番外編 エドワード視点3


「今回来た異世界からの迷い人とはマコトという人物だ。元は隣国に来たらしいのだが、隣国には二人いっぺんに異世界からの迷い人が来たとかで一人が我が国に来ることになった。」


「そうでしたか・・・。マコト様という方はどういう方でいらっしゃいますの?」


レイチェルがなぜマコトの名を知っていたのかはわからない。


どこからその名を聞いたのだろうか。


そう思いながらも、レイチェルに深く尋ねることなく、ただマコトの情報を教える。


根掘り葉掘りきいて、レイチェルの負担になりたくないからだ。


レイチェルには余計な心配をしてほしくない。


「まだ、会ったことはないが聡明な人らしい。我が国がマコトの影響でどう発展していくのか楽しみだ。」


「そうですね」


本当はすでにマコトと会って話をしているのだが、あえてまだ会っていないと告げてみる。


もし、レイチェルがマコトの名を知っていたことが、誰かからのお節介かどうかを探るためだ。


私がマコトとすでに会っていることを知っている人物は数えるほどしかいないのだから。


そんなことはおくびにも出さず、にっこり微笑んで告げればレイチェルも微かに微笑んだ。


その笑顔が少し不安そうに見えて、内心ドキリっとする。


私が嘘をマコトに会っていないという嘘をついていることにレイチェルは気づいたのだろうか。


そうすると、私の側近の中にレイチェルに対してお節介をやいている人物がいるということになる。いったい、誰だ。


そんな気持ちは顔に出さずに、レイチェルを大切に抱き締めて微笑む。


「レイ。こうしてずっとレイを抱き締めていいたいが、そろそろ朝食にしよう。今日は部屋まで運んでもらうかい?」


「いいえ。食堂まで行きますわ」


「無理はしなくていいんだからね。では、着替えて食堂に行こうか。私が着替えて差し上げましょうか?お姫様」


茶化すように告げれば、照れたように笑いながら怒るという器用な芸当をするレイチェルがいる。


レイチェルにはずっと笑っていてほしい。


「エディ!ふざけないで。って、ちょっと夜着の裾に手をいれないで・・・」


戯れるように、レイチェルの夜着の裾から手をいれれば、すぐに気づいたレイチェルにピシッと手を叩かれ掴まれる。


照れているんだとは思うんだけど、拒絶されたようで少しだけ寂しい。


それに、レイチェルに触れているのに抱けないのは辛い。


「レイ・・・」


切なげにレイチェルの名を呼べば、戸惑ったように私の愛称を呼ぶ愛しいレイチェルが答えてくれる。


レイチェルは確かに私のことを好いていてくれる。それがわかって嬉しくなる。


「エディ・・・」


ゆっくりとレイチェルに口づけるために、目を閉じて顔をよせる。


ふるりっとレイチェルの睫毛が震えるのを感じてから、口づける。


「・・・んっ」


甘く優しいレイチェルの唇を堪能して、再び大切に抱き締め直す。


そして、もう一度今度は深く口づける。


このまま、二人の境界線がなくなって溶け合ってしまえばいいのに。


苦しくなったのか、しばらくレイチェルの唇を堪能していると、背中をトントンと手で軽く叩かれた。


苦しげに喘いでいるレイチェルも可愛いものだ。


「艶っぽいね、レイ。このまま抱いてしまいたいよ・・・」


「・・・ダメです」


再び、唇を重ねようとして、レイチェルに身をよせたが、レイチェルは私の胸を両手で押して拒否をする。


これ以上の戯れはダメか。


残念に思うが、これ以上レイチェルを堪能してしまえば、レイチェルを本格的に抱きたくなってしまう。


そろそろ頃合いか・・・。


ゆっくりとレイチェルから離れて微笑みを作る。


「子供が産まれるまでの我慢だね。私は我慢できるだろうか。だって、愛しいレイがここにいるのに・・・。でも、キスは構わないよね?」


子供のためと言い聞かせて、甘く囁けばレイチェルは小さく頷いた。


「皇太子殿下はいらっしゃるかしら。異世界からの迷い人のマコト様を案内してきたのだけれども」


執務室でレイチェルに会いに行きたいのを我慢しながら、目の前に積まれた書類に目を通しながらサインをしていると、急にレイチェルの声が執務室のドアの外から聞こえてきた。


