第68話


「……」


「景子さんなんか気に入りませんでしたか?装飾は悩んで悩んで地味に頑張ったんですけどショボかったですか?」


「いや、……まさかお祝いされると思ってなかったから」


不安そうに言われてもこんなに色鮮やかに装飾した莉緒の気持ちは嬉しい。だけども、こういうのをされた事がなくてうまく言葉にできない。

莉緒は嬉しそうに笑うと私を座らせてきた。


「そうですか。じゃあちょっと待っててください」


「うん」


莉緒は私をおいてキッチンに行ってしまった。私はあの子のしたい事を叶えてあげるつもりだったのに私の誕生日を祝いたかったなんて莉緒の気持ちが装飾を見ていると伝わるようで嬉しかった。


「景子さん今日はビーフシチューですよ?あっ!その前に歌いましょう!」


「……うん」


いい匂いがするビーフシチューを持ってきた莉緒はケーキにろうそくを刺して火をつける。ろうそくの本数は教えていなかったのに私の歳の数になっていた。


「景子さん三十四歳なんですね?紗耶香ちゃんに聞きました」


「そう。驚いた?私も歳だよ」


三十四年も生きているなんて私は莉緒から見たら歳上過ぎるくらいだ。でも莉緒は変わらなかった。


「驚きませんよ。景子さんがいくつでも私は大好きですし、景子さんの歳が知れて嬉しいです」


「そう」


「じゃあ電気消しますよ?」


嬉しい事を言う莉緒は電気を消すと手を叩きながら歌ってくれた。


「ハッピーバースデイトゥーユー、ハッピーバースデイトゥーユー、ハッピーバースデイディア景子さん。ハッピーバースデイトゥーユー。早く消してください景子さん」


私は嬉しそうに歌ってくれた莉緒に促されて火を消した。こんな事、あの家を出てから初めてする。前も莉緒は私を祝ってくれたがあの時も今も嫌になるどころかどうしようもないくらい嬉しくなっている。


でもどう伝えたらいいのか分からなかった。


「景子さん誕生日おめでとうございます!」


「うん。ありがとう」


「じゃあ早く食べましょう?今日は自信作ですから」


「そう」


「あ!そうだ!その前に写真撮りましょう?今日は記念日です!」


「いいよ」



嬉しそうにする莉緒に写真は嫌いなのにまた喜びが増す。ただ一緒にいて歳を取ったのを祝っているだけなのにこんなに嬉しくなるのはどうしてなんだろう。私は、私は莉緒の心遣いになんでこんなに嬉しくなってしまうんだろう。


莉緒と話ながら私はそうやって考えていた。でも、笑ってしまうくらい答えはすぐに分かった。

私は欲しかったものをもう手にしていたんだ。笑う莉緒が私にずっと与えてくれていた。私はずっと莉緒がいるから幸せなんだ。

この嬉しい気持ちは幸せだから感じる。


ご飯とケーキを食べ終えた頃に莉緒はお茶と一緒に美味しそうなお菓子も持ってきてくれた。


「景子さん今日は景子さんのためにお菓子も作ったんですよ?前に作るって言ってたのに遅くなりましたけど練習したから美味しくできるようになったんです」


机に持ってきた莉緒の言った通りクッキーやマカロンにガトーショコラ等莉緒は私のために作ってくれたようだ。


「ありがとう。それよりこれとっていい?」


私は莉緒に最初にかけられた眼鏡を外そうとしたら莉緒は急いで止めてきた。


「ダメですよ。それは誕生日の人がかける特別な眼鏡なんですよ?今日の主役は景子さんなんですから」


「……そう」


本当の誕生日ではないけど莉緒がこう言うなら取れない。私はやけに派手な眼鏡をかけながら莉緒が作ったお菓子を食べた。


「美味しいよ莉緒」



「本当ですか?良かった~!景子さんのために練習した甲斐がありました!」


莉緒は嬉しそうにお茶を飲むと私に密着してきた。


「あとでプレゼントもあげますけど私のサプライズはどうでしたか?」


「驚いたけど嬉しかったよ」


「ふふふ。じゃあ私の作戦は大成功ですね」


腕にくっつく莉緒は本当に嬉しそうだった。


「実はずっと前から考えてたんです。景子さんに誕生日祝ってもらったから誕生日は過ぎてますけど私もお祝いしたいなって思ってて。かなり遅くなっちゃいましたけどお祝いできて良かったです」


「そう」


気づかなかった私は鈍い。莉緒はずっと考えてくれていたのか。その気持ちにも嬉しくなって私は莉緒にキスをした。


「ありがとう莉緒」


「ありがとうは私の方ですよ。私は景子さんにしてもらってばっかりだったから、これからは私がいっぱいしてあげる予定です。景子さんの事は私が誰よりも幸せにしてみせます」


