた。
「ああ、そうだよ。防災課で働いていた」
「どんな仕事をしてたんですか」
「んー、避難所や非常時用の備蓄の維持管理と市民への防災意識の向上の為の啓発活動かな」
「啓発活動?」
「ああ、防災ポスターやパンフレットを作ったり。避難訓練の指導なんかもしてたな……」
本来は啓発活動の方は俺の仕事では無いのだが、誰もやろうとしないので要望がある度に自発的に手伝っていただけだ。おかげで同僚からは疎まれる事になったのだ。
「そうですか……あの、もしかして、幸村さんが最近まで東京にいたのはその仕事ですか」
「ん? どう言う事」
「いえ、例の噂の東京地地下シェルターですか」
「ああ……」
――成る程……。『東京の地下には巨大な核シェルターが存在している――』と言う都市伝説か……。前に適当に誤魔化しておいたのでそう言う想像をしてしまったのだろう。確かに東京の地下鉄は緊急時には避難所として使用できるようにはなっている。それに首相官邸の地下には第二次大戦中の防空壕が残っていたり、自衛隊の市ヶ谷駐屯地の地下には大本営跡地が残っているが、別にそれらは核シェルターと言う訳ではない……多分。まあ、一時的な避難所としては利用できるだろうが……。恐らくそれの実験か何かで取り残されたと思っているのだろう。だが、どうしよう。真っ向から否定して一々詮索されると面倒だな。
「まあ、そんなところだ」嘘をついた。
「やっぱり……」
納得されてしまった。少し心苦しい。だが本当のことを話しても精霊結界など信じてもらえるかどうかすら怪しいのだ。仕方ない。俺自身も納得できてないところが多いのでうまく説明できそうにない。俺は黙って前を向き夕食作りに専念した。
ご飯が炊けて魚が焼き上がる頃には雪が本格的に振り始めた。竈の上にはイベントテントが張って有り周囲にはコンクリートブロックが風よけとして積まれているがやはり結構寒い。俺は自分のテントへ行きブランケットを引っ張り出してマントの様に羽織って首に巻いた。そのまま竈の前のテーブルで食事をすることにした。
焼き上がりしっかり飴色になったウグイに齧り付く。うん、うまい。少し泥臭さがあると聞いていたがそんな事は無い様だ。淡白なのに適度に脂も乗っていて身には微かに甘みがある。旬のアユやイワナ程ではないにしても十分においしい。一葉も夢中になって食べている。
俺は一匹目は丸齧りにして食べて、二匹目はご飯をお茶漬けにして身をほぐしながら食べてみた。美味しかった、ごちそうさま。
「あの……」食後の余韻に浸りながらお茶を飲んでいると一葉が小声で声を掛けてきた。
「ん?」――何だろう?
一葉は顔を赤らめさらに小さな声で呟いた。
「あの……今晩、一緒に寝て頂けますか」
「え……」――え?「えーと……」いきなりすぎて頭が追い付かない……。
「一人では寒そうなのでご一緒に……」
確かにこの調子では今晩雪が積もりそうだ。俺も自分のテントだけでは寒そうなので、もう一枚毛布を下から持って来て夜明かしするつもりだったが……どうしよう。
「わかった、そうしよう」そして、俺は腹をくくった。
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