ついっと視線を上げ、ドアの方を見る。


「エドワード様?書類はドアにはございませんよ。机の上です。しっかりと目を通してくださいね。」


視線をドアに移しただけなのに次期宰相と名高いアルフレッドに注意された。


「いや、レイチェルの声が聞こえたんだ。」


「そうですか。ついに空耳まで聞こえてきたんですね。貴方様のレイチェルバカもいい加減にしてほしいものです。さっさと仕事を終えればレイチェル様に会いに行けますよ。しっかりきっちり仕事をなさってくださいね。」


アルフレッドに書類を差し出されて釘を刺される。


たまに、本当にたまにアルフレッドの目を盗んでレイチェルに会いに行ったことがアルフレッドには頭に来ているらしい。


まあ、レイチェルに会いに行ったらすぐに帰ってくることなんてできないからね。


離れがたくてついついレイチェルの側にいてしまうから、仕事が進まなくて怒られるようだ。


「アルフレッド様。レイチェル様がいらっしゃってます。お通ししてもよろしいでしょうか。」


執務室を警備していた近衛兵からアルフレッドに声がかかる。


「ほら。アルフレッド。空耳なんかじゃなかっただろ?」


得意気にアルフレッドに告げれば、軽く睨まれた。


「お通ししてください。」


アルフレッドがそう言うと、レイチェルがドアから顔を出した。


レイチェルはいつ見ても美しい。


こちらの様子を伺うその憂いを帯びた目もとても魅力的だ。


「レイチェル嬢、どうしたんだい?さあ、中に入って?」


「エドワード様、先ほど道に迷っているマコト様とお会いしたのです。連れて参りました。余計なことでしたか?」


「ありがとう。レイチェル嬢。マコト、案内のものが遅れてしまったようですまないね」


レイチェルに言われて、レイチェルの後ろを見るとマコトが申し訳なさそうにこちらを見ていた。


レイチェルにばかり気をとられていて、マコトがいることにレイチェルに言われるまで気づかなかった。


気づかなかったことをごまかすようにマコトに作った笑みを向ける。


「私の方こそすみません。お約束の時間に遅れてしまうかと思い、皇太子宮で会う方々に尋ねていけばいいと思って来てしまいました」


「そうか。こちらの落ち度なのに気を使わせてしまったな。すまない」


「いえ」


事務的な会話をマコトと交わす。


レイチェルが側にいるのに、仕事の話をしなければいけないだなんて。


内心がっかりしながら、マコトと相対する。


マコトが来たからにはマコトと話をしないといけないが、レイチェルともっと一緒にいたい。


「では、少し話をしようか。レイチェル嬢も一緒に話を聞くかい?」


レイチェルと離れるのが名残惜しくて、一緒に話をしようとレイチェルに声をかけるが、レイチェルはゆっくりと首を横にふった。


どうやら仕事の邪魔をしてはいけないと思ったようだ。


「私はご辞退させていただきますわ」


「そうか。残念だな。レイチェル嬢が側にいれば、執務が捗るのに」


せっかく、レイチェルに会えたのにもう離れなければいけないだなんて。


「失礼ですが、殿下。レイチェル様がいらっしゃると殿下はレイチェル様ばかり構われ執務が滞ってしまいますが?」


名残惜しくて、レイチェルを見つめているとアルフレッドが刺々しい釘を指してくる。


しかも、執務が滞るだなんて、レイチェルに聞かれたくないことまで言うし。


アルフレッドは何か私に恨みでもあるのだろうか。


「気のせいだよ」


にっこり笑ってそう告げれば、アルフレッドの眉間のシワが一つ増えた。


レイチェルはアルフレッドの棘のある言葉に悲しげな表情を浮かべ、


「では、私は失礼いたしますね」


と、美しい姿勢で礼をする。


そんなに悲しそうな顔はしてほしくないのに。いつでもレイチェルには笑っていてほしいのに。


「ああ。名残惜しいよ、レイチェル嬢。執務を終わらせてすぐに部屋に行くから待っていてね」


アルフレッドの視線が怖くて、それ以上のことは言えない。


泣く泣くレイチェルが執務室から出ていくのを見送る。


見送ってから、ギッとアルフレッドを睨み付けた。


「なにもレイチェルの前でレイチェルを非難するようなことを言わなくてもいいではないか!レイチェルが今にも泣きそうだった。」


「エドワード様がいつもからしっかり仕事をなさっていれば言いませんよ。」


「ぐっ・・・」


だが、アルフレッドに正論を言われてしまい何も言えなくなってしまった。


どうしてだろうか。


