第33話『東京地下大迷宮』


 それから汲んできた水をさらに沸かしバケツに入れた。それをタオルと一緒に一葉に手渡す。本来であれば水の入手も可能になったので、お風呂と洒落こみたい所だが設備も無いここでは流石に難しい。せめて体だけでも拭いてもらおうと思ったのである……。


「……。あー、何故、君はこの場で服を脱ごうとしている?」

「え? あの……そう言うプレイなのかと……」一葉は少し俯きはにかみながらそう答えた。

「いや、自分のテントでしろよ」俺は一葉をテントの中へと押し込んだ。



 ――うん、最近の女子高生の言動は良く判らない。その後もう一杯お湯を沸かし俺も自分のテントで体を拭いた。

 体を拭きながら先程の疑問をリルカに質問してみた。


「なあリルカ。お前はあの地下で六十日以上も何してたんだ」

(えーと、ですからダンジョンを彷徨ってました)


 ――ん? 何かおかしい……。出会った当初ならいざ知らず、ここまで一緒に共にいて見て来たのに地下鉄をダンジョンと言うだろうか……。「なあ、リルカ。ダンジョンて何だ」

(魔力溜まりで変質した空間の事です)

 「魔力溜まり……」しまった、俺はリルカが勝手に地下鉄や下水道の事を言っていると思っていた。恐らくこれは全く違う。「それって、アーヴでは普通にあるものなのか」

(はい、普通にあります。余剰の魔力が一か所に集まるとダンジョン化が始まります)

「ダンジョン化……て何だ」

(えーと、有名なとこですと生物の強制進化による魔物化と無生物の疑似生物化による迷宮化です)

「ちょっと待て無生物の疑似生物化による迷宮化て何だ」

(例えば屋敷がダンジョン化して部屋数がどんどん増えていくことです)

「な……」

(魔力は生命エネルギーですから疑似的に増殖や変質といった現象を起こすのです)


 何と言う事だ……。今、それが東京の地下で起こっている。リルカの言葉は俺の頭で勝手に翻訳されている。気が付かなかったのは俺の方だ。〝東京地下大迷宮〟……。どこかの地下街のPRの文句のようだが実際に迷宮化しているとしたら笑えない。もしかするとウオーカーも例の霧もこれが原因ではなかろうか……。だが、どうして……。


 俺は体を拭き終わりバケツを持ってテントを出た。


「わっ!」

「あの、一体誰と話してたんですか」そこには一葉が立っていた。

「……」まずい、聞かれた!「あ……えーと」


 その時、胸から大きな蝶が飛び出した。リルカの複製体だ。こんな時に何をやっている!

 ――あれ? 一葉は気が付いていない……。


「独り言ですか」

「あ……うん、そう、独り言。ほら、都内でずっと一人でいたから、考え込んでる時につい癖で……」咄嗟に嘘をついてしまった。仕方ない。


 多分、リルカの説明は難しい。何せ普通の人間には妖精の姿を見る事も、声を聴く事も出来はしない。魔法を見せて説得すれば理解は示してもらえるだろうが、今度はもっと別の問題が起こりそうである。また今度、しっかりと説明を考えてから話したい。


「そうですか。誰かと会話してるように聞こえたものですから……」

「ああ、悪いな。自問自答と言う奴だ。気にしないでくれ」

「はい」


 何とか誤魔化せた。また次までに説明する方法を考えておこう。



「あの……それで、これからどうします」一葉は顔を赤らめながらそう囁いた。

 ――これから……。そうだな……もう日が暮れてしまったので洗濯などの作業は明日に回したい。それに何より昼間の荷運び作業で疲れている。なので答えは一択。


「もう寝ようか」

「はい……でしたら、あの……その……やさしく……」

「うん、わかった」


 俺は一葉を彼女のテントに優しく押し込んだ。

 そして、自分のテントで横になった。


 取り敢えず残りの仕事はまた明日。それにしても……。

 リンフェイゴからやって来たであろうウオーカー。静岡への首都移転。東京地下大迷宮。まだ俺の知らない事が多すぎる。もっと情報を集めなければどう言う状況なのかも判断が付かない。

 俺はそのまま眠りに就いた。



 朝になり目が覚めた。昨晩はぐっすりと眠れたようだ。疲れもしっかりとれている。

 それにしても俺の身体も慣れて来たものだ……。以前は三日経っても疲れが取れない事などザラにあったが、今では一晩で大体何とかなる。逆にこういった生活の方が健康には良いのかもしれない。


 俺はテントから這い出した。うう、寒い……。空もどんよりと曇っている。もしかすると今日は雪が降るのかもしれない。

 そんな事を思いながら朝食を作り始めた。残しておいた鳩の骨を煮詰めて出汁を取り、そこへお米を入れて白粥を作った。塩・胡椒で味付けして完成だ。

 おや? 一葉がテントから出てこない……。


「おい! 大丈夫か!」慌てて一葉のテントを開いた。

「何? 大丈夫よ」一葉は視線を合わそうとしない。

「?????」何だろう? 彼女はずいぶんと不機嫌そうだ。「お粥作ったから食べな」

「ふん」


 そう返事を返しながら一葉はテントから這い出してきた。そして一緒に朝食を食べた。

 やはり最近の女子高生の言動は良く判らない……。

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