「そう」


まだ私を幸せにしようとしてくれる気持ちにちょっとだけ目頭が熱くなる。嬉しいのにあの日星を見て感じた幸せよりも幸せを感じる。胸が嬉しさで一杯になって嫌なものなんかない。私は眼鏡を外すと莉緒を強く抱き締めた。


「ねぇ、莉緒」


「景子さん?どうしたんですか?」


生きていて嫌な事しかなかったからこんなに幸せになれるとは思えなかった。息苦しいから生きている意味なんかないと思っていたのに今じゃこのままずっと莉緒といたいと心から願っている。


「私もう幸せだよ」


一から全て教えてくれた莉緒にはちゃんと伝えないといけない。私は優しく背中を撫でながら話した。


「莉緒の気持ちやっと分かったよ。莉緒が私のために何かしてくれると本当に嬉しくて幸せで、莉緒が隣にいて笑うだけでも幸せだよ。何気ない生活なのに莉緒がいるだけで満たされるから私はずっと幸せだよ」


莉緒の言っている事は最初は何も理解できなかった。意味が分からないし私は感じた事のない気持ちを持ち合わせている莉緒に不信感すら抱いていた。でも、全部理解した今じゃ莉緒が私を想う気持ちが身に染みて分かった。


愛していると心が動くんだ。愛は人を変えるとはよく言ったものだ。私は愛に動かされてしまった。


「じゃあ、私はちゃんと景子さんに教えられたんですね?」


莉緒の確認に私は笑った。


「うん。よく分かったよ」


「そうですか。じゃあもっと幸せになりましょう?景子さんはいっぱい幸せにならないとダメです」


莉緒は私の頭を撫でながら優しい愛を囁いてくれた。


「景子さんは今まで頑張り過ぎてたんですよ?いっぱいいろいろ考えて疲れてたんです。だからこれからは私に頼りながら幸せになってください。私はずーっと隣にいますしどれだけ頼られても景子さんを必ず支えて助けてあげますから」


「……うん…。本当に、ありがとう莉緒」


言葉に詰まってしまって私もなにか言いたいのに言葉が出ない。私は無言のまま涙を溢してしまった。


「景子さんお礼言い過ぎですよ?私は景子さんのために生きてるからお礼よりもいちゃいちゃしたり可愛がってくれると嬉しいです。景子さん構ってくれるけどあんまりベタベタしてくれないから私ちょっと気にしてるんですよ?」


「うん。分かったよ…」


「じゃあ今度からもう少しベタベタしてくださいね?そしたら私はいっぱい甘えちゃいますけど景子さんの事幸せにするために頑張りますから。私は景子さんといちゃいちゃしたりすると普段よりやる気になっちゃうので楽しみにしててください」


「……うん」


莉緒の子供のような純粋な気持ちに私は鼻を啜って涙を拭うと莉緒は体を離してきた。


「景子さん泣いてるんですか?」


「……うん。嬉しくて涙出てきた…」


心配そうな顔をする莉緒に泣きながら笑うと莉緒は笑って涙を拭ってくれる。優しいこの心遣いも胸を苦しくさせてきて涙が溢れる。


「景子さんもたまには泣き虫なんですね?」


「そうみたい」


「ふふ。泣き虫な景子さんも大好きです。もう、早く泣き止んでください。今日は景子さんといっぱいいちゃいちゃしようと思ってるんですからね私」


「うん。分かったよ」


莉緒は優しく私に笑いかけるとキスをしてくれた。


「泣き止まなかったらずっとキスしちゃいますよ?」


莉緒の悪戯っぽい言いぐさが私には愛しかった。



莉緒が突然祝ってくれた私の遅れた誕生日は忘れられない日になった。莉緒はその日ずっと私を癒すように抱き締めたりキスをしてくれて私は幸せを心から感じていた。誕生日じゃないけど誕生日はとても良いものなんだなとこの歳で分かった私は次の莉緒の誕生日をもっと喜ばせられるように心に決めていた。普段の生活でも喜ばせられるけどあんなに幸せを感じるのならもっと頑張って幸せにしたい。


私は莉緒が祝ってくれてから数日が経ったある日、莉緒を喜ばせたくて以前話していた遊園地に誘ってみた。

下調べは携帯で腐るほどしたし、莉緒の喜ぶ顔が以前に増して見たかった。

そして私の誘いに莉緒はすぐに喜んで頷いてくれたので次の休みに早速行く事にした。


莉緒は遊園地に行くのを前日までとても楽しみにしていた。アトラクションの話から当日の着ていく服まで考えている莉緒はそれはもう浮かれていた。そんな莉緒を見ていると私は柄にもなく好きじゃないけど遊園地を楽しみにしていた。

