三、舞姫

「舞姫」著:森鷗外

 主人公の名前は豊太郎。彼は学問に秀で、大学を早々しく卒業して政府の命により獨逸へ留学為る事と成る。次第に、其の欧米の自由な雰囲気に感化され、政府の犬となって居る自身を疑問に思うように成ってゆく。

 その時見たのは、此の作品のヒロインで有る貧しい踊子のエリスだ。父の葬儀も出来ない程に貧しさを拗らせており、其れを哀れに思った彼は金銭面での援助。やがて関係は近づき恋仲に。一時の幸せの日々。だが外国の人間と近づき過ぎた事を或る仲間から嫉妬されて報告をされる。政府に目を付けられ、留学生としての地位を剥奪、金銭的援助すら無くなってしまった。

 其の日其の日凌ぐ為に、エリスの家に転がり込み、援助を受けた。決死の努力と親友の援助で何とか仕事を見つけた豊太郎だったが、其の親友から縁を切り、本国に戻るよう忠告される。彼はそれに応じた。然し既に肌を重ね、子宝を授かったエリスとは今更縁を切る等簡単に出来る筈も無かった。

 また政府の犬として働く道を歩くか、彼女と共に此の道を歩み続けるか.....悩みに悩み続け、其の末精神喪失為て倒れる。其の間、豊太郎の親友がエリスに告げる。彼は既に彼女を残して本国へ帰るという事、子を授かったエリスを捨てて自身の名誉を選んだ事、全て。其の報告から彼女の精神も又崩壊し、病院へ。彼はと言うと、親友の言う通りに魯西亜ロシア行きの便へ乗る。然し其処に彼女の見送りは、入院の為無かった。

 本を勢いよく閉じて、叫ぶ女。


「何なのだ此の甲斐性無し子ーーーーー!!!」


 びくっと驚いて部屋の中を確認の為にノックを為る男。


「大丈夫かー?凄い音が聞こえたけども........って、こらこら、本は大切に扱わなくちゃいけないよ。」


「うるせー甲斐性無し!御前は本以外も大切に扱え!男ならさっさと私を抱け!抱くなら最後まで添い遂げろー!」


 彼女の叱責をするりと抜けて本の題名を覗き見る。


「へぇ、舞姫を読んで居たのかぁ。貴女の性格なら焦れったい事此の上無いだろうね。」


 からからと笑って女の平手から逃れる。見事に躱されたので、体重を支える場所を無くして前に倒れそうになる。此処を彼が寸で受け止める。


「ちょっと、御痛が過ぎる様だね。今日は女の子な日かな?無理せずちゃんと言ってね?」


 だらんと溶ける。若い男が片手で持ち上げられる位には細く小さく、然し隅から隅まで熟している。其の身体を何を為るでも無くひくひくと反応為せるのは、難しい話では無かった。


「ぅん....ぅぅ....う、うがー!」


 声だけでもと反抗為る女は、其れ程動いているという事は無い。


「貴女はどの場面が好きだった?」


「無理!焦った過ぎてもう読みたくない!エリスと豊太郎が出会って父を弔ってあげる所!」


「ちゃんと答えるんだ....まぁ、其処が運命の別れ道と思う訳だね?僕とは又違った見方を為ていて、興味深いなぁ。

 親友がエリスに告げ口したのが僕の好きな場面だったね。屑の様な事を言うようだけど、人の不幸は蜜の味とは、昔の人は良く言ったものかな。」


 何時も何か反応を返す彼女は此の時ばかりは少し膠着。


「偶に怖い処有るよね、御前。」


「酷い。でも僕は、やっぱり彼に男らしさと決断力を求める所には賛同出来るかな。其れが結局彼にとって悲劇を招かせた訳だから、身に帰る災厄かな。」


「まぁ、男性でも甲斐性なしは居るし女性にも男らしい人は居るってことね。はぁ、多様性か....」


 この頃は現代の様に男性に女性、女性に男性とを混同させるというのは愚かで可笑しな考え方とされてきた。男性の女々しさは避難され、女性の男らしさは軽蔑為れる。それが此の時代の常識で有る。


「へぇ、やはり僕が生きていた頃とは常識が違うんだね。正義と常識は時の螺旋より風化し、混在して新しくなる....ふふ、又新たな発見をしてしまった。

 時間の風化は万物だけじゃ無い、無形も其の例外では無い......」


 ぶつぶつと呟く男。それを見る彼女は可笑しな人でも見るかの様な視線を突き刺す。


「まるで御前は、此の時間で起きている総ての出来事が過去の事で有るかの様に話すのだな。我が身可愛さと言うのが全く感じられないのは如何してだろうな。」


「可愛さなら有る。どろどろとした恋愛が絡んだ話を読んだ日の貴女は決まって可愛らしく成る。」


 女はでこを強めに弾いて目を細める。

 閑話休題。


「親友。彼の事を如何思う。」


「うーん僕は親友ちゃんには好意的な印象だね。今の方が沿うだけど、日本は大政翼賛会による一党独裁制で有無を言わさない。強い力に臆するのは人間...生物として自然な事だよ。いちばん人間らしさも良く出ていると感じる人だね。」


「気が利かない男は女は嫌いだ。豊太郎の親友はエリスに真相と虚偽を織り交ぜて話した。幾分私も、言葉にしなければ総ては伝わらないと知っていても、察して欲しいと思う瞬間は有る。.....女の性なのであろうな、此れは。」


「うんうん、其の通り。僕の元の伴侶も貴女と似た様な事を言っていたよ。丁度互いに熱かった時期にね、其れを聞いた気がする。」


「そ、そんな....私、やらかしたのかも。」


「え、ん?唐突に如何したの?何も貴女に非は無いよ。」


「......っ此の鈍感め。馬に蹴られて折れてしまえ!」


 男は平手を受ける。今度は避けられずに体勢まで崩して、積み上げらた本を何冊か崩した。身体的な重症には幸い至らなかったが、互いの心の玉は幾らか凸凹が生まれて、更に接する範囲は広まった。

 森は幼い頃から優秀であり、家の者からも信頼を置かれていた。小学校は成績上位で卒業為る。其の後彼は陸軍軍医と成る。大学へ入った際、政府の命により獨逸へ留学し衛生学を修める。其の際にドイツ人女性との恋に芽生える。舞姫の舞台は欧米だが、実は森は豊太郎と自身を重ね合わせたのだ。彼の一生は激動で有ったが、薄命でも有った。此れには、彼の行った睡眠の時間が関係している。元々一定時間寝ない人間の寿命は総じて短く成りがちで有る。此れには野口英世等が当てはまる。森も例外ではなかった。

 彼の綴る作品はジレンマという物が特徴的で、其れに戸惑う主人公達の挙動は更に特徴的な物で有る。文調が非常に単純で分かりやすい故に、彼が著した「舞姫」、同じく「高瀬舟」は現代の中等教育へ導入為れて居る。

 詰まる処、森鷗外と言う名は今も尚日本中で広まっている処で有る。

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双理 古弥 典洋 @xxOhkaxx

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