私は皇太子なのに。


どうして、アルフレッドが私に命令をしているのだろうか。


「あの・・・お話し中失礼いたしますが、僕はここにいてもいいんでしょうか?」


マコトの申し訳なさそうな声をきいて、ふと我にかえる。


そして慌ててマコトに向けて笑顔を作った。


「ああ。すまなかった。では、そこのソファーに座ってくれ。話をしよう。」


マコトから、レイチェルが吐いていたと聞いて、居てもたってもいられずに、マコトとの話を中座してレイチェルの部屋に走って来てしまった。


レイチェルは無事なのだろうか。


焦る気持ちを押さえながら、レイチェルの部屋のドアをノックし、中に入る。


「レイ。調子はどうだい?マコトからレイに会ったときに吐いていたと聞いて、心配して飛んできてしまった。マコトももっと早くレイのことを教えてくれればいいものを・・・」


レイチェルは何か考え事をしていたのか、ノックの音には気づいていなかったようで、驚いてこちらを見てきた。


レイチェルは驚くと目がまんまるになるのが、とても可愛い。


思わず、撫でてまわしたくなるほどだ。


ソファーに座り込んでいるレイチェルが、慌てて立ち上がるのが見えたので、私はさっと、レイチェルの隣に腰かけた。


「妊娠中には良くあることですわ。私が吐くたびにいちいちこちらに来ていたらエディの身が持ちません」


女性が妊娠すると具合が悪くなるというのは聞いたことがあった。


それでも、レイチェルはこんなにも美しく、天使のような女性なので妊娠しても具合が悪くなるだなんて思ってもいなかった。


妊娠というのは、女性に負担を強いることなのだと改めて気づかされる。


私は私のエゴで、レイチェルと早く結婚したいがために、レイチェルを妊娠させたが、こんなに苦しんでいるレイチェルを見ると不安になる。


私は、間違っていたのだろうか、と。


「そうなのか。この子はレイを苦しませているのか?」


レイチェルのお腹に手を当ててみるが、まだ、ここに私とレイチェルとの子がいることを感じることができない。


それほど小さな小さな命なのに、生きようと一生懸命に存在感を訴えて、レイチェルの体調を悪くさせる。


そうすることで、母体に気づかせているのだろう。


自分はここにいる、と。そうして、だから無理をするなと。


「そういうものなんですって」


「・・・ふむ」


理屈ではわかっているのに、やはりレイチェルが苦しんでいるのは見ていられない。


「レイが苦しんでいるのは見ていられないな・・・」


小さく呟けば、レイチェルはその言葉を拾ってしまったようだ。


眉根をよせて、こちらを見つめてきた。


「なにかおっしゃいましたか?」


その不安気に揺れる瞳もかわいいと思ってしまうのはいけないことだろうか。


「いや、なんでもない」


つわりで苦しんでいるレイチェルに私はなにをしてあげることができるのだろうか。


レイチェルのお腹の子に語りかける。


元気に生まれておいでと。


そして、君がそこにいることにはレイチェルも私も気づいているのだから、レイチェルを苦しまさせずに、産まれるまでゆっくりとしていてほしいと。


「エディがそばにいるとこの子も落ち着くのかとても気分が良いです」


レイチェルがお腹を優しくさすりながら言う。その表情は菩薩のようにも見えた。


「じゃあ。私はずっとレイのそばにいなければね」


「ダメですよ。執務はしてくださいね。皇太子殿下が率先してサボってはなりません」


「ふふっ。執務よりもレイの方が大切だからね」


おどけて言えば、レイチェルもほんのりと色づいたように微笑んだ。


そうして、落ち着いたのか安心したのか、私の肩にそっとレイチェルの重みがかかる。


「ご自分のこと、この国のことも大切にしてくださいね」


レイチェルの頭を優しく撫でながら、「もちろん。」と返事をした。


でも、一番はレイチェルだから。


国も自分のことも二番目にしかならないんだよ。と言うことは告げずに胸にしまいこむ。


言ってしまったら真面目で優しい天使のようなレイチェルは眉をしかめるだろうから。

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皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした 葉柚 @hayu_uduki

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