番外編 エドワード視点2

愛しいレイチェルの顔は血の気を失ったかのように、真っ白になっていた。


私は急いで、レイチェルをベッドに横たえる。


侍医を呼んでこなければ。


そう思うが、気を失っているレイチェルの顔を見るととても離れがたい。


それに、


「寝ているレイチェルは眠れるお姫様みたいに可憐で美しいな………。」


私はレイチェルの美しさに目を離せなかったのだ。


早く侍医を呼びに行かなければならないことはわかっている。わかってはいるんだが、離れがたい………。


「私が呼んで参ります。エドワード様はこちらでレイチェル様とともに待っていてください。」


ロビンがそう言って颯爽と部屋を出ていく。


流石はロビンだ。


幼い頃から私についているだけあって、私がなにを考えているのか手に取るようにわかるみたいだ。


しかも、レイチェルが側にいるときは気配を消してそっと控えているし、私はいい友を持ったものだ。


「ああ、頼む。」


ロビンが侍医を呼びに行っている間に、私はレイチェルをじっと見つめていた。


美しい顔にはうっすらとだが、汗が浮いているようだ。


私は綺麗に畳まれた絹のハンカチをとりだし、レイチェルの額に浮かんでいるわずかな汗を拭き取る。


ふむ。このハンカチは捨てられないな。大事にしまっておかなければ。


そうこうしているうちに、ロビンが侍医を連れてやってきた。


「レイチェル様がお倒れになったとか………」


「ああ。吐いたり苦しんだりはしていないから、毒が盛られたわけではないようなんだが。急に気を失ったのだ。」


侍医にレイチェルが倒れた経緯を説明する。


すると侍医は「ふむ」と頷いてから、レイチェルの手を取り、脈を確認する。


顔を覗きこんで顔色を確認したり、呼吸を確認したりしている。


医療行為だとわかっているのに、「レイチェルから離れろ」と言いたくなってしまう。その気持ちをグッと我慢する。


私はいつからこんなに、器量が狭くなったのだか。


「それほど心配することはございません。しばらく安静にしておれば大丈夫かと思います。また、私の専門外の分野になりますので、皇后様付きの侍医を呼んで参ります。」


「レイチェルはどうしたのだ?」


心配することはないと言いながらも、専門外ではないから皇后の侍医を連れてくるとは、どうしてなのだろうか。


しかし、そう進められれば断り辛い。


それに、皇后付きの侍医は女性だ。


女性にレイチェルを診てもらう方が私としてもあらゆる意味で安心できる。


「私の口からはハッキリと伝えられませんので、皇后様付きの侍医を呼んでくるまでお待ちください。」


しばらくして、皇后付きの侍医がやってきた。


皇后付きの侍医は女性であるが、その職業柄か中性的な見た目をした年齢不詳の女性だ。


侍医は颯爽とレイチェルのところまで来ると、脈を診た。そして、ふんわりと微笑んだ。


「詳しいことは、レイチェル様が目覚めないとわかりませんが、レイチェル様は妊娠しておられます。」


侍医は診察が終わると一歩下がって礼をしながら伝えてきた。


一瞬にして、私の心は歓喜の渦に巻き込まれる。


レイチェルが、私の子を妊娠した。


私との愛の証である子を妊娠した。


なんとも言えぬ高揚感が私を包み込む。


「ああ………レイチェル」


感動して何も言葉が出てこない。私は診察が終わったレイチェルの側に侍ると、レイチェルの白く細い腕をそっと握りしめた。


レイチェルが私の子を妊娠してくれた。これで、レイチェルとすぐにでも結婚ができる。


そう、この国では、相手が妊娠した場合は年齢問わずに結婚することができるのだ。


一日も早くレイチェルと結婚をしたい私は、レイチェルが早く妊娠しないかとずっと期待をしていた。


そうして、やっとそれが結実した。


これほど嬉しいことはなかった。


「レイチェル。早く目覚めてくれ。この事実を君に早く伝えたいよ。」


「エドワード様。レイチェル様がお倒れになったのは貧血と心労からです。どうか、目が覚めたら安静にするようお伝えください。」


「ああ。わかった。診てくれてありがとう。」


貧血と心労か・・・。


レイチェルは食が細いから、栄養が足りていないのだろうか。


今後は、血の元になるレバーペースト等を食事に出した方がいいのだろうか。


料理長とも相談して、メニューを変えてもらった方がいいな。


心労か・・・。


今までもあまり政には、関わらせないようにしてきたが、これからはよりいっそう政には関わらせないようにするか。


レイチェルは皇太子妃に課せられる重責が負担なのだろうかと思い、できるだけ政からは遠ざけようと決めた。


本当はわかっていたのだ。


レイチェルの繊細で人に流されるような性格では、皇太子妃は勤まらないと。


でも、私はそんなレイチェルが好きだったのだ。


いや、どんなレイチェルでも好きになったと思う。その心に純粋さがあって、私を騙すようなことがなければ、きっとどんな性格のレイチェルでも好きになっただろう。


愛しいという気持ちを込めてレイチェルを見つめていれば、ふるふると小刻みに瞼が震えた。


どうやら、私の姫は目覚めようとしているらしい。


「レイチェル。私の愛しいレイチェル・・・。」


フルフルとレイチェルの瞼が震え、ゆっくりと瞼が開かれる。


「よかった。目が覚めたんだね。急に倒れるからビックリしたよ」


レイチェルの手を握りながら柔らかく微笑む。レイチェルが不安にならないように。


「申し訳ございません。ご迷惑をおかけいたしました」


レイチェルは申し訳なさそうに、告げると瞼を伏せた。

