番外編 エドワード視点1
「エドワード様?」
まるで野に咲く可愛くまっすぐな笑顔を僕に向けてくる僕の可愛い妖精レイチェル。
ニコッと笑うその姿に何度癒されたことだろうか。
殺伐とした城の中で唯一心を癒された存在。それが、レイチェルだった。
幼いレイチェルは、無邪気で穢れを知らない眩しい存在だった。故に僕はレイチェルを欲した。
「レイ。僕の可愛いレイチェル。」
「えへへ。エドワード様、大好きっ。」
穢れを知らない天使のようなレイチェル。
僕だけのレイチェル。
6歳の時に出会ったレイチェルは、とても可愛いらしくて、素直で。
この国の貴族の生まれだというのに、そのような可愛らしい性格の女は珍しかった。
当初レイチェルは、皇太子である兄上の婚約者だった。
レイチェルより10歳も年上の兄上は当時16歳だった。その兄上の婚約者として当時6歳のレイチェルが宛がわれた。
当然兄上は、幼いレイチェルのことを疎んだ。兄上には年上の恋人がいたのだ。
素直で可愛いレイチェルに兄上はふさわしくない。
レイチェルは兄上の婚約者として皇太子妃として厳しい教育が始まった。
次第にレイチェルの顔から笑みが消えるのを見て、このままではいけないと強く思った。
レイチェルの笑顔は僕が守らないと。
兄上ではなく、この僕がレイチェルを守らないと。
それからしばらくして、兄上は病気………で儚くなってしまった。
そうして、僕に皇太子という地位とレイチェルという婚約者が宛がわれたのだ。
「レイチェル。僕のレイチェル。いつまでも素直でまっすぐな君でいて。」
「エドワード様。」
レイチェルを僕の手に抱く。
それはとてもとても幸せなことだった。
でも、その幸せは長くは続かなかった。
隣国に異世界からの迷い人がやってきたのだ。
☆☆☆
「レコンティーニ王国に異世界からの迷い人が2人も現れただと!?」
「はい。エドワード様。」
幼い頃からずっと側にいてくれた、近衛騎士のロビンがもたらせた知らせは私を驚かせた。
異世界からの迷い人は、神からのプレゼントだ。
迷い人は様々な知恵を持っていたり特殊なスキルを持っていることが多い。
そんな迷い人は数十年に1回ほど、どこかの国に現れる。
今回は隣国だったようだ。
我がハズラットーン大帝国の傘下にあるレコンティーニ王国。そこに男女の迷い人が現れたというのだ。
それもどうやら兄妹らしい。
「我が国に一人もらえないものだろうか・・・。」
「既に打診はしてあります。」
「そうか。よくやった。」
異世界からの迷い人が国に一人いれば、国は栄える。レコンティーニ王国は既に迷い人のうち一人を我が国に送ってくれるようだ。
「しかしながら、条件がございます。」
「条件とは・・・?」
「まずはお一人、兄の方がこちらにやってまいります。その後、永久的にこの国で過ごすかどうかは迷い人本人の意思に任せるとのことでした。」
「そうか。」
迷い人に住む国を決めさせる、か。
レコンティーニ王国の連中は甘いようだ。
迷い人一人くらい、なんだかんだ理由をつけて国に縛り付けておくくらい簡単なことだというのに。
レコンティーニ王国から送られてくる迷い人。是非とも我が国の発展に貢献してもらおうではないか。
「迷い人の名はなんという。彼に我が国を気に入って永住したいと言わせてみせよう。」
そうして、異世界からの迷い人であるマコトが我が国に来ることになった。
これが、私の判断ミスだったということは、この時にはまったく気づかなかった。
私は間違えたのだ。
権力と地位に固執して、何よりも大切なレイチェルを苦しませてしまうだなんてこの時には全く思っていなかった。
ただ、国が発展すれば、レイチェルがなに不自由なく暮らせるだろうと、ただただそればかりを思っていた。
大切なレイチェルを真綿に包むように大事にしたかったのだ。
傷つけぬように、困ることがないように、辛いことがないように、ただただレイチェルを守りたかった。
☆☆☆
「始めまして。マコトと申します。」
異世界からの迷い人として紹介されたのは、マコトと言う青少年だった。
柔らかそうなほんのりと茶色がかった黒髪は猫の毛のようにふわふわとしている。
理知的な瞳は大きくまるで少女のようにも見える青少年だった。
所作も綺麗で整っており、そこもまた青年というよりは少女を彷彿させた。
