第34話『墓標』
朝食が済み食器を洗いお湯を沸かす。そしてタライにお湯を張り俺は洗濯を始めた。洗剤は教員室に備蓄されていた業務用のピンクの油落としで代用している。
「なあ一葉。洗い物あれば出してくれ。いっしょに洗うから」
「いいです。自分のは自分で洗いますから」彼女は顔を真っ赤にさせてそう答えた。
確かに俺が女性物の下着を洗うのは抵抗あるか……。そう言う事なら仕方ない。
「あの、何でしたら私が全部洗います」
「体……もう大丈夫か」
「ええ、少しは身体を動かさないといけませんから」
「そっか……だったら任せるよ。でもあまり無理しないようにな」
「はい」
どうやら彼女の機嫌も戻った様だ。俺は洗濯を一葉に任せ、やっておかなくてはいけない別の仕事を始めた。
先ずはこの校舎を出て本校舎へ向かう。本校舎の裏手にある用務員室からシャベルを借りてきた。シャベルを使いグランドの隅の土の柔らかそうなところで穴を掘り始めた。
(これは、何をしてるのですか)リルカが聞いてきた。
「あのウオーカーの死体を埋めるんだよ」
俺が倒したウオーカーの数は百体以上。殆どが骨になっているので疫病とかはなさそうだが、元は人間だったと考えると流石にここに放置はまずいだろう。なので穴を掘って埋める事にした。
シャベルを地面に突き立て穴を掘る。突き立て穴を掘る。穴を掘る。掘る。掘る掘る掘る掘る掘る……。
一時間の掘り続ければ結構立派な穴が出来た。疲れた。
次にリアカーにブルーシートを敷きゴム手袋と火ばさみを持って校舎の下へと向かう。そして、下に散らばった骨を集めた。ここに居たウオーカーは動き続けていた所為かどの個体にもほとんど肉は残っていない。匂いが無いのは大変助かる。火ばさみを使い一つずつリアカーに乗せていく。
――おや……。比較的状態の良い頭蓋骨があった。直接手に持ち中を覗いてみる。後頭部の内側に真っ黒な線で小さな円が沢山描かれている。その縁に沿う様に古代文字のような抽象的な図形が描かれている。さらに円同士は線で繋がれ大きな図形になっている。まるで制御装置の基盤の様だ。
「なあリルカ。これが刻印と言うやつか」
(はい、そうですね……死霊術の刻印です。ただ、私も詳しく見たのは初めてなのでハッキリとは言えませんが、以前に聞いたものより円の数が増えて複雑になっているようですね)
「どう言う事だ」
(最新式と言う事でしょうか)
なるほど、アップデート版と言ったとこか。うむ……。俺は作業を続けた。
リヤカーを引いて骨を穴の中へと納め、また骨を拾いに戻る。何せ百体以上の人骨である。その数だけでも結構な量がある。それに身に着けていた着衣なども散乱している。それらも遺品として一緒に穴へと入れる必要がある。
五回ほど穴と校舎を行き来して全ての骨を穴へと納め、土をかぶせて近くにあった一抱え程の石を墓標とした。
墓標の前で手を合わせる。これまでに沢山の遺体を見てきたせいだろうか、特に感情が湧いてこない。安らかに眠ってほしいとだけ願った。
作業を終えて一旦梯子を上り屋上へと戻った。洗濯を終えた一葉が椅子に座っていた。
「お疲れ様です、幸村さん。すぐにお茶を淹れますね」
どうやら上から見てお湯を沸かして待っていたみたいだ。「うん、ありがとう。少し休んだら水を汲みに行ってくるよ」
「はい」
「なあ、一葉。今晩は雪が降りそうだから四階に移動しないか」俺は一葉がお茶を淹れてくれる間に何の気なしに質問した。四階にもカーテンで作ったテントらしきが設置されていた。そちらの方が寒さはしのげると思ったのだ。
「……」その言葉に一葉俯き沈黙した。何かまずいことでも聞いたのだろうか……。
僅かな沈黙の後に一葉が口を開く。「すみません、どうしても四階に行くと一緒に生活していた友達のことを思い出すので……」
「そっか、それなら仕方ない。寒く無い様に着込んでろよ」
「はい……」
成る程、彼女が屋上に立てこもっていた理由はそれなのだ……。だから彼女はここで息をひそめて一人で待ち続けていたのだろう。きっとそれはトラウマに類するものだ。まあ、今は仕方ない、おいおい考えるとしよう。
お茶を飲み終えた俺はリヤカーにポリタンクを積み込み水を汲みに出かけた。公園までリアカーを押し手押しポンプで水を汲む。五つのポリタンクを満タンにした。
「さて」そう言って俺は用務員室に行った時に見つけたタモ網をリヤカーから取り出した。
(何をするのです?)リルカが質問してきた。
「寒バヤ取りだよ」
もし、網が見つからなければ、その辺のネットと針金を使って仕掛けアミを作るつもりだったのだが、タモ網が用務員室に置いてあったのを見かけたので持ってきた。
その時、何に興味を持ったのかリルカの複製体が胸から飛び出してきた。俺の周囲をフワフワと飛んでいる。ちょっと鬱陶しい。
俺はタモ網とビニール袋を持って用水路に向かった。網の柄を目いっぱいに伸ばし、用水路の藪の下から掬い上げる様に差し込みガサガサと揺する。こうすると驚いて飛び出してきた魚が網に入って来る。タモ網を上げてみると二十センチほどの魚が二匹入っていた。このサイズはウグイだろうか……。ちなみにハヤは中型の泳ぐ川魚の総称でウグイやオイカワやカワムツの事を指す。
十徳ナイフをポケットから取り出して鰓裏から背骨へ差し込み絞めて置く。同じ作業を繰り返し十匹ほど捕まえたところで帰る事にした。
「今晩は川魚の塩焼きかな」
そう呟きながら俺はリヤカーを引いて一葉の待つ女子高へ帰って行った。
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