レイチェルの頬に少しだけ赤みがさす。少し、元気が出たようだ。

でも、私は君に謝ってほしいわけではない。私はただレイチェルに笑っていてほしいんだ。幸せになってほしいんだ。


「謝ることはないよ。それに、レイが倒れたのは半分は私のせいでもあるんだから」


ちゅっ。と軽くレイチェルの白く柔らかい頬に唇をあてる。「好きだよ」という気持ちをこめて。


「そんなっ!倒れたのはエドワード様のせいではございませんっ」


「いいや。私のせいだよ」


レイチェルは頭を横に振って否定するが、レイチェルの具合が優れないのは、私の子を妊娠したからだ。

だから、半分は私のせい。


「違いますっ。私の自己管理能力が足りていなかっただけです・・・」


レイチェルは目に涙をいっぱい溜めながら、うつ向いてしまう。

そんな顔をさせたいわけではないのに。

どうしたらレイチェルは幸せいっぱいの笑顔を見せてくれるのだろうか。

最近は思い詰めたような表情ばかりで、そういえば笑顔という笑顔を見ていなかったような気もする。

そんなに皇太子妃になるということが苦痛なのだろうか。

私は、このままレイチェルを皇太子妃にしてもいいだろうか。

そんな気持ちは表にださず、ただただレイチェルを落ち着かせるために、笑顔でレイチェルの唇にそっとキスをした。


「愛しているよ、レイ。君はね、私の子を身籠ったんだよ?」


そうして、レイチェルの身におこった事実を伝える。すると、レイチェルは驚いたように目を見開いた。

ああ、そんなに目を見開くとあめ玉みたいに甘そうな目が落ちてしまいそうだ。


「えっ・・・?」


そっと、レイチェルは腹部に手をあてた。

その腹に息づいている存在を確かめるような手つきに笑みがこぼれる。


「ふふっ。これで、レイと一緒に過ごすことができるね。皇太子の子を身籠ったレイはもう皇家の一員だよ。来週には迎えにくるからね」


「えっ?」


愛おしいという気持ちをこめてレイチェルの腹部に触れ、優しく撫でる。

18際になるまで結婚はできない法律がこの国には存在する。

だけれども、18際になる前に相手を妊娠させた場合はすぐにでも結婚できる。

私は一日でも早くレイチェルを私のものにするために、レイチェルが妊娠することを願っていたのだ。

その願いが叶った。


「私の子を宿してくれたからね。この場合は例外があって、すぐにでも一緒に住むことができるんだよ。でも、部屋の模様替えとかあるから一週間は待っててね」


一日でも早くレイチェルと一緒に過ごしたい。それに、レイチェルをあの家から一日も早く引き剥がしたい。

あの家はレイチェルにとって毒の塊だ。それに私にとってもあの家の者はレイチェルを覗いては毒だ。


レイチェル。

私は必ず君を幸せにしてみせるよ。

だから、なにも悩まずに私の元に来てほしい。それから君を苦しめる君の家族は私がちゃんとに罰を与えるからね。


私はレイチェルの健やかな未来を願い微笑んだ。


「レイ!レイ!」


私の子を宿したレイチェルの隣で眠っていると、レイチェルがうめきだした。


その声はとても辛そうで、聞いているこちらまで泣きたくなってしまうような声だった。


私はレイチェルの目を覚まそうと、トントンと軽く肩をたたき、レイチェルと名前を呼び続ける。


「起きて、レイ!」


何度も何度も魘されているレイチェルの名を呼ぶ。早く起きて。そんな気持ちをこめて何度もレイチェルの名を呼ぶ。


そして、私の気持ちが通じたのか、ゆっくりとレイチェルの目が開いた。


「ひっ・・・」


レイチェルの口から怯えたような声が漏れでた。


いったいどんな夢を見ていたのだろうか。


私の顔を確認して小さく悲鳴をあげるのだから、私の夢を見ていたのだろうか。


それも、私がレイチェルにひどいことをする夢なのだろうか。


夢のなかの私はいったいレイチェルに何をしたんだ。


「大丈夫かい?レイ?」


優しくレイチェルに問いかける。


怯えないように優しく。


レイチェルの手をとり、やさしくその白く滑らかな手に唇を寄せる。


「とてもうなされていたよ?怖い夢でも見た?」


思いっきり問いただしそうになる自分を律して、殊更優しくレイチェルに問いかける。


レイチェルは戸惑いながらも、ゆっくりと口を開いた。


「夢・・・を見ていたのかしら?」


「ずっと、魘されていた。とても怖い夢をみていたんだね。大丈夫だよ、レイ。私がそばにいるから」


そう言ってやさしくレイチェルのことを抱き締める。


抱き締めたレイチェルの身体は悪夢の影響のためか、いつもより身体が冷たいように感じた。


レイチェルの身体を暖めるように、囲うと少しずつレイチェルの身体から力が抜け、私に身体を預けるようにもたれかかってくる。


緊張が少しほどけたようだ。


「とても怖い夢を見たのです。エディが私から離れていく夢。そうしてエディが異世界からの迷い人のマコト様の手を取る夢を見たのです。」


レイチェルの発した内容に驚きを隠せない。


私がレイチェルから離れるだと・・・!!


そんなこと、私は一切考えていないというのに。


むしろ、レイチェルのことをずっと側に置いておきたいくらいなのだ。


レイチェルが嫌がっても、側に閉じ込めておきたいくらいなのに。


だが、どうして、レイチェルは異世界からの迷い人の名前を知っているんだ?


迷い人のことは伝えたがまだ性別も名前も告げていないはずだ。


「私は君に異世界からの迷い人の名前を言ったことがあったかい?」


「え?」


おどけたように問いかければ、レイチェルの驚いた声が聞こえてきた。

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