第32話『臨時政府』


「臨時政府だと……」


 リヤカーを引いて帰って来た俺は荷物を一つずつ背負って梯子で校舎に運び入れた。その後、俺は一葉と会話しながら屋上で夕食の準備を始めた。そして、俺が精霊結界の中に閉じ込められている間に何があったのかを、それとなく聞き出し始めたのだ……。


「はい、あの破滅の日の後、一旦は鎌倉に災害本部が置かれました。でも例の霧の所為で、また同じ事が起こるかも知れないと言う噂が立って、静岡の方へ臨時政府を設置する事になったと聞きました」

「そうなのか……」静岡と言う事はここからだとおよそ百キロの距離になる。途中に箱根を挟むので少ししんどいが、三日もあれば徒歩でも辿り着くことが出来るだろう……。


「それで、都民の移住は確か道路整備の終わった六月の半ば頃から始まっていました」

「な……それも例の霧の所為なのか」

「はい、またあの日と同じ事が起こると言って、皆、自主的に避難していました」

「どのくらいの数の人が避難して行ったんだ」

「正確には判りませんけど半数以上は確実に……。恐らく七月の時点では七割くらいは出って行ったと思います」

「……」


 何と言う事だ。俺の想像とはだいぶ違う答えが返ってきた。ウオーカーが発生した時点で既に都内の人口は三百万人程度になっていたと言う事だ。だが、そうか臨時政府とかの話があったから、都内の建物の復旧がされていなかったのだ。そして駒沢公園などの避難もスムーズに行われたのだろう。だとすると今度は逆に奇妙な点がいくつか出て来る……。



 考えながら俺は沸かしたお湯に塩を入れ、採ってきたヨモギを軽く下茹でした。飯盒はんごうで二合ほどの米を研ぎ刻んだヨモギを入れて火にかける。

 米が焚きあがるのを待つ間、捕らえた鳩の羽を手でむしった。本来であれば、一晩を掛けてしっかりと血抜きをしたいところだが食材が足りないので仕方ない。

 ちなみに鳩はフランスやエジプトでは高級食材として珍重されていて、日本でもジビエの料理として時折お目にかかる事がある。肉は赤身で独特のレバー肉の様な癖があるそうだ。


 翼を持ちかまどの火を使い残った羽毛を焼いていく。次にナイフを使い腹を縦に開いて内臓を全て取り出す。一葉が横で 〝うわっ〟 と顔を顰めるが気にしない。内臓は一応食べられるらしいが今回は量も少なく処理の仕方も知らないので廃棄する。

 オーブンがあればこのまま丸焼きにしたい所だが、ナイフを関節の隙間に差し込んで、手羽・ももを切り離す。塩コショウを振りかけて油を多めに引いたフライパンで炒めていく。全体に焼き色が付いたところで水とみりんと残しておいたヨモギを加え蓋をして蒸していく。


「なあ、一葉。何故、皆は東京の街が同じように消えるって言ってたんだ。何か根拠はあったのか」作業が粗方終わったので、再度一葉に質問してみた。

「えっ! あ! はい、自衛隊の人達がそんな事を言ってたからですかね……」一瞬顔を赤らめた一葉が自信なさそうに答えた。


「なに? どう言う事だ」

「以前から自衛隊の人達はしきりに 〝異世界人が攻めて来た〟 と囁いていたんです」

「それって、何故か知ってるか」

「恐らくですけど破滅の日以降どうやら世界中で奇妙な生物や植物が捕獲されたからだと思います」

「そうか……」


 中目黒で見た赤い蔦植物の 〝節蔦〟 や横浜で見た鋼鉄木の 〝イルケルロー〟。確かにそれらは俺も見た。きっとそれら以外の生物もこちらの世界にやってきている事は確実だ。それに自衛隊ならば衛星通信などを使い海外とも情報交換ができる。情報がある事で比較的に正しい判断が出来ているのだろう。

 それにしても、『攻めて来る』か……。


 ウオーカーの事例だけ見るとあながち間違いではないのだが……それ以外にも、もしかするとそう思わせる何かがあったのかもしれない。でなければ、発生以前に遷都の話は出てこない。

 しかし、これで自衛隊の対応が見えてきた。首都圏を破棄して静岡に防衛陣地の構築……と言ったところか……。



 飯盒から炊き上がる湯気が止まり、お米の焦げる匂いが漂い出した。俺はそこから二分待ち、飯盒を火から降ろしてひっくり返した。どうやら、同時に鳥も蒸しあがった様だ。お皿を出して盛り付ける。


 鳩料理にヨモギご飯。頂きます……。

 鳩肉は鶏肉よりも噛み応えがあり、味も濃くて多少の野味がある。ラム肉などの癖のある肉が好きな人にはお薦めの味だ。これで醤油があれば文句無しなのだが……。ヨモギご飯は少し塩を振って頂く。味はほぼ菜飯のおむすびだ。

 あっという間に完食しました。ごちそうさまです。


 久しぶりのまともな食事に感動していると、前の席で一葉が目に涙を浮かべ始めた。

 ――何もそこまで……いや、違う。俺の記憶ではつい十日前のことだが、一葉はこんな生活を一年以上続けていたのだ。感涙しても仕方ない。

 俺は黙って鍋に水を入れお湯を沸かし始めた。


 二人分のお茶を淹れ食後のまったりとした時間を過ごす。――ああ、そうだ、忘れてた……。

「そう言えば今日は何月何日なんだっけ」さりげなく一葉に聞いてみる。

「私も何度か気を失ったりしてたので正確では無いですけど十二月二十日だと思います」

「そっか……」通りで寒い訳だ……。リルカに聞いて予測した日付とは二カ月以上ずれている。

 いつ雪が降ってもおかしくは無い。暫くは一葉の体力回復と冬支度をしなくてはならないだろう。

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