初恋の潮騒
もりさん
初恋位の潮騒
いつも、どこかで疎外感を感じていた。
身近にいる人が、他人のように見えているのは何故だろう。
おい。
そう言って、私の上に乗りかかってくるのは、私を所有物だと思っている男で、人はこの男を、旦那という言葉に様という敬称までつけて呼んでくれている。
私は、体を仰向けにして、パジャマのボタンを外そうとする。
それも待たずに、男は、私のパジャマを下着ごと引き摺り下ろして、手荒に胸を弄りながら入ってくる。
まだ、何も感じていないそこへ。
「いたい…。」
以前、そう声をあげた時、男は、その声に欲情したのか、さらに私の中に深く身を沈めた。軽く嗜虐的な趣味を持つ男だと、付き合い始めた時から思っていた。
きっと、私の身体で試したいことがもっとあるのだろうな…。そう思っている。
家庭内で、行われる行為が、ただの欲望のはけ口に成り果てて、私はその道具でしか無いんだと最近になって思い知った。
その私に繋がって、組み敷いて喘いでる男は、痛みに耐えている私の顔をみて、小刻みに、激しく腰を振り続けた。
私の中で男が果てた。
泣き出した私に対して、その男は、気持ちよくて声を出していたのだと思ったと、詫びとも言えない後ろめたさを隠すような言い訳で、お義理のように私の肩に手を置いて、すぐに寝てしまった。
その何日か後に、その男は、ローションを買ってきた。痛いときに塗るといいらしいと、寝室に置いた。そして、その物の手触りを試してみて、ニヤつきながら私に手を伸ばした。
人の目には、幸せな家族に見える。
人の目には、羨ましい家族に見える。
私の生活の中、性行為まで。
微細な傷つける言葉の端々までみたわけじゃないでしょ?
ロマンチックな体の関係を求めているわけじゃない。もう、そんな歳ではないけど…。
少しずつ、大切にしたい世界が砂が崩れ落ちるように壊れていく。
帰りたくないなぁ。
ねぇ。
私さ、
もう、大人になったんだよ。
もう、どこにでも行くことができる大人になったんだよ。
化粧も、上手にできるようになった。
キスも、数えきれないくらいにした。
ドキドキした大人のセックスも、普通に毎日のように求められるようになった。
全部、幼い自分が憧れていたものは、今、飽き飽きするほどに、この手の中にあった。
遠くに行くための電車の切符も、一人で買える。ご飯も自分のお金を払って。子供の頃に感じた、お店に入るときの怯えも、感じない。
一人で、カツ丼も注文できるくらいにはスレているつもりだ。全部食べられなくて、残すけど…。
歩きながら、ビールだって、ちょっとだけなら恥ずかしげもなく飲める。タバコは、嫌いだけど。
できることは増えても、心だけが、子供のままだ…。ひとりでいると、いつも、怯えてる。
なんでもできる。大人だから…。
でもね、大人だからこの世界に縛られて、何にもできなくなってしまったんだ…。
ずっと、きっと、私は子供のままだ。
大好きだった。あの人の声。
きっと、もう聞けないなぁ…。
きっと、もう思い出せないなぁ…。
聞いても、あの人の声だと思えないだろうな。
もう、私も随分変わってしまったから。
心も、身体も。
化粧なんか、覚えたくなかった。
お酒なんかおいしいと思ったことなんかなかった。
ひとりでお店になんか入りたくなかった。
あの人は、定食屋で残した私の器を自分の元に引き寄せて、胃が弱いくせに全部食べてくれた。
結局、そのあと乗った船で、船酔い。
全部戻してしまった…。
バカだなぁ。
化粧なんかしなくてもいい。そう、言ってた人。あの人に追いつきたくて、お酒を背伸びして飲んでみようとして取り上げられて、大喧嘩した。
セックスは…。
そう、今日みたいな土砂降りの雨の日。
雨宿り、海風に、ずぶ濡れのワンピース。
寒くて震えるほどに濡れた体を、抱き抱えられた時。
さむい。
と、言葉を漏らしながら、あの人の薄い冷たい唇を貪った。寒さに、本当に歯が鳴っていた。
あの人の口の中、絡み付けた舌は熱かった…。
あの人は、体を引き離し、私を背中から抱きしめた。
背中の腰のあたりに硬いものが当たっていたけど…ただ、それだけ…。
あの人は、本当につまらない男だった。
そのときの、私にとっては…。
私には魅力がない。
私には魅力がない。
私は、軽く唇を噛みながら、雨が上がった後の海にかかる夕焼けを見ながら、「綺麗だね」という。
でも、その言葉とは違う別のことを、呪いの呪文のように思う。
私には魅力がない。
私には魅力がない。
夏の終わり。
潮騒。
強い雨。
雨上がり、たなびく雲に焼きついた夕焼け。
私たちは、どこにもいけずに、古びた軒先で…。何もできずに、雨がやむのをただひたすら待っていた。
いまだに、空を見上げる物欲しそうな私の心はずっとそこにいる。
初恋の潮騒 もりさん @shinji_mori
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