そして当日、朝早くから車で向かう予定だった私達は出掛ける準備をしていたが莉緒はまだ服を悩んでいた。


「景子さん、こっちの方が可愛くないですか?」


準備が終わった私の前に来た莉緒はトップスを昨日決めたレースの可愛らしいやつよりもノースリーブにするか悩んでいた。昨日は一人ファッションショーをして決めていたのに直前になって迷ったらしい。


「可愛いけど昨日のでいいじゃん」


「でも、なんかこっちの方が可愛いかなって思って。景子さんはどっちがいいですか?」


「…昨日のがいいんじゃない?」


早く出ないと道が混むから早く出たい私はどちらも可愛かったから昨日選んでたやつを即答したら莉緒はやっと納得した。


「分かりました。じゃあこっちにします」


「着替えたらもう行くよ」


「はい」


私は荷物を持って忘れ物がないか確認をしていると莉緒が慌ててやってきたので一緒に家を出た。

エントランスに来てから私は昨日ポストを確認していなかったのを思い出して足を止める。


「莉緒、ポスト見て行くから先に車行ってて」


「はい」


つい最近ネットで頼んだ物があったから届いているかもしれない。私はポストを漁るとチラシと共に封筒が入っているのに気づいた。よく見てみるとそれは便箋で差出人はあいつからだった。

あれだけ言ってもこうやって私にコンタクトを取ってくるという事はあの日言っていた言葉は本当なのか?もういいと割り切っていた私は複雑な気持ちを感じながら手紙をどうするか迷った。


宗教もあんな家族も嫌いだし今さら理解なんかできない。でも、気持ちがなかったら謝らないしあんな事は言わない。

あいつは、あいつはお母さん達と違って私を本当に愛していてくれたのかもしれない。あんな家だったから嫌な思い出しかなくて、あいつとは関わらないようにしていたけど今になってあいつと話してみてから考えが少し変わった。私はあの家にいた頃にあいつとあんな風に話した事はなかった。


私は手紙を鞄に入れて車に向かった。別に見るだけでもいいはずだ。受け入れられないし、許せない部分はあるが見てから考えたっていい。本当に気持ちがあるなら変わるものもあるんだから。

私は車に乗り込むとカーナビに目的地を入れて車を走らせた。


「景子さん楽しみですね?今日はチュロスとかポップコーンもいっぱい食べましょうね?」


「うん」


「あとお揃いのも買いたいし、いっぱい写真も撮りましょうね?」


「分かったよ」


莉緒はまだ家を出たばかりなのににこにこしていて微笑ましかった。今日は莉緒と遊園地を楽しまないとだ。何か話しかけようとしたら莉緒はねだるように言い出した。


「景子さん言ってなかったんですけど今日はお願いがあるんです」


「なに?」


ちょっと恥ずかしそうにする莉緒の願いはなんとも思わないようなお願いだった。


「今日一日手繋いでてもいいですか?」


「いいけど」


「本当ですか?!」


勢いよく言ってくる莉緒に私は少し驚きながら答えた。


「うん」


「やったぁ!じゃあ一日離しませんからね?景子さんも離しちゃダメです!」


「分かったよ……」


嬉しそうにしている莉緒はいつもくっついてるくせになんでこんなに喜んでいるんだろう。私は嬉しそうに話す莉緒の話を聞きながら笑っていた。


幸せは意外にも日常に隠れていた。昔の私じゃ見つけられなかったけど、莉緒が私を変えてくれて嫌なものを無くしてくれたから私にも分かるようになった。前と同じような日常なのにこの子はこんなにも見え方を変えてくれた。昔よりも息のしやすい今の生活は私を嫌なものから解き放ってくれたんだ。

それは莉緒が教えてくれたこの大切な気持ちのおかげだ。この気持ちが私を内面から変えた。


気持ちを認めあうのは大変だけど全てを理解するような不可能な事ではない。


認めあっていれば自ずと一つになれる。

莉緒は人との関わり方も私に教えてくれた。

不器用な私はこの子と過ごしてもう忘れていた事を思い出していた。


押し付けたり決めつけたりするのは簡単な事だ。でも簡単な事をしていても人との繋がりは深くならない。だから歩み寄らないとならない。話をして、時には考えを変えて柔軟に対応するだけで物事は嘘みたいに変わる。



「景子さんは遊園地についたらまず最初に何したいですか?」


私は嬉しそうに訊いてくる莉緒に答えた。


「莉緒のしたい事でいいよ」


莉緒は私の返答ににんまり笑う。


「じゃあ、車でキスしてください。朝急いでたからできなかったのでキスしたいです」


「一回だけね」


莉緒のおねだりに私は鼻で笑った。

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目に見えない病 风-フェン- @heihati

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