第31話『リンフェイゴ』


 リヤカーを引いて歩き出したところでリルカが声を発した。

(ゆっきー、居ます)

「どこだ」

(あっちです。多分二体です)

 リルカの示した方向は小学校のグランドだった。

 ――仕方ない。周囲からの危険の排除はいつかしなくてはならない事なのだ。


 俺はリヤカーを道路の脇に止め小石を握りしめて校門をくぐった。三階の見事に潰れた校舎の横を通り過ぎ、もう一つの校舎の壁際からグランドを望む。

 グリーンのフェンスに覆われたグランドに多くの車が放置されている。ブルーシートにビニールハウスで使われる透明なビニールで出来たテントが、あちこちに設置されたままになっている。


(向こうの方ですね)

 リルカの示したグランドの反対側へ俺は車の陰に身を潜めながら近づいた。


「何だ、あれは?」俺は思わず声を上げた。

 距離にして約三十メートル先。ウインドウショッピングでもするかのようにふらふらと二体のウオーカーが歩いている。一体はボロボロになったワイシャツを着ているが、もう一体は……。


 あれは、スケイルメイルだろうか……鎧と兜を身に着けている。リルカはこの異様さに気が付いていない様子だ。


 このウオーカーは間違いなく日本の物ではありえない。俺の人生の中でスケイルメイルと兜を被った人物に実際に出会ったことは一度もない。とするとこいつはアーヴの物だと言う事になる……。

 当初からリルカはその存在を示唆していた……ウオーカーはアーヴの世界からやって来たと。だがこいつは何なのだろう……こいつが最初の一体とでも言いたのだろうか。有り得ない。


 今、都内全域でおよそ百万体のウオーカーが居ると思われる。だから最初の一体に出会う確率は百万分の一と言う事になる。この確率はミニロトで一千万円を当てるのより低い確率なのだ……。


(ゆっきー! 危ない!)

「あ!」しまった。すかっり考え込んでしまっていた。いつの間にかウオーカーに気取られた。「ブラスト!」

 ワイシャツの頭蓋がはじけ飛ぶ。もう一投。「ブラスト!」

 へしゃげた兜が足元に転がってきて、スケイルメイルがズサッと音を立てて地面に落ちた。


 俺は恐るおそる兜を覗いてみた。頭蓋骨は残っていない。綺麗に砕け散った様だ。形状はジェットヘルメットで革の帽子に鉄板が鋲で取り付けられている。側面に文字が彫り込まれている。古い造りの漢字に似ていて『衆参肆』と読める。


「なあ、リルカ。お前はこの鎧と兜に見覚えあるか」

(え? えーと……そうですね、大陸の南東の大国 〝リンフェイゴ〟 の物に見えます)

 ――リンフェイゴ……。まるで中国語の響の様だ。

 元々アーヴの世界の人間はこちらからの移住者と言う話なので中国語が残っていても不思議ではない。問題なのは何故こいつがこんな所をうろついていたのかだ……。


 考えられるとすれば、向こうの世界から来たのが一体では無く千体だったとしたら……。遭遇確率は千分の一。0.1%となる……。これならば百体以上に遭遇している俺が偶々たまたま出会う可能性は十分に有るだろう……。だが、そうすると今度はその数のウオーカーがどうやってこちらの世界に来たのかが問題になって来る……。

 ――途轍もなく嫌な予感がする!

 俺はそれらをその場に置いて足早に小学校を後にした。



 緩い上り坂を重くなったリヤカーを必死で引いて上って行く。

 傾斜自体はそんなにでも無いのだが兎に角荷物が重い。ニ十キロのポリタンクが五つで百キロ。三十キロの米袋が二つに約ニ十キロの一斗缶。これにリヤカー本体の重さを加えると二百キロを超えて来る。足を踏ん張り力を込めて引いて行く。冬の寒い季節で助かった……そう言えば一葉に今の日付を聞くのを忘れてた。


 途中にあった空き地にリヤカーを突っ込み休憩。ヨモギが大量に生えていたので、ついでにポケットの十徳ナイフを使い採取する。これで今晩のご飯はヨモギご飯に決定だ。何かおかずになる物があれば良かったのだが……。


 再出発した俺はリヤカーを引いて住宅街を抜けていく。

(何か手伝いましょうか)リルカが問うてきた。

「いや、いい」俺はきっぱりとそれを断る。

(後ろから風で押せば……)

「いや、いらない。絶対するな」実は以前にも同じような事があった。歩き疲れた俺の身体を後ろから風で押してもらった事がある。その結果……十秒後にはコンクリートブロックに激突した。


(でも……)

「デモもストも関係ない。絶対にするな」

(はい……)

 こう言った事ははっきりと断っておくのが大事だ。余計なお節介で怪我などしたくない。

 そうこうしている内に女子高のグーリーンのフェンスが見えてきた。あと少し。

 時刻は予定していた昼過ぎから大幅に遅れて、もうすぐ夕刻に差し掛かる。急いで戻らないと一葉に心配をかけてしまうだろう。


「ん?」グランドの端っこに何かが蠢いているのが見えた。小さな生き物……。「鳩だ」

(んー、ウオーカーが去ったからですね)

「どう言う事だ」

(ウオーカーは全身から常に魔力を吸っていますから、動物にはすごく嫌われる存在なんです)

 成る程、都内で生き物にほとんど出会わなかったのはそれが原因なのかもしれない。


 俺はリヤカーを地面に下ろし、そっとポケットの中の小石を握りしめた。

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