第67話


「ふふふ。景子さん可愛い。今日は本当にお疲れ様でした」


「そんなに疲れてないよ」


運転は慣れているし私は運転が好きだから苦じゃない。莉緒は優しく頭を撫でながら私にキスをしてきた。


「疲れてる顔してますよ?私には分かります。たまには疲れたとか言ってください」


声に出して言う事ではないと自分の中では思っていたけど莉緒が言うなら素直に言ってみてもいいのか。私は小さく呟いた。


「疲れたよ」


「ふふ。今度は素直ですね景子さん。可愛い」


「私はいつも素直だよ」


「いつもむすってしてるくせに。でもそんな景子さんも可愛いです。景子さんって本当にいつも可愛いです」


「そう」


私を可愛いと言うのは莉緒くらいじゃないのか?少し笑いながら莉緒の顔に触れると莉緒は片手で私の手を握ってくれた。


「莉緒」


「なんですか?」


「……愛してるよ」


笑う莉緒が儚く見えて私は莉緒にそう呟いていた。ちゃんと伝えないと無くなってしまうかもしれないとあり得ないのに思ってしまうのだ。


「私も愛してますよ」


にこにこ笑って言う莉緒に安心感が芽生える。私は莉緒の手を握り返した。


「今日もしようか?」


「え?」


勘のいい莉緒はすぐに察したみたいで動揺している。昨日はあんなに求めていたくせに笑えるやつだ。私は愛を伝えたくて初めて自分から催促した。好きでもなかったあの行為は莉緒のせいで急に捉え方が変わった。この子を愛していくのは私なんだからしたくないはずがない。


「したくない?私はしたいんだけど」


「え、でも、えっと……明日、私はバイトだけど……あ、でも、景子さんは休みなのか…。じゃあ、あの…」


困惑している莉緒に私は笑いながら言った。


「したくないならしなくてもいいよ」


「したいです!」


勢いよく言ってきた莉緒にまた笑ってしまう。莉緒ははっとして恥ずかしそうに呟いた。


「私は景子さんがしたいならしたいですから……。だから、したいです……」


「そう。じゃあお風呂入ってからしようか」


「はい……」


まだ何もしてないのに恥ずかしがる莉緒は今日する時になったらどんな反応をするんだろう。経験はあるはずなのに莉緒のこんな表情を見ると弄りたくなる。


「想像でもしてんの?顔が赤いけど」


「してません!何言ってるんですか景子さん!」


「別に」


恥ずかしそうに否定されても定かではない。もう少しからかってやろうとしたら風呂が沸いた。もう頃合いか。私は体を起こした。


「じゃあ、お風呂入ってくるからいろいろ想像してて」


「景子さん…!」


私は莉緒に顔を寄せて軽くキスをしてやると笑って風呂に向かった。莉緒があんなに反応するとは思わなかったが今夜が楽しみだ。


だが、その日は私が茶化したのもあって激しい夜になった。皆まで言わないが莉緒は私が初めて誘ってきたのが相当嬉しかったみたいだ。私はそんな莉緒の反応を見て莉緒に応えるように愛していたら朝方までしてしまって次の日は一緒に昼過ぎまで寝ていた。

セックスをして昼まで寝るなんて初めてだったし疲労感もあったのに莉緒を見るとそんな事がどうでもよくて私は自分に笑ってしまった。



それからは以前よりも仲が深まった気がする。

莉緒が本当に良くなったからなのか不安も何もない生活が安定していて心を落ち着かせてくれる。あいつももう私の家に来なくなったしポストに何か入れられている事もなくなった。あいつに対しては許せない気持ちが大きいからもう何も考えたくないがこれはこれでもういいんじゃないかと思っている。


私には莉緒がいるし、いつまでも考えて嫌な思いはしたくない。受け入れられないものは受け入れられないんだからここで割りきるつもりだ。あれは家族だけど私の人生なんだから私にとって大切なものを大切にしたい。


それと莉緒はバイト先や学校の友達と遊びに行く頻度が増えて家にいない時が多くなった。でも、楽しそうで私は安心している。あの子は今が遊びたい時期だと思うから特に何も言うつもりはないが十二時を過ぎるなら言うようには言っている。

しかし最近の莉緒はなんか様子が変だった。


どうしたんだろうと思ったのは数日前だ。莉緒は悩んでいるかのように携帯をいじって唸ったと思ったら雑誌を読み漁り始めたり私にぴったりくっついて唸りながら離れなかったりしている。莉緒は前から少し一人言を言うタイプだから最初は気にならなかったのにやけに最近唸っているのに気づいた私は訊いてみたものの何でもないと言われてしまった。


何でもないと言われるとこれまでなのだが莉緒の様子を見る限りそんなに深刻そうには見えない。

私は気になりながらも莉緒には深く聞かなかったが莉緒は今日も携帯をいじりながら唸っていた。


「ん~……ん~……」


「……」


また唸ってるなと思うが今時の若い子が考える事はアラサーの私には察するのも不可能だ。あの子はいったい何を考えてるんだろう。


「ん~……」


「……」


私はテレビを見ながら唸る莉緒の声を何度か聞いていたら莉緒は話しかけてきた。


「景子さん」


「なに?」


「明日は早く帰ってきてくださいね?」


「……うん。分かった」


いきなり話しかけてきたと思ったら明日の帰りの事でますます分からない。唸るのに私の帰りが関係するとはまるっきり思えない。たぶん明日はなんか美味しいものでも作ってくれるんだろうと納得して私はまた訊いてみた。


「唸ってどうしたの?」


莉緒は私の問いに顔を険しくした。


「いいアイディアが思い浮かばなくて考えてるんです。中々ぴんとこなくて……」


「……そう」


アイディアとなると学校の話なのか?莉緒の考えている事は訊いたところで理解できなかったが、私には力になれなさそうな気がする。私はもうそれ以上聞かないでおく事にしたら莉緒はまた訊いてきた。


「景子さんは何色が好きですか?」


「色?」


疑問に思いながら私は答えた。


「特にないけど」


「強いて言えばとかないですか?」


「ないけど」


「もう……。景子さんに訊いた私がバカでした」


「……そう」


なんかまた険しい顔をして唸りだした莉緒は何を考えているのやら。私は戦力外になってしまったし無駄に何か言うと怒らせてしまいそうだ。私はそっと莉緒を見守りながら明日は何か莉緒に買ってきてやろうと考えていた。


そして翌日、莉緒は学校に行って私は職場に向かった。しかし、今日の午前中に来た新患の患者さんは大変だった。


「飯塚さん!この左上の痛い歯はもう残せないくらい悪くなっちゃってるから抜かないとダメです!」


「えぇ?どこ抜くの?」


カルテに耳が遠いと書いてあったからでかい声で話しているのに高齢者の小さなおばあちゃんである飯塚さんはまた聞き返してきた。高齢者の方がまだ好きだけどこうやって声を張り上げるのは私にとってとても疲れる。私は飯塚さんの耳の近くで話した。


「飯塚さんが今痛い歯です!左上の奥歯!」


「あぁ、そうですか。もうダメよねこの歯は」


最初から諦め気味の飯塚さんに私はレントゲンを見ながら大きな声で説明した。


「そうですね!この歯かなり虫歯になってますし歯周病にもなっててもう歯を支える回りの骨がないから歯茎にくっついてるだけなんですよ!だから虫歯取って残しても噛めないから抜いた方がいいと思います!」


「そうよねぇ。ずっとぐらぐらだったし、ダメなら抜いてください先生」


「分かりました!今日抜いちゃいますね!」


歯は放っといたからって治らないし残せないくらい悪いとゴミを口に入れてるようなものなので、今回は抜くしかない。痛みも出ているし残念だが私は麻酔の用意をした。


「先生?抜いたらここはどうするの?」


レントゲンを見る限り左上の歯は今抜く歯を含めてほとんどないので私は二通り説明した。


「ここはもう歯があんまりないから入れ歯かインプラントしかないです!」


「あら、そうなの。じゃあ入れ歯にしようかしらね」


「そうですか!じゃあ抜いた痕が治らないと入れ歯が綺麗に作れないから痕が治ってから作りましょう!それで治るまでは他にも治療しないといけない場所があるのでそこを治していきましょう!」


「そうなの。じゃあ先生にお任せします」


「分かりました!じゃあ先に麻酔していきますね!」


私だけ怒鳴っているように話してやっと会話が終了した。あぁ、まだ治療をしていないのに疲労を感じる。私はその後もいろいろ聞いてくる飯塚さんにでかい声で話ながら治療をして朝なのにどっと疲れてしまった。隣のユニットで治療をしていた裕実はにやにや見てきてウザかったしウザく絡んできたからあしらって無視しといた。こいつはいつもこういう現場を目撃して笑っていてムカつくがいつもだから無視だ。無視に限る。私は午後の診療も裕実を適度に無視しながら無事に診療を終えた。



飯塚さんと裕実のせいで普段より疲れた気がするが仕事が終わった私はそそくさと帰る準備をして駅近くにあるお菓子屋さんに向かう。さっき携帯を見て思い出したが今日は莉緒が空けといてほしいと言っていた日だ。今日何をするのかは分からないがお土産は買っておいた方がいい。私は美味しそうなシュークリームを買って家に帰った。


莉緒は今日何をしたいんだろう。何も言ってなかったけど私にとって難しい事だったらどうしよう。そう考えながら玄関のドアを開けるとパン!っとクラッカーを鳴らされた。


「お帰りなさい景子さん!」


「……なに?」


「いいからいいから、これかけてください」


突然の事に驚きながら楽しそうにクラッカーを鳴らす莉緒は私に薄いサングラスみたいなのをかけてきた。これは何なのか、状況もいまいち掴めない私の手を莉緒は引いてきた。


「今日はお祝いですよ景子さん!」


「なんの?なんかあったっけ今日…」


莉緒が何をしたいのか全く理解できずにいたが部屋に連れていかれて理解した。部屋には天井や壁に装飾がされていて机にはケーキと美味しそうな料理が並んでいる。

それにケーキにはハッピーバースデー景子さんと書かれていた。


「今日は景子さんの誕生日の仕切り直しです!遅いあと祝いになっちゃいましたけど誕生日おめでとうございます!」


私は突然のサプライズに唖然としてしまった。


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