「ああ、私はエドワードだ。この帝国の皇太子でもある。よろしく頼む。」
私はにっこりと笑ってマコトに手を差し出す。
握手を求めたのだが、マコトのいた国では握手の習慣があまりないのか、ちょこんと首を傾げていた。
「握手は、知らないかい?」
そう笑って問いかければ、マコトは慌てて手を出してきて私の手を握った。
「すみません。私の国では握手はあまり一般的ではないのです。失礼いたしました。」
そう言って、軽く笑いながら私と握手をするマコトの手は、苦労を知らないのか豆もなく荒れてもいない綺麗な手だった。
ここにくる前は何不自由のない暮らしをしていたんだろうと思い浮かばれる。
話してみる限り、マコトは物腰が柔らかで頭が切れる人間だった。
ゆえに私は、すぐにマコトに気を許してしまった。
「私の婚約者を紹介したい。だが、決して手を出すなよ。」
「わかっております。どんな魅力的なお方でも決して手は出したりいたしませんのでご安心ください。」
そうして、私はレイチェルにマコトを紹介することにした。
だが、レイチェルにマコトが惚れてしまう可能性もあるので、そこはしっかりと釘を刺しておくことにする。
レイチェルはいずれ皇太子妃となる。
マコトとの距離もある程度は近づけた方がいいだろう。
マコトは色々な知識を持っている。
きっと、レイチェルの力になる。
そう考えて、私はマコトとレイチェルを引き合わすことにしたのだ。
「レイ、私のレイチェル。今日も君は綺麗だね。愛しているよ。」
言葉とともに、触れるだけの優しいキスをレイチェルに送ると、うっとりとしたレイチェルの瞳と目が合う。
「私もです。エディ。」
そう言って、微笑むレイチェルは天使のようだった。
穢れをしらない天使。
何不自由なく暮らしている苦労を知らない天使。
その笑みは誰をも癒すだろう。
「レイ。こうしてずっと抱きしめていたい。早く婚姻を結びたいのに・・・。あと一年経たないと婚姻を結べないだなんて。」
「仕方ありません。この国では18に満たない男性は結婚できないのですから、エドワード様がそれを破ることはできません。」
抱きしめたレイチェルの身体は柔らかく暖かい。
ずっと、私だけのものにしたい。
でも、この国では18にならないと結婚ができない。
私はまだ17だ。あと1年。それが非常に長く感じる。
一部例外はあるが。実は私はその例外を望んでいる。
なぜならば、一日も早くレイチェルを名実ともに私のものとしたいからだ。
「わかっているよ。それでももどかしい。早くレイチェルを身体だけではなく、名実ともに僕のものにしてしまいたいよ。でないと、誰かに奪われてしまいそうだ。」
「私も、エドワード様がどなたかに取られてしまうのではないかと心配ですわ。」
「心配はいらないよ。私にはレイだけだから。」
「私もエディだけです。」
心配そうに眉根を寄せたレイチェルに笑顔とともに、レイだけだと伝えれば、レイチェルは嬉しそうにはにかんだ。
その笑みがとても可愛らしい。
ずっと、独り占めにしておきたい。
この目蓋にずっと焼き付けておきたい。
「レイ。異世界からの迷い人がこの国にもやってきたらしい。とても優秀な人物で来月から王宮で働くことになる。しばらくは私もサポートにまわることになるだろう。レイに会う時間が減るかもしれない。」
マコトのことをそっと切り出す。
マコトはとても良い男だった。
きっとレイチェルもマコトを頼りにするだろう。そして、マコトはレイチェルのことをきっと手助けして正しき方向に導いてくれるだろう。
そのために、レイチェルと会う時間が減るのは耐え難いが、レイチェルが幸せになるのなら、耐えられるだろう。
「ますます国が発展していくといいですね。」
レイチェルの少しだけ硬い声が聞こえてくる。
最近、レイチェルは皇太子妃という重圧に押しつぶされそうになっているのではないかと思うことがある。
そのためにも、マコトの協力が必要になる。
「そうだな。」
そう答えてからレイチェルを見ると、何故だかレイチェルは真っ青な顔をしていた。
「レイチェル・・・?」
呼びかけても返答がない。
そのまま、レイチェルはその場に崩れ落ちようとしたので、慌ててレイチェルの腰をつかみゆっくりとその場に